テレビ放送が軌道に乗ってから間もなく、カラー放送が考えられました。それまで、白黒映像は家庭で、カラーは総天然色映画の映画館でと住み分けられていたのですが。
アメリカで公聴会を開いてNTSC方式に決まりました。それ以外の国はPAL,SECOM方式も決まりました。肝心の白黒映像のイメージオルシコン管をカラーにすると、どうもよくありません。
オランダのフィリップスからプランビコン管を使ったカラーカメラが出現しまた。色彩も鮮やかに再現され、派手好きのアメリカで評判になり広がってゆきました。イメージオルシコン管の場合は水彩画のような描写でしたが、プランビコン管のカメラは油絵のような印象でした。輸入されたカメラは、固定レンズをやめて、英国のテーラーホブソン社のズームレンズが最初からついていました。
カメラが国産化された時も、ズームレンズで始まりました。テレビカメラは、撮像管の映像を本線とファインダーに分岐する電気的一眼レフですから、ズームレンズには都合がよいのです。
早速、各光学会社のズームレンズの倍率競争になりました。
最初は7倍から始まって、10倍、14倍、18倍、22倍、30倍、40倍、55倍、80倍と進んでいます。
甲子園のセンター約120メートルのP-C担当カメラからバッターの大写しが撮れます。レンズが高倍率になると、年一回の分解整備が必要になり、高額の費用がかかります。それに、目方が二十数キロの重量で、運ぶのが大変です。
写真用カメラのペンタックスからズームレンズ付き35ミリカメラが発売されて、映像の世界はすっかりズームレンズ一色になりました。
アメリカで公聴会を開いてNTSC方式に決まりました。それ以外の国はPAL,SECOM方式も決まりました。肝心の白黒映像のイメージオルシコン管をカラーにすると、どうもよくありません。
オランダのフィリップスからプランビコン管を使ったカラーカメラが出現しまた。色彩も鮮やかに再現され、派手好きのアメリカで評判になり広がってゆきました。イメージオルシコン管の場合は水彩画のような描写でしたが、プランビコン管のカメラは油絵のような印象でした。輸入されたカメラは、固定レンズをやめて、英国のテーラーホブソン社のズームレンズが最初からついていました。
カメラが国産化された時も、ズームレンズで始まりました。テレビカメラは、撮像管の映像を本線とファインダーに分岐する電気的一眼レフですから、ズームレンズには都合がよいのです。
早速、各光学会社のズームレンズの倍率競争になりました。
最初は7倍から始まって、10倍、14倍、18倍、22倍、30倍、40倍、55倍、80倍と進んでいます。
甲子園のセンター約120メートルのP-C担当カメラからバッターの大写しが撮れます。レンズが高倍率になると、年一回の分解整備が必要になり、高額の費用がかかります。それに、目方が二十数キロの重量で、運ぶのが大変です。
写真用カメラのペンタックスからズームレンズ付き35ミリカメラが発売されて、映像の世界はすっかりズームレンズ一色になりました。