初心者の老人です

75才になって初めてVISTAを始めました。

続・写真のはじまり

2009年11月30日 16時31分36秒 | Weblog


ダゲレオタイプで、写真が始まりました。

最初は,カメラのセッティングも大変でしたでしょう。

使用する感光材料の感度も無茶苦茶低かったのです。

写される人物は長時間、動けない、瞬きも出来ない,

拷問に耐えなくてはなりません。

写真を撮影するのにカメラの暗い感じのレンズに

長い時間、自分を晒すのですから、

徐々に命を吸われていくような感覚だったのでしょう。



感光材料も湿板から乾板と露光時間が短くなってきます。

              … … …

写真を写すには,カメラを三脚にセットします。

シャッターを開いて,カメラの後についている,

ピントグラス(磨りガラス)に映った映像で構図を決めます。

レンズ・ボードの蛇腹を前後に動かして焦点(ピント)を合わせます。



しかし、ピントグラスに映っている映像は,上下逆になっています。

人物の足が上で,顔(頭)が下に映ります。

これは、現在の最新型の8×10(えいとばいてん)や、

4×5(しのご)のビューカメラでも同じです。

              … … …

慣れてくると, ピントグラスに人物や風景が天地逆に映る方が

構図が決めやすいという人もいましたが…。

このピントグラスが逆さまに映るのを解決したのが,レフカメラです。

明治時代に発売されたソホ・フレックスは、45°のミラーを入れて,

カメラの上にピントグラスがついています。

それは、天地が正立で見えます。

これで、人物も風景も正立で構図が決められました。

しかし、正立ですが,ミラーの関係で,左右が逆なのです。

カメラを左右に振ると,ピントグラスの映像は,

左右が逆に見えていますから,不思議な感覚になります。

これもコツが要ります。



後に現れる、二眼レフのローライフレックス、

一眼レフのエキザクタやレフレックス・コレレでもおなじことです。

              … … …

左右上下が正しく見えるファインダーはまだ、現れません。



戦後,発売されたペンタプリズム(ペンタゴナルダハプリズム)を搭載した

一眼レフ(ニコン,キャノン、ペンタックス,ミノルタ、コニカ…)で

初めて,左右上下が正しく見えるファインダーが出現しました。




写真のはじまり

2009年11月29日 18時43分28秒 | Weblog


カメラ・オブスクラというモノがあります。

原理は、ピンホールカメラと同じようなものです。

部屋と同じくらいのサイズの大きな箱を用意し、

片方に小さな針穴(ピンホール)を開けると

外の光景の一部分からの光が穴を通り、

穴と反対側の黒い内壁に像を結ぶというものです。



画家がこの箱の中に入り、壁に映った像を紙の上に描き移すことで、

実際の光景とそっくりの下絵をつくるという使い方がされた。

この原理はかなり古くから知られていたそうです。



私は,広重の『東海道五十三次絵』が好きです。

176年前、傑作といわれる『東海道五十三次絵』が生まれます。

この作品群は遠近法が用いられ、風や雨を感じさせる立体的な描写と言われています。

五十三次の絵を見ていますと,ワイドレンズで見たような構図や,

峠の家々が望遠レンズで撮ったように距離感を圧縮した絵があります。

彼は,このカメラオブスクラを知っていたのではないかと、

全く根拠はありません、

私が密かに想像しているだけです。




カメラオブスクラの壁に映った映像を何とか、この映像を固定というか、

記録する方法はないものかと考えられていました。



169年前にフランスのダゲールが 世界最初の実用的写真技法で

銀メッキをした銅板などを感光材料としていました。

日本語では銀板写真とも呼ばれていました。

              … … …

絵画と違って,壁に映った風景を化学的処理で映像を固定するのですから,

絵画の自動記録と言えるかもしれません。



その後、銀板写真は,湿板写真(ガラス板に塗布した感光剤が乾かないうちに

処理する方法)から、乾板写真にそしてフィルム写真と進歩していきます。

最初は,感光材料の感度が低くて、人物撮影の場合は,瞬きは出来ない,

首に前から見えないような道具で,頭を固定するものがあったようです。






デジタル写真

2009年11月28日 17時44分23秒 | Weblog


私はカメラ雑誌の口絵のプロ作家の作品に興味があります。

最近のプロ作品の傾向がうかがえます。

次に興味があるのが,作品のデータです。

プロ作家の使用するカメラ,レンズ,フィルムと見ていきます。

              … … …

露出計が無いころ,絞りや,シャッタースピードが…、

次に使用したフィルム、フィルム現像液,印画紙の種類,

印画紙現像液など参考になりました。



カメラがEE(エレクトリック・エクスポージャー)になってからは、

露出はAE(オート・エクスポージャー)とのみ記されたのが現れました。

アマチュアの月例作家の使用するカメラの動向が気になりました。

あのメーカーのカメラを使えば,これだけの作品ができると、

データで使用されたカメラが

カメラの売れ行きは影響したようです。

              … … …

最近は,カメラも銀塩からデジタルに移行しています。

デジタルになれば,絞りやシャッターのデータは重要ではなくなりました。



デジタルカメラの種類は気になります。

それより、どんなプリント用の紙を使っているのか,

プリンターはどこの製品かが気になります。

カメラ雑誌の作品のデータは写真界の傾向を表していて,興味が尽きません。



河内長野の写真集団OHYUの定例写真展がありました。

作品は全紙判でガラス入りの額縁で展示されています。

作品の題名と作者のカードの横に,R…N…D…と印が記されています。
 
主宰者の方にうかがうと,

R…リバーサル

N…カラーネガ

D…デジタル

で作品を制作したと聞きました。

              … … …

相変わらず,銀塩で制作するのに拘っている方がいます。

リバーサルは黒が綺麗に出る。

カラーネガは 露出のラチチュードが広くて楽だとか,

写真はやはり銀塩に限る。

しかし、カメラ雑誌のデータを見ると

徐々にデジタルに移行しているようです。



富田林市のSTS写真展でも,銀塩のフィルムをスキャンして,

そのデータを加工して,プリンターで出力している会員もいられるようでした。

              … … …

写真の世界にデジタルカメラが押し寄せています。










写真集団 OHYU

2009年11月27日 16時00分23秒 | Weblog


写真説明:人口11万2千人の地方都市にふさわしいかどうかわかりませんが、

河内長野市役所の正面です。

円形に見える屋上は緊急用のヘリポートらしいのですが、

ヘリコプターが訓練で離着陸したニュースは聞いていません。



河内長野市(かわちながのし)は、大阪府の南東部に位置する市であります。

大阪都心まで約30分、関西国際空港へは約1時間という交通至便です。

              … … …

市を囲む山並みは壮観で、市内に居ながらにして自然を満喫できます。

河内長野市は、爪楊枝(つまようじ)の産地としても知られており、

全国の爪楊枝の生産の大半がここ河内長野で行われています。




河内長野市では,春と秋に文化祭として美術展が開かれます。

市美協(しびきょう)が中心となって,油彩,水彩画の絵画展,写真展,

書道展などです。



写真集団OHYUがあります。

この集団の故指導者は独特の作風の作家でした。

画面に人物を入れない作品を制作されていました。

カラー作品でありながら,色彩を殺して,一見モノクロ作品に

わずかに色彩が感じられるという作品が多かったのでした。

              … … …

この集団の展覧会は,一応全紙判に仕上げますから、

生半可なカメラの構えでは,カメラブレが生じて,

鮮鋭な映像の作品は生まれません。

風景写真が主なテーマでした。

重い三脚にレリーズでシャッターをそっと切らなくてはなりません。

手持ちのカメラでいい加減に撮った写真を

先生から展覧会に推薦されることもありました…。

             … … …

昨日の,富田林のSTS写真展の指導者のMさんは、

90歳手前の元気な方で,元新聞社の写真部出身ですから三脚を使いません。

手持ちのワイドレンズの35㍉カメラで、風景や人物の

スナップショットが守備範囲でした。

また、毎日新聞系の日報連(日本報道写真連盟)の委員もされています。

              … … …

このお二人は全く作風が違うのですが、

お二人の作品からいろいろ勉強させていただきました。





STS写真展 2009

2009年11月26日 21時46分12秒 | Weblog



近所の友人、Nさんの所属する写真クラブが1年1回、

展覧会を開いています。

秋には,富田林のクラブ,堺市のクラブと三つのクラブが合同展を開きます。

今日は,朝から暖かく,晴天なので,合同展に出かけました。

「第12回 STS写真展 2009」です。



近鉄南大阪線で、富田林市の近く「川西」駅で降ります。

毎年,8月1日の花火で有名なPLの塔が駅から見えます。

駅から西の方に向かって歩いていきますと,神社の境内に入ります。





錦織神社(にしきおりじんじゃ)は、大阪府富田林市にある神社です。

地元では、錦織を「にしこり」「にしこおり」「にしごり」

というふうに訛って呼んでいるそうです。





拝殿の脇にずば抜けて背の高い神木がありました。

幹に、しめ縄がはってあります。

              … … …

この近くにある錦織公園(にしこおりこうえん)は私が良く歩く公園です。

              … … …

神社を抜けると,大阪外環状線(170号線)に富田林市の

「すばるホール」があります。

そこの3階展示室が展覧会場です。

              … … …

参加会員は25名で作品数は50点ですから、一人2点ずつです。

使用カメラはデジタルがほとんどで,銀塩カメラが押されているようでした。

デジタル作品の中には、少しオーバーに補正をしているのもありました。

出品作品は各自が仕上げして持ち寄っているそうです。

自分のプリンターで仕上げたり,写真店で仕上げたのもあるそうです。

              … … …

富士写真の写真用の額縁のガラスを外して,

黒い厚紙を写真のサイズに合わせて窓を開けて,

バックシートで補強された作品で統一されていました。







展覧会と額縁

2009年11月25日 18時20分37秒 | Weblog


大きなパネル張りのモノクロ作品が展覧会場に並ぶとなかなか壮観です。

絵画の展覧会はパネル(キャンバス)の油彩を額に入れて飾りますが,

写真の展覧会は,パネルのみで並べます。

              … … …

世の中にだんだんとカラー写真があふれて、

カラー作品が展覧会に並ぶのも時間の問題となってきました。



モノクロ写真は水に浸かると膨張するバライタ紙の印画紙でした。

カラー印画紙の材質は,プラスチックの

RC(レジン・コート)ぺーバーでしたから、

水を吸収しない印画紙でした。

カラー印画の作品は、印画紙が水で膨張しませんので,

パネル張りができません。

最初は,パネルに作品をテープで止めて,

画面に合わせて窓をくり抜いた灰色の厚紙を貼っていました。

しばらくこの状態が続きました。



当時のカラー作品は、リバーサルから印画紙のプリントを作っていました。

例、35㍉のリバーサルフィルムから、全紙のプリントを仕上げるのには,

オリジナルの35㍉リバーサル画面から4×5(しのご)判の

インターネガというのを作ります。

そのインターネガフィルムから、全紙判のプリント作品を

仕上げますから,

費用もかかって大変でした。

              … … …

その後、「チバクローム」というリバーサルから

直接にカラープリントができる画期的なものが出現して,

間のインターネガはとらなくてもよくなりました。

              … … …

プロの写真家の展覧会で、「インターネガ方式」で

作品を仕上げている人もいます。



カラー印画紙はRCベーパーですが,しばらく,

バライタのモノクロ印画紙が輸入品でしたが,

市販されていました。

一部の写真愛好家に

「やはりバライタ印画紙は、黒に深みがある」

と人気がありました。

モノクロ写真のRCペーパーは,水を吸いませんから、

現像処理後の水洗が簡単で、乾いたタオルで拭くと、

すぐに乾いて便利なものでした。

いつの間にか,モノクロ写真も含めて,印画紙はすべて

RCベーパーになってしまいました。

もう、パネル張りはできなくなりました。

              … … …

何時からか、写真の展覧会の作品の展示に、ガラスの入った,

額縁に入れて飾るようになりました。

中には,額縁のガラスを抜いて並べている展覧会もあります。

全作品,同じ造りの額縁で統一した展覧会もあります。









展覧会とパネル

2009年11月24日 17時40分49秒 | Weblog


写真クラブでは年に1回は展覧会を開きます。

まず、展覧会場を探さなくてはなりません。

街中のわかりやすい場所に展覧会場を探すのは大変です。

定期的に写真展を開くには,会場が同じなのがよろしい。



絵画の画廊などは、繁華街にあるのですが、

写真を展示する場所がなかなかありませんでした。

一時,百貨店などに写真用にギャラリーがありましたが、

いつの間にか,その場所は売り場に変わっていました。



作品はモノクロ写真で四つ切り、半切,全紙,全紙倍判などが

作品のサイズです。

作品は,自分で仕上げました。

大きなサイズの全紙,全倍(全紙倍判)は、

現像液も何㍑も溶かなくてはなりませんし,

場所もとります。

大きなサイズのときは、 作品を良く手がけている写真屋さんか

展覧会などを手がけている専門の店に頼みました。

              … … …

展覧会で作品を展示するには,パネル張りが普通でした。



印画紙はバライタ紙です。

ベニヤ板を作品の仕上がり寸法に切ります。

ベニヤ板の周囲を矩形の角材を釘で止めます。

これをパネルと呼んでいました。

当時の印画紙は,現像後の水洗で印画紙が濡れている間に,

パネルに貼り付けます。

枠の周りにホッチキスで印画紙を止めていきます。

枠の向かい側同士に印画紙を引っ張って,止めてゆきます。

ちょっとコツがいります。

印画紙を枠に止めるのに、糊は使いませんでした。

裏に糊がついている緑色のテープで

枠の周りに貼ります。これで仕上がりです。

             

             … … …

写真材料店で四つ切り,半切など印画紙のサイズに合わせた

既成のパネルがありました。

作品をトリミングしてサイズが変形しているときは、

画面に合わせてベニヤ板を切って,作ります。

パネルに貼った印画紙が乾燥してくると、ものすごい力で縮みます。

しっかり作っておかないとそっくり返ってしまいます。

印画紙はバライタ紙で、水に浸かると少し膨張します。

引き伸ばし,現像処理が済んで,水洗が終わって紙が膨張している間に,

パネル張りを行います。

そして、印画紙が乾くと,写真はパネルにピンと張り付きます。

              … … …

現像処理,水洗を終わって一度乾燥した印画を、

水に浸けてパネルに貼ったこともありました。







写真と展覧会

2009年11月23日 16時32分24秒 | Weblog


色々な写真を撮っていますと,

自分で気に入った写真を作品として,発表したくなります。

いい加減にカメラを構えて写した写真が仲間から褒められることもあります。

どんな撮り方をしても、プリントのサイズが

キャビネ判(2Lサイズ )ぐらいまでは、良いのですが,

作品として発表する場合は,それ以上に引き伸ばします。

四つ切り半切に引き伸ばすと,

僅かなカメラブレやピンボケが目立ってきます。



作品をものにしようと,カメラの角度や,

レンズを変えてフィルムをどんどん消費して撮ったものが、

後で見るとどうして,こんなものに執着して撮ったのだろうと

自分で首をかしげることがあります。

              … … …

また、軽い気持ちで,チョロッと一枚写したものが、良い場合があります。



風景を作品に撮る場合は,しっかりした三脚を使用します。

まず、三脚を使用して撮影していれば,

四切り、半切、全紙に引き伸ばしてもまあ大丈夫です。

三脚にカメラを簡単に取り付けられるアクセサリーに「クイックシュー」が

あります。

カメラにクイックシューを付けておいて,

カメラで覗いて構図が決まれば,その位置に、

三脚をどのように置いて,脚をどう伸ばせば良いか、

慣れてくると大体カメラを構えた位置に

三脚をセットすることが出来るようになります。

              … … …

風景写真で,超望遠レンズを使用する場合は,

一眼レフのミラーショックを防ぐために、

構図を決めてから、ミラーアップして撮りました。




しかし、人物の表情を狙うときは,手持ちで撮影します。

これも、意識してカメラを保持しますと,

シャッタースピードによりますが、

カメラブレは防げるようになります。

シャッターを押す瞬間,息を止めます。

その息も吸い込んで止める人と、息を吐き出して止める人がいます。

              … … …

最近は,レンズやカメラ本体にブレ防止機構がついているのがあります。

便利になったものです。








カラーフィルムあれこれ

2009年11月22日 18時05分19秒 | Weblog


写真説明:我が町の住宅地のなかでは一番階段がスゴイところだと思っています。

この階段を見ただけであがる気持ちがなくなります。

少し遠回りになりますが,普通の坂道が横にあります。

高いところの住居には,いずれにしても階段か,

坂道で歩いていかなくてはなりません。

写真を撮りながらこの階段を上がって,

上の住居の横を歩いていたら、おばあさんが家の前を掃除していました。

             … … …

カラーフィルムはあちこちから発売されていました。

米国のコダックの外式カラーフィルムの「コダクローム」

内式の「エクタクローム」、

アンスコ、デューポン、

欧州のアグファ、ケバルト、

アグファとケバルトは後に合併します。

英国のイルフォードなと

日本では,さくら(後のコニカ・ミノルタ)

富士フイルム オリエンタル

などです。

              … … …

カラーフィルムは感度が低く、

フィルムの乳剤の粒子が大きいのか,

それまでのモノクロフィルムに比べてピントが 悪かったようです。



米国では,家庭のパーティ(ホームパーティー)が盛んで,

カラースライドをプロジェクターでスクリーンに映写して

楽しむことが流行っていたようです。

現像済みの35㍉のカラーフィルムの画面に合わせて

窓の開いたスライドマウントをプロジェクターのスリットに入れて映写します。

その35㍉スライドマウントにおさまる35㍉フィルムより少し大きい,

ベスト判のスライドが色彩も鮮やかで,

ピントも良いというので流行ったようです。

ドイツのローライフレックスは4×4サイズの二眼レフを製造しました。

このベスト判の4×4サイズをスーパースライドと言っていたようです。

日本も4×4ばんのカメラを製造してアメリカに輸出していました。

カラーフィルムの感度も,ISO6~12から32になり、

64と上がっていきました。

そして、ISO80となりました。

              … … …

コダックのコダクロームも最初ISO25でしたが,

ISO64タイプも発売され,最後はISO200のタイプも発売されました。




我が国の「富士フイルム」からリバーサルタイプの

「ベルビア」は日本の誇る傑作だと思っています。

私はリバーサルより露出に幅のあるカラーネガフィルム

「リアラ」ISO100を愛用していました。










カラーフィルムの処理

2009年11月21日 17時28分46秒 | Weblog


モノクロ写真は,撮影したフィルムは自分で現像するものと思っていました。

カラーリバーサル・フィルムも、最初は「現像キット」で処理しても,

慣れてくれば、必要な薬品を揃えていけば

カラーフィルムも処理できると考えていました。

しかし、最初の「現像キット」の説明書には,

処理液の温度管理が非常に厳しく書かれていました

第一現像液の温度が20℃で、許容範囲が±0、5℃とあります。




私は,モノクロ・フィルム現像では

現像液を温度計で20℃に測って、処理中に±1℃位にしていました。

それが、カラーになって±0、5℃とは厳しすぎてとても素人にはできません。

             … … …

また、モノクロのネガから引き伸ばし機でプリントするとき,

印画紙を現像しなくてはなりません。

これも現像液の温度管理はネガと同じようにしていました。

冬の寒いときの液温は下がります。

乱暴にヤカンの熱湯をバットに少し注ぎます。

夏の暑いときは液温が上がります。

冷蔵庫の氷を少し放り込んで液温を調節していました。



カラーの場合はそれがどうやらダメなようです。

以後,カラーリバーサル、カラーネガの現像を完全に諦めました。



世間には,スゴイ人もいるようで,カラーフィルムや

カラー印画紙のために完全暗黒になる豪華な暗室を作って,

カラー現像処理液の温度管理を徹底的に追求して,

カラーリバーサルのプリントまでやる人がいました。

              … … …

かって、アサヒカメラ主催の「写真サロン」という展覧会がありました。

世界中の野心的な作品の展覧会でした。

カラーソラリゼーションなど自分の暗室がないと

出来ない手法を駆使した作品もありました。



展覧会出品用のカラー作品を作るとき,

撮影のみで,暗室処理はまったく知りません。

              … … …

ある写真クラブの先生が,

カラーフィルムは撮りっぱなしでネガ現像処理,プリント処理は業者まかせで

何が写真作家と言えるのか…

と嘆いておられました。