明日からは7月。今朝も5時から大和民俗公園へ行きました。日中は暑くなりそうですが早朝の風は爽やかです。
顔馴染みの人と挨拶を交わしながらアジサイの道を歩きます。
ネムの花が咲き始めました。長谷川素逝という人の句に「暁けていく空のあはさにねむの花」
キササゲの実。文字通り「木のササゲ(豆)」です。
今月初めには下のように花盛りだったのですが、そぞろ季節の移ろいを感じます。
明日からは7月。今朝も5時から大和民俗公園へ行きました。日中は暑くなりそうですが早朝の風は爽やかです。
顔馴染みの人と挨拶を交わしながらアジサイの道を歩きます。
ネムの花が咲き始めました。長谷川素逝という人の句に「暁けていく空のあはさにねむの花」
キササゲの実。文字通り「木のササゲ(豆)」です。
今月初めには下のように花盛りだったのですが、そぞろ季節の移ろいを感じます。
今にも泣きだしそうな梅雨空の朝。久しぶりに5時過ぎから大和民俗公園へ歩きました。
ヒョウタンの花が、ほの白く浮かび上がっています。
ヒョウタン (瓢箪) ひさご、ふくべ ウリ科ユウガオ属。アフリカ原産で最古の栽培植物の一つ。
主に実を乾燥して容器に使いました。特に「ヒョウタンに入れておいた種は必ず芽が出る」といわれ種子の保存に重宝されてきました。太閤秀吉の馬印の千成瓢箪は有名で、その図案化したものは大阪府のマークとしてお馴染みです。
昨日までの雨が上がり、爽やかな風が心地よい朝…ギボウシの花が咲いています。
ギボウシ 擬宝珠 クサスギカズラ科ギボウシ属 ユリに似ているので昔はユリ科に分類されていました。蕾の形が「橋の欄干や神社、お寺の階段や廻縁の手すりに付けられている擬宝珠に似ている」ことから付いた名前。
山でもよく見かける花ですが、我が家のものは葉に白い模様の入った園芸種です。
朝から小雨が降る6月24日(月)。CT社の日帰りツァーで出雲大社へ参拝しました。平成の大造営を終えて正式参拝できるのがウリですので、トイレ休憩の他はずっと走りっぱなしで食事もバスの中。ショッピングに興味がない私たちには、むしろ嬉しかったです。蒜山高原を過ぎる頃から小雨になり、大山は雲に覆われていましたが、山陰道を終点の出雲で降りる頃から青空が見え始めました。駐車場を出るとすぐに、鳥居の奥に大注連縄を張った社殿が見えました。大社へ参拝するのは三度目ですが、前に親子4人で訪れたのは1984年、30年も前の下関からの遠路ドライブの途中です。それでも♀ペンは拝殿までは長い松並木を通り抜けたことを覚えていました。ン?と首をひねっていると、これは神楽殿で後で参拝するとの地元ガイドの説明があり納得。
何ヶ所かある駐車場のうち一番近い大駐車場から境内へは、西側からこの門を潜って入ります。
社務所の前で60年ごとに行われる遷宮の説明をガイドさんから聞きました。伊勢神宮と違って建て替えるのではなく、仮殿(拝殿)に神霊を移して修築が行われます。今年は昭和28年以来の「平成の遷宮」の年で、先月5月10日に五か月前から仮殿に祀っていた神霊を本殿に還す本殿遷座祭が催行されました。写真は社務所前に張ってあったもので、修築前の桧皮葺きの大屋根や千木の様子が分かります。
新しくなった本殿の屋根。緑色が鮮やかな破風には、松脂やエゴマなどを材料とする「チャン塗り」という塗法が用いられています。
社務所横の手水舎(右に写っている建物)で手と口を清めました。ここから南への松並木の道が、本来の正面大鳥居からの参道です。
手水舎の向い側にある「ムスビの御神像」と言われる大国主命像。「古事記」では出雲大社が「オオクニヌシノミコトがアマテラスオオミカミに国を譲った功績によって造営された」と伝えられています。
直径52㎝、高さ6mの銅製の大鳥居を潜り、正面の拝殿に進みます。
拝殿は1959年に再築された戦後最大の木造建築物で、正面の大注連縄は長さ6.5m、重さ1tあります。
拝殿右手にある八足門。ここからは撮影禁止です。門の前で発掘された鎌倉時代の本殿の柱跡。「宇豆柱」と呼ばれ、大木3本をくくり合わせて現代の二倍も高い48mの本殿を支えていたといわれています。これまで建築学的に疑問視されていましたが、2000年の発掘調査で実証されました。正月5日間以外は八足門までしか入れないのですが、今年は遷宮の年で本殿との間にある楼門まで入って参拝することができました。普通の神社と違ってここでは二礼、四拍手、一礼です。
参拝を終えて西側に回りました。本殿のご神体(大国主命)は西の稲佐ノ浜の方を向いておられるので、こちらからお顔を拝むことになります。本殿は高さ24mの大社造りで国宝。屋根は桧皮葺きで、棟の上で組み合わされた千木の長さは7.9mあり、空けてある小さな穴は人が通り抜けられるとか…。「雲太、和二(大仏殿)、京三(御所)」と言われた日本三大建築物の第一に挙げられただけに、ともかく巨大な神殿です。縁結びを願う御神籤が傍らの木を白く染めています。
時間が来たので神楽殿に向かいました。破風の下にステンドグラスが張ってある明治の建築ですが、ここにも大国主命が祀っています。正面の注連縄は太さ8m、長さ13.5m、重さ4.5tの日本最大のものです。
「浄掛」と呼ぶ和紙の襷をかけて昇殿して、神官の祝詞や巫女さんの舞の奉納を見てお祓いを受けました。厳粛な気持ちになって頭を垂れて参拝。お神酒とお授けものを頂きました。
浄掛には本殿大屋根の桧皮古材が混ぜ抄(す)かれています。また縁結びの糸には、恋人同士になること、夫婦になることだけでなく、人と出会う、親子になる、家を建てる、仕事に就く、物を買う、旅をする、食べる、遊ぶ…生きることすべてが「縁結び」と記されていました。
心地よい風に吹かれながら出雲大社を後にしました。国旗掲揚塔の高さは47m(伝えられる神殿の高さより1m低くしてある)、翻る日の丸の大きさは畳75枚分、重さ25㎏(今は化繊ですが前の木綿の時は50㎏!)…大国主命様は何でも日本一がお好きなようです。稲佐ノ浜(アマテラスの使者がオオクニヌシと国譲りの談判をしたところ)を車窓から眺めて、元の道をバスに揺られて帰りました。
昨年(2012)の6月24日は尾瀬にいました。山には登らず鳩待峠~尾瀬ヶ原牛首分岐の短い往復でしたが、この日出会った花たちの一部を見て頂きます。(去年このBLOGで見て頂いたものと同じ、バックナンバーです)
マイズルソウ 舞鶴草
葉を2枚拡げている姿を鶴が舞う姿に見た名前。ユキザサに似ていますが葉の幅が広いのが特徴です。(鳩待峠~山の鼻)
クルマバツクバネソウ 車羽衝羽根草
ツクバネソウは輪生した4枚の葉を羽根つきの羽根に例えた名前ですが、こちらは葉の数が8枚あります。花の様子もツクバネソウに比べて少し変わっています。(鳩待峠~山の鼻)
ノビネチドリ 延根千鳥
上の写真は「ユリ科」の植物ですが、この花はラン科。高い山でよく見るハクサンチドリと同じランの仲間です。(山の鼻)
シラネアオイ 白根葵
ニリンソウもフクジュソウもこの花と同じキンポウゲ科というのが面白いと思います。先月、金剛山で群落で咲いているのを見ましたが、ここでは一輪だけ咲き残って淋しそうでした。雪の多い山が好きな花だそうです。(山の鼻)
オオバタチツボスミレ 大葉立坪菫
スミレの仲間はよく似ていて見分けるのが難しいですが、地上茎のよく伸びるのと葉の上にすぐ葉の付くものに大別できます。黄スミレなど花色でも分かりますが、同じように地上茎が長く色がスミレ色となると同定は難しいです。この花の名はガイドさんに教えて貰いました。「自然探訪 関東・東京を歩く」という本の「尾瀬」の項に、「尾瀬は北方系植物の南限地」で、このオオバタチツボスミレはエゾリンドウやナガバノモウセンゴケとともにその代表という記述があります。(上田代)
ナガバノモウセンゴケ 長葉の毛氈苔
薄赤い色で広がりカーペットを拡げたように見えます。赤い色は葉の表面の繊毛で、ここから粘り気のある液を出して虫を捕らえる食虫植物です。夏になると小さい白い花を咲かせます。(上田代)
ズミ 酢実
酸っぱい実がなるのでズミ?大きくなると10m近くにもなります。コリンゴ(小林檎),コナシ(小梨)ともいうようにリンゴの仲間で野生種です。一面に白い花を咲かせて見事でした。(上田代)
ヒメシャクナゲ 姫石楠花
小さい草花のようですが、高層湿原に生育するれっきとした樹木です。花柄をのばし下向きにスズランのように可憐な花を咲かせていました。(上田代)
レンゲツツジ 蓮華躑躅
北海道から九州まで何処ででも見られるお馴染みのツツジです。東北でベコツツジ、ウマツツジという別名があるのは、植物全体が有毒で牛や馬に害があることからきたとか…。木道の間にも色鮮やかに咲いていました。(上田代)
ミツガシワ 三槲
三枚の葉の形が柏の葉に似ています。家紋のミツガシワは「三つ柏」で元の柏の葉の方だと思いますが…(ガイドさんはこの花が起源と言っていました)。
タテヤマリンドウ 立山竜胆
ハルリンドウのうち、花がやや小型で色も薄いものを初めて発見された立山に因んでこう呼びます。「山渓・山の花」でも、尾瀬のものが写真で出ていました。
ワタスゲ 綿菅
白いのは花後のタンポポと同じような綿毛(正しくは花被片)です。風に乗って種子を運ばれて子孫を残す…自然の知恵の大きさに驚きます。
リュウキンカ 立金花
名の通り黄金色の花を付けた茎を立てています。よく似た花で茎を寝かせたエンコウソウ(猿猴草)もあります。どちらも花弁はなく、花のように見えるのは萼片です。
ミズバショウ 水芭蕉
何といっても尾瀬を代表する大スター。もう花期には遅いと諦めていましたが、まだ白い苞を付けて待っていてくれた花がありました。普通にミズバショウの花と言われるのは、この舟のような形の「仏炎苞」で、仏様の背負っておられる後背に見立てたものです。本当の花は中央の花序に密生する3ミリほどの小さな小さな粒つぶです。
ミズバショウは戸隠を始め、あちこちで出会いましたが、やはり尾瀬で出会えたことは嬉しかったです。他にもニッコウキスゲなど花期には早かったものや、オゼコウホネ(葉)など写真に撮れなかった花もあります。また機会を見つけて、今度はもっとゆっくり花たちと対面したいと願っています。
シャクナゲ 石楠花 ツツジ科ツツジ属
日本の山地で自生しているだけでも、アズマシャクナゲ、ホソバシャクナゲ、キシャクナゲなどたくさんの種類がありますが、ここでご紹介する大峰・大台山系の花はホンシャクナゲという種類です。
最初に少し古い写真を見てください。1995年6月1日に義父母と登った大台ケ原の日出ヶ岳。山頂駐車場から4~50分で登れる山ではありますが、この時の父は84歳、母は80歳です。
1972年に北八ヶ岳を縦走して初めて山らしい山に登った父母は、その後、木曽駒・宝剣、富士山、本白根山と私達と一緒に登りました。その間には二上山などで足慣らしもしています。102歳と98歳になった今も元気なのは、山のお蔭だと口癖のように言ってくれます。
変愚院が定年になった年、これまで時期的に逃していた大台のシャクナゲを見ようと誘いました。山頂で柵に囲まれていたシャクナゲを見て、大杉谷の方に向かって降りて行きます。
ホンシャクナゲの群生する道をシャクナゲ平に下ると、真紅の蕾、満開の花と目も眩むような光景。殆ど人の通らない、花に囲まれた小さな空き地で弁当を食べました。山頂に引き返し正木が原へ向かいます。
その時の山日記に「次々に登ってくる人たちが疲れ果てた様子なのに、わが両親の元気なこと」。しっかりした足取りで尾鷲辻から駐車場へ周遊しました。
その後も大台ヶ原には何度も訪れましたが、2011年6月9日、久しぶりにシャクナゲ平へ降りてみました。この日も「平」では花が残っていましたが、大蛇からシオカラ谷へ下る道では花の時期を過ぎていました。
これは6月の稲村ヶ岳のシャクナゲです。2003年6月6日、大峰登山の玄関口・洞川から法力峠、山上辻を経て山頂へピストンしました。これより26年前の5月には途中、大日岳のキレットからシャクナゲの群生の中をかき分けて、頂上に出たのですが、キレット付近は崩壊が進んで通れなくなっていました。
写真は山頂近くなって、鎖やハシゴが出てくる頃。ようやく出会った咲き残ったシャクナゲです。
大峰山系では5月中旬~下旬が花の盛りです。この時期には何度もシャクナゲに出会っています。
特に奥駆道には石楠花岳というピークもあり、素晴らしいシャクナゲのトンネルを体験しました。他にもあちこちで満開の花に長い縦走の疲れを癒されました。写真は聖誠無漏岳の下りのシャクナゲ林。このような花の間を縫うように急坂を下ると持経宿に着きます。
シャクナゲの原産地はブータン、ネパールの山岳地帯と言われています。ネパールではラリグラスと呼ばれ国花になるほどで、見上げるような大木が密生していて3~4月には全山が真っ赤に染まります。写真はゴラパニから下る途中、尾根の頭(3262m)のシャクナゲ(1997.03.31)。♀ペンと二人の個人トレッキングでした。右は山岳ガイドのミン君、背後の高い山はダウラギリ(8167m)、右端はアンナプルナサウスです。29日夜から雪が降り、30日は停滞を余儀なくされましたが、その代償のように白雪と真紅のラリグラスという思いがけぬ光景に出会えました。私たちには忘れられぬシャクナゲの想い出です。
ベニバナヤマシャクヤク ボタン科キンポウゲ属
和名はヤマシャクヤクに似て淡紅色の花をつけることから来ています。朝露に濡れた可憐な花を写しました。
花弁の中の様子がよく分かるように上から撮った一枚です(2011.06.24)。
花柱の先が伸びてクルリと曲がっているのが、下のヤマシャクヤクとの違いです。
ヤマシャクヤク(青葉山 03.05.06)
このように開きかけた花も風情があります。ある時期、この花を見たさにせっせと観音峰に通いました。
観音峰(1347m)
大峰山系にあるこの山の名は後村上天皇が観音の夢告げで難を逃れたことに由来します。南朝の後醍醐天皇が吉野行宮で崩御のあと、大塔宮護良親王、後村上天皇、長慶天皇らは天川郷を南朝最後の砦として潜行していました。この峰は南朝守護の観音信仰の場所であったといいます。(詳しくはこちらをご覧ください)
山頂は上の写真の無展望ですが、途中の観音峰展望台からは、まさに360度の大展望です。これは東南の眺め。左から大日岳、稲村ヶ岳からバリゴヤ谷の頭に続く岩稜、さらに鉄山、弥山、八経ヶ岳、頂仙岳と大峰の山々が続いています。
この展望地付近に点々とベニバナシャクヤクの花が見られます(2008.06.27)。
(2011.06.24)
ところがシャクヤクの近くで、外来種のジキタリスが繁殖して幅を利かすようになりました。去年は大分、刈り取られて少なくなっていましたが、今年はどんな様子でしょうか?(写真は 2011.06.24 右奥の山が観音峰)
ササユリ 笹百合 ユリ科ユリ属
笹の中に生えていることが多く、葉がササに似ているので花が咲かないとなかなか見つけにくい花です。昔は西日本のどこの山でも良く見かけました。
しかし若い頃はあまり花に興味がなく、デジタル以前は今のようにやたら撮れませんでしたので、一番古い写真は笹ヶ岳で見たこの花です(1995.06.25)。滋賀県信楽にある笹ヶ岳は名前のようにササが多い山です。この時は笹百合を見に行ったのですが、「一日で僅か10輪ほど見ただけだ。ここにも乱獲が及んでいるのだろうか。淋しいことだ」と山日記に書いています。最近は地元の人の手で保護が進められているようですが、果たして花の数は増えているのでしょうか。
あまり人の行かない不遇の山で、思いがけずササユリが迎えてくれることがあります。
これは柳生の一体山のササユリ。大和高原の北端にあり標高595.1m。昼を近くの山で食べようと、急に思い立って行きました。草の生えた荒れた林道脇に数本咲いていました。藪漕ぎでの二等三角点の山頂に出ると、宝暦13年の銘がある役行者石像がひっそりと迎えてくれました。(2000.06.24)
蓑作山は近江八幡市の北西に位置する瓦屋寺山系の中心的な山。太郎坊山へ縦走した日は朝からの雨に濡れ、しかも人が通らないのか薄暗い林は蜘蛛の巣だらけ。その中で明るい色のササユリに出会うたびに、その清楚な美しさに救われる思いがしました。(2006.06.18)
都会から離れた交通不便な山では、まだまだたくさん咲いているようです。2003年6月、中国山地中央部の泉山(1209m)から星山(1030m)、櫃ヶ山(954m)へと縦走したときに、あちこちでササユリを見ました。これは二日目の6月20日、星山東口(登山口)付近の花です。
六田(吉野)から熊野本宮までの奥駆道の途中でも、6月にはあちこちでササユリに出会いました。これは終着地点の熊野が近くなった七越峠手前、その名もササユリ園地のササユリ。ただ先を急いでいたので、園地内の道を通り過ぎる間に数輪見ただけでした。(2005.06.12)
何年か前、近くでササユリの多い山があることを「あきゆきさん」のHPで教えて頂きました。山頂に巨石があり、若い頃にクライミングの真似事をしたりして遊んだ、河内の交野山です。
紅色の薄いササユリはヤマユリに似ていますが、ヤマユリには花に朱色の斑点が散りばめられているのが相違点です。(2011.06.11)
交野山から白旗池を経て北の国見山に行く途中で何ヶ所かササユリが自生しています。ここも地元の人の努力で次第に数を回復してきています。(2012.06.08)
更に近い地元の山では手軽に二上山で見られます。ここも残念ながら人の多いコースでは数が減ってきています。(2008.06.07)
これは山ではありませんが三輪山麓「三輪の杜」のササユリです。ササユリは三輪山をご神体とする大神神社と所縁の深い花で、十数年前から神域内に「ささゆり園」を作り保護育成されています(今年は6月20日まで公開中)。
大神神社周辺では摂社の狭井神社の鏡池周辺にも植栽されていますが、ここが一番たくさん見られるようです。昨年、三輪山に登拝した帰りに撮影しました。(2012.06.15)
矢田寺でアジサイを見たあと、大和民俗公園へ寄りました。空梅雨が続き昨日は奈良市で36.5℃、6月の最高記録の暑さになりました。
好天続きで一雨欲しいところですが、菖蒲園の花たちは係の方のお世話で見事に花開きました。
85種類2000本を超すショウブは畝ごとに違う品種が植栽されて、番号杭と名札が付けられています。
板張りの通路を周遊しながら、今咲いている花たちの一部をご紹介します。これは「花車」という品種です。
和田津海
緑葉黄金
月桂冠
曙光
新夜の虹
大鳥毛
五月晴れ
内裏 …まだまだありますが、7時を過ぎて陽射しも強くなってきましたのでこの辺りで…
里山の麓のササユリを見に行きました。
ここも係りの方のご努力で次第に数が増えてきました。一本一本に番号が付けられて大事に管理されています。
ダリアは本来は晩夏の花ですが、もう咲き始めました。「ダアリア」というのが正しいようで、高浜虚子の句に
「ダーリアも仏に供え奉る」
5時半に矢田寺へアジサイを見に行きました。いつものお地蔵さんの辻から、ゆっくりと歩いて境内に入ります。すでに大きな機材を持った人が二、三人、三脚を据えていました。
矢田寺の正式な名前は金剛山寺。675年、天武天皇のために唐から招いた僧・智通が創建したと言われています。本尊の地蔵菩薩立像は国の重要文化財です。写真の一番背の高い地蔵さんは「味噌舐め地蔵」。お口にお味噌を付けると、美味しいお味噌が作れるといわれています。
境内には約60種、数千本のアジサイが植栽されていて、「あじさい寺」の別名で知られています。かっては多くの堂塔伽藍があったと伝えられていますが、現在は四つの僧坊が残されています。写真は弁天池越しに見た南僧坊。
年々、境内の整備が進んでいますが、今年は新しく「あじさい大庭園の展望台・花のテラス」が設けられました。そこから見下ろしたところ。左の白い花の大木はヤマボウシです。
アジサイ見本園ではいろいろな種類のアジサイを見ることができます。これは様々な色が楽しめるエンジアンダム。
いくつか珍しい種類のアジサイを見て頂きます。これは三方八重
ベニガクアジサイ
八重柏葉アジサイ
三原八重
黒軸アジサイ
八重ガクアジサイ
シチダンカ
まだまだ多くの種類がありましたが、この辺りで…おまけは花の大庭園の紅色鮮やかなアジサイと
アジサイではありませんが、大庭園の谷間に立っていたヤマボウシの花です。