今日は朝からかすかな頭痛があって、なんだ?なんだ?と思っていたのですが、そのうち肩まで凝ってきたから
ええ!?寒邪をうけたっけ?と思いながら
さっき、葛根湯をのんだら、一瞬で魔法のように肩も頭痛もとれました。
冷えたっけ?と思い出すと、昨夜寝る前に薄着のまま、布団の上で落語を聞いていたんです。笑
昨日から家で落語デヴューをして、芝浜を聞いて、笑うどころから号泣。最後に笑って終わりました。
たった一人で、しかも座ったままで、最小限の動きで、この感動!
そう、それで、落語を聴きながら
体がいいました「あのさ、お取り込み中悪いんだけど、寒いんだよね」
心が応えました「まあ、待って、今落語聞いているから、終わったら布団とるからね」
体「わかった、でもね、腕が寒いんだよね。もう体温さがってきてるんだよね、免疫やばいんちゃうかな?」
心「わかったわかった、まあ、あと少しなんだから、体操でもして、体温あげてれば?」
そんなふうに、寒いなー、布団とろうかな~と思いながら、聞いていました。
皆様もどうぞお気をつけくださいませ。
「寒かったら着る!」
この台詞、子どもの頃に何回言われただろうか.....
体はなんでも教えてくれているんですよね。
心(頭)がそれを邪魔することが多いのです。
さて、
神との対話という本を読んでいます。
全米100万部のベストセラーを取った90年代の本です。
全米ベストセラーというキャッチコピーが効力を失っている今日ですが、
なんとなく言いたくなってしまうのは戦後教育の洗脳の影響かもしれません。
それで、昨日も今日も環にお見えのお客様にこの本の話をさせてもらうわけです。
環で販売しているわけでもないのですが、熱く語ってしまうわけです。うっとおしいわけです。笑
でも、皆様聞いてくださって、本当にありがたいです。
著者があるむしゃくしゃした日に紙に思いをかきなぐっていたら、
急に手が勝手に動き出して、文章を書き始めたという、いわゆる自動書記で神と対話した内容が書かれています。
自分と神に違いがないこと。
これは、まさに天人合一のことが書いてあります。
人と自分の境もなく、内側で自分が望むことが外側に現れているだけだということ。
願ったとおりになっていること。
とりわけ、自分と他人の境がない話、人と神に境がない話に興味がひかれていましたら、
今日のかっこちゃんのメルマガ・・・。
以下、
前略
かっこちゃん 今日は、カンタ!ティモールという映画を見てきました。かっこちゃ
んはすでにご存じでしょうか。
身内に数多くの犠牲者を出しながら、殺人、暴力、レイプ、様々な、信じられないよ
うな苦痛を長年にわたって受けてきながら、(信じられないことですが)、人を恨ま
ず、民族絶滅の危機に瀕しながらも、24年間かけて、少しづつ政府軍の中に、自分
たちの理解者を増やしつつ、とうとう独立を勝ち取った国のドキュメンタリーです。
なんと独立の後も政府軍から絶滅作戦のような、あまりにも残虐な、徹底的な殺戮行
為があったそうですが、彼らは決して人を恨みません。そして、手厚く葬る、という
ことをとても大切にしています。
いつも、(悲しんだりしないで)笑いなさい、というのが家族の中での日常会話、だ
そうです。僕たちの思う「(他者を)許す」といのではおそらくなくて、悲しいこと
があると、それは、「自分たちの(自分たちに含まれる)過ち」による、という(信
じがたい)認識です。すべての過ちは(自分たちの)誤解によって生じる、だから、
もっと(自分たちのことを)わかってほしい、という考え方のようです。
たまたま、監督さん(広田さん)の舞台あいさつがあって、環太平洋には、すてきな
民族がいる、ということは若いころから知っていたそうなのですが、まさか、東チ
モールを題材にした映画を作ることになろうとは、当初は思ってもいなかった、とい
う、どこかで聞いたような(1/4の奇跡風)流れがあったそうです。
http://www.youtube.com/watch?v=Gv7-cPNusUc
決して怒らない、決して恨まない、という民族がこの世の中にはいるのですね。「怒
る」のは人の仕事ではなくて、「神の仕事」だそうです。心理学的には怒りは不安な
ので、何があっても不安感を抱かない、ということだと思います。彼らにとっては、
死でさえも、(別れによる悲しみの対象とはなっても)恐れの対象ではない、という
ことのようです。
なんと、戦後の急成長を遂げた日本からは、インドネシアに対して長年(石油目当て
の)経済援助がおこなわれてきたそうで、それは、インドネシアから東チモールに対
する、24年間にわたる残虐な攻撃を、陰で(世界のどこの国よりも強力に、間接的
に)支援してきた、ということを知り、ショックでした。石油を安く手に入れるた
め、インドネシアに対して、永年にわたる手厚い経済支援を行い、それによって、政
府軍は容易く(東ティモール弾圧用の)武器を手に入れることができたそうです。も
ちろん、彼らはそのこと(彼らへの弾圧が、インドネシア一国の力で成立するもので
はないこと)をよく理解していました。
彼らの独立後、日本は、これまで(の間接的虐待活動)とは逆に、東ティモールの独
立後を支援しているそうですが、日本からインドネシアへの経済支援という、(ほと
んどの日本人が知らなかった)背景によって、インドネシア政府からの執拗な弾圧、
殺戮行為を受けてきた彼らは、そのことをただただ、「(世の中の)矛盾」、とのみ
表現していました。信じられないことですが、日本を恨むような言葉はおっしゃって
いません。
謎を解く鍵として、東チモールでは、「あなた」、と言う言葉と「わたし」という言
葉が共通である、ということを話されていました。
彼らの言葉をそのまま訳すと、あなたと私、ではなくて、わたしたちとわたし、とな
るそうです。
「(自分たちを攻撃してきた)インドネシアという国が過ちをする」、という表現で
はなくて、「わたしたちは過ちをする」、という表現になるそうです。
映画監督の広田さんは、ジルボルトテイラーさんの、奇跡の脳のお話しを読んで、言
語脳の機能が停止したときに、自分と他者の区別がなくなる、ということを知って、
書字の文化を持たない、いつも自然と共に生活してきた彼らの基本的な考え方が、腑
に落ちた、とおっしゃっていました。
世界にはすばらしい民族がいたのですね。嬉しいことに、虫の声を左脳で聴くのは、
ポリネシアの人と日本人の特徴、だとか。彼らは何万年も前に遠洋漁業をしていたこ
とがわかっており、遠い昔、彼らと日本人の間には、交流があった可能性があるそう
です。
社会の発展にともなって、言語脳を鍛えれば、分断した社会に棲む(環境をそのよう
に、他者と自分は全く別もの、とのみ認識する)ようになり、(社会の中で分断され
た個であるが故の)不安感が高じて、その結果、攻撃的になる、という流れがある、
ただし、世界の中には、今でもそのようには流されていない、貴重な、究極的にやさ
しい、天使のような民族があることがある、というのが映画の内容でした。そういえ
ば、日本にも、中国から漢字が輸入されるまで、文字という文化がなかったのではな
いでしょうか。文字の文化がない民族、ということをずっとネガティブに解釈してい
ましたが、この映画を見ると、そして、彼らに文字の文化がなかったことを聞くと、
決してそうではない、文字は非常に便利ではあるが、大切な何かを失う可能性を秘め
た分化である、ということがわかりました。
どこまでも攻撃的にならない、というのが、アイヌの人や、沖縄民族、ネイティブア
メリカン、に似ているように思いました。しかし(皮肉というか、なんというか)、
最後の最後まで攻撃的でない人は、現代においては、他民族から徹底的に攻撃され、
そして、世界に向かってその真価を発揮する(世界へ大切なメッセージを伝える役を
担う)ということでしょうか。
東ティモールはまるで、弾圧の中で気高く生きる、チベットのお坊さんたちが集まっ
たような国です。原爆や度重なる地震があっても(決して人を恨まない)人が住む日
本も、どこか似たような運命を生きていて、彼らとともに世界へ向かって何かを発信
できる仲間と成るのでしょうか。かっこちゃんがおっしゃっていたように、許す、と
いうのではない、何か別の捉え方、認識法が確かに(環太平洋という領域に、民族規
模で)あったことを知りました。ひろじ
・・・・
後略
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以上かっこちゃんのメルマガよりでした。
そう、最近ちょっと心に波風が立ったりすると、
目の前の物が何か急に落ちたりするんです。
バカなこと考えるんじゃないっって言われているみたいに。
心を穏やかに、そして、起こってほしくないことを思うのではなくて、(何々がおきませんようというのでもなくて)
起こって欲しいことを口に出したり、思うということなのだな~と思いました。
自己暗示を提唱したエミールクーエが言うのが「努力逆転の法則」といって、
努力すればするほど、逆に働くという、なんとも悲劇的な法則なんですけれど、
潜在意識は否定語が分からないというのと、イメージしたとおりになるということ。
例えば、痩せたい!痩せたい!と思うのは、今痩せてない状態をイメージさせる言葉であり、
病気を治したい!というのも、今が病気であるという認識を強くしてしまいます。
たとえば、明日は大事な仕事だから、早くねなければ!と
思えば思うほど眠れない!みたいな感じですね。
その瞬間の執着から一度はなれてみる。
眠れなくてもいいけれど、眠れたらいいな~くらいに思ったり、すでに明日がうまくいって、打ち上げの状況をイメージしてみたり、
病気が治った状態をすでにイメージして、楽しんでいる感情をイメージしたり
痩せて、着たかった服を着ているところをイメージしてしまうなど。
あぁ、話がそれてきてしまいましたが。
心理学を習って、いかに人が普段の言葉をもっともっと素敵な言葉に置き換えられ、
それによって、さらに健康に幸せになれるのかと感じます。
どうしても「恐れ」や「不安」から言葉を発してしまいがちであること。
これは「神との対話」にもでてきますが、
恐れや不安からの行動は、本質ではないということ。
全て自分の内側が外側に現れているだけ。
今日は駅でおやつ用に、パンを買いました。こういうことはあまりないんですが
なんか、今日はお腹がすくんじゃないか?そんなふうに思って、お腹もすいていないのに、買いました。
お腹はいらないよと、言ったのに買いました。
そしたら、なんと異物混入パンでした・・。
私の中の何がこの、異物となったんだろうか・・・・。
帰りに、パン屋さんにお返しにいくことになりました。
お返しって復讐じゃないですよ、おだやかに返品ですからね。
修行はつづく・・・。
昨日の夕飯です。
ピーマンと長いもと豚肉のチンジャオロースー風
オクラとトマトと若布のサラダ
玉ねぎのみそ汁
かまどさん玄米
ねばねばシリーズとなりました。
元気をつけながら、ピーマンで余分な熱もとります。
せっせと夏ごはんです。