Yさんは、警察官と私のやり取りの始終を側(そば)で見ていた。これはちょっと、とんでもない人がやって来た・・・と思ったかもしれない。ただ私は、当たり前のことを、(私なりの)丁寧な言葉遣いに、ほんの僅かな愛情と感謝の気持ちを添えて、「真っすぐ正直な姿勢」で話したに過ぎない。
風待ち潮待ちの様子なので、「ちょっと座ってお話ししませんか?」とイスを出し、コンビニで当たったブラックコーヒーを渡した。彼はいつまでも立ったままで座ろうとしない。もっとも、ウェットスーツがまだ充分に乾いてなくて遠慮していただけなのかもしれない。
年齢は40代中頃。名古屋らしく自動車関係の仕事で他所から転勤してきた。しばしばタイにもカイトをしに行く。クラブ員は転勤族が多い。風がない日は河口付近でタコ釣りをする人もいる。川向かいの大きな建物はレガッタの施設。近辺の河川敷林に住むキツネが時々現れる。彼のクラブは登録上100名ほどのメンバーがいて、イントラはSFの店長T氏である。メンバーの中に、警官にウェットスーツを剥がされて連行された人がいる・・・等など、ということをお聞きした。
私は近年、所謂(いわゆる)「肩書きや外見」だけで人物を判断することはまずない。人間にとって本当に大切なのは、「何を信念として、何をどう語り、何をどう行うか」つまり「信と言と行」・・・というのが私の信念の一端でもある。
それを観るには、ある程度の時間を必要とするのが普通だが、「一目会ったその日から」ということもある。そして、彼はいかにも温厚で誠実そうな人だった。それは最初に「期限付き許可証」云々を私に伝えるときの、話し方や物腰でも推察していた。よし、この際だから少し立ち入った話しを聞いてもらおう、と思った。
それから1時間半ほどの間、かなりの早口で、まずは簡単な自己紹介から、「公共の財産」の本来の意味。自由と責任と自律の問題。コンペやレースの魅力と問題点。海や空の相当に面白い話しの幾つか。カイト特有の魅力と危険性。イントラや指導者の資質の問題。ショップスクールの意義と限界。今後のこの世界の見通し・・・等など、他愛ない笑い話も間に挟みながら・・・まあ、人にもよるけれど、私の弟子や仲間なら数年はかかりそうな内容の要点部分を、思いつくままに語らせて頂いた。
彼は、ほとんど目を白黒させ、時々大きくうなずきながら聞いていた。まったく忍耐強く、聞き上手な人だった。こういう方は、それがどんな仕事や職場でも、人に慕われ、それなりの地位を得るだろう。いやもう既ににそうなっているだろう。
その後、風も潮も少し満ちてきた頃に、同じクラブの後輩フォイルが一人やって来た。このクラブでフォイル乗りはまだ数名ということだ。ザーザーと音が聞こえそうな逆潮(風と潮流が同じ向き)の中で悪戦苦闘していたが、私は二人の微笑ましい関係を遠くから見ながら、やっぱりナチュラル・スメ[ツは良いなぁ・・・などと思っていた。
しばらくすると上がって来たので、「ほんと軽いですよ~」というオゾンのシングルバテンを少し振らせてもらった。彼が使っていたのはフォイルや板を含めて試乗用で、12㎡、ライン長22m。まあ、こんなもんだろう、というのが私の感想。やはり翼端の失速域は増大している、ピッチ角が少し浅すぎる、という印象も話させてもらった。ただ、モーゼスのフリーライド用カーボンフォイルには若干気持ちが動いた。
人生の旅の多くは、茶道でいう「一期一会」だし、私がカイト関係でここに来ることはたぶんもうないだろう(フォイル・カイトの視点から見て、そう魅力的な環境ではない)。しかし、ここでもまた、まことに良い「出会い」を得た。