ライト兄弟が自転車屋であったことは周知の事実だが、近代航空史を語る際に欠かせない人物の一人であるイギリスのケーリー卿が自転車でも広く使われている「テンション・スメ[ク」の発明者であった、ということを知るに及んで、自転車の歴史にもかなり興味が沸いてきた。
そこで、車輪そのものの歴史なども少し調べていたら、ルネッサンス三大巨人の一人、レオナルド・ダ・ビンチがちょっと驚くべき自転車のスケッチを残しているということを知った。もっともこれは鉛筆画であり、鉛筆の芯のグラファイトの発見はダビンチの死後50年も経った1564年のイギリスだという理由で疑問視する研究者もいる。
自転車の起源が1790年代のフランスの車輪付き「木馬」にあり、1817年にドイツのカール男爵がステアリング可能なものにし、1839年にスコットランドのカートパトリックやブラックスミスがそれにペダルを付けた・・・という説をそのまま飲むとしても、その後の間しばらくは巨大な前輪を持つ前輪駆動の自転車が時代を風靡することになる。
いずれにしても、両輪のサイズがほぼ均等、チェーンやスプロケを使って後輪を回す方式の現在の一般的な自転車のモデルとなった「セーフティバイク」は1880年代になってイギリスで開発されたものだ。
ダビンチが希代の大天才であったことは明白なことだが、この自転車の線画もダビンチのものだとすると、その予見的天才ぶりに驚かずにはいられない。
そこで、車輪そのものの歴史なども少し調べていたら、ルネッサンス三大巨人の一人、レオナルド・ダ・ビンチがちょっと驚くべき自転車のスケッチを残しているということを知った。もっともこれは鉛筆画であり、鉛筆の芯のグラファイトの発見はダビンチの死後50年も経った1564年のイギリスだという理由で疑問視する研究者もいる。
自転車の起源が1790年代のフランスの車輪付き「木馬」にあり、1817年にドイツのカール男爵がステアリング可能なものにし、1839年にスコットランドのカートパトリックやブラックスミスがそれにペダルを付けた・・・という説をそのまま飲むとしても、その後の間しばらくは巨大な前輪を持つ前輪駆動の自転車が時代を風靡することになる。
いずれにしても、両輪のサイズがほぼ均等、チェーンやスプロケを使って後輪を回す方式の現在の一般的な自転車のモデルとなった「セーフティバイク」は1880年代になってイギリスで開発されたものだ。
ダビンチが希代の大天才であったことは明白なことだが、この自転車の線画もダビンチのものだとすると、その予見的天才ぶりに驚かずにはいられない。
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