怪しい中年だったテニスクラブ

いつも半分酔っ払っていながらテニスをするという不健康なテニスクラブの活動日誌

「バランスシート不況下の世界経済」リチャード・クー

2014-11-02 07:51:32 | 
480ページにも及ぶ大部ですけど、文章は読みやすく図表もたくさん入っていて、サクサク読めます。でも内容は結構深いものがあります。

あとがきにあるように著者の60歳の区切りとして書いたものだそうで、そのためか第1章は今まで著者が唱えたことのおさらいとして「バランスシート不況」の基本概念が書いてあります。
バランスシート不況とはまさに著者リチャード・クーが初めて提示し、かなり使われるようになってきたのですが当然ながら経済学の教科書にもまだ載っていません。
バブル経済が崩壊することによって株、土地などの資産価格が悪化し、借金だけが残り個々の企業は債務超過の状態に陥ってしまう。そのため家計、企業などの民間セクターは一斉に借金返済を始める。これは個々の企業なり家計なりでは正しい行動なのだが、資産価格はさらに押し下げられデフレスパイラルに陥ってしまう。この場合個々の企業の正しい行動は「合成の誤謬」をもたらす。中央銀行はこの不況に対して金利を下げ、マネタリーベースを増やすのだが、お金の借り手がいないのでマネーサプライは伸びずに金融政策の効力は激減してしまう。このような状態を「バランスシート不況」といい、アメリカの大恐慌も日本のバブル崩壊もこのバランスシート不況だとしている。
ちなみに日本のバブル崩壊によって失われた資産価格は地価と株価の下落で1570兆円!という。これは日本のGDPの3年分、平時に1国が被った経済損失としては史上最大とか。
しかしそれでも日本経済は1990年以降デフレだの失われた20年と言われながらGDPはほぼ横ばいかわずかながら伸びていた。それを支えたものは政府による財政支出であった。家計部門の貯蓄を企業が借りずに滞留した部分を政府が国債によって吸収し支出することによってデフレギャップの表面化を防いでいたのです。もっとも橋本内閣の財政再建(消費税増税だけでなく特別減税廃止、健康保険見直しなど)は金利がまだ下げ止まったままで借り手不在の状態にもかかわらず行ったため、その後5期連続のマイナス成長を招いている。この時の経験が今に至るも消費税増税の議論に色濃く影を落としていることはご承知の通りです。
日本の国債が積み上がりこのままでは破綻すると盛んに言われるのですが、ゼロ金利下でも未借貯金がある状態では、少なくともファイナンスの問題はないと言えますし、本来国債はゼロにする必要などないのでデフレギャップがある場合は財政出動に躊躇することは禁物です。借り手がなくマネーサプライが伸びない中では金融政策は経済を引っ張る紐としては有効であっても押すことはできないので、マネタリーベースをどれだけ増やしても効果が望めません。図2-1を見ると一目瞭然ですが日本の銀行全体では1998年から2007年の間に民間向け信用が約100兆円減っており、それを公的部門が100兆円以上増やすことによってバランスを取っているのです。この公的部門の伸びがなければ日本経済はどうなっていたのでしょうか。
第2章ではリーマンショックでのアメリカの対応を分析していますが、バーナンキ議長の量的金融緩和を厳しく批判、著者の議論を踏まえてバーナンキ自身も途中で自分の誤りに気づき量的金融緩和は効果は限定的でマクロ経済に大きなプラスにならないとみているという。バランスシート不況には財政支出が不可欠と時期尚早の財政再建に危機感を抱き「財政の絶壁」について論陣を張り、何とか経済の失速を防いできた。
ここで著者はアベノミクスについても評価をしているのだが、時期的に非常な幸運なタイミングでスタートを切ったことによるヘッジファンド主体の円安、株高とみている。海外のヘッジファンドは思うようにならないユーロからポジションを手じまって日本株に向かってきたことによってもたらされた。
黒田日銀総裁の異次元の金融緩和について言えば、リフレ派からは評判が悪かったけれどもそもそも白川総裁のころからかなりの量的緩和を行っており、それでもマネーサプライは伸びていなかった。黒田総裁のマネタリーベースの拡大でもマネーサプライが劇的に伸びるとは思えない。現に円安にはなったが輸出の数量は伸びず民間投資はまだ伸びていない。もっとも民間資金需要が伸びていないので国債の価格も落ち着いて金利は低いので、海外投資家は安心して株を買っている。
ただ民間部門のバランスシートは現在きれいになっていて、心理的トラウマが残っていることが投資の障害になっている。異次元の金融緩和はこのトラウマを解消するには有効なんだろう。でもアメリカが早くも苦しんでいますが、異次元の金融緩和は出口戦略が非常に難しく、ここを間違えると大混乱になりそうです。
ところでアベノミクスは第3の矢として構造改革が言われているが、構造改革というものは即効性はなく中長期的に効果が出てくるもの。それもその改革が本当に有効かどうかは結果を見ないとわからないだけにあまり期待しないほうがいいのでは。構造改革というと何やら世の中が変わるみたいな幻想を抱き、すべての問題が解決するかのごとき議論は本当に眉唾物です。
ユーロ危機についても分析していますが、現在の危機にはユーロという単一通貨でそれぞれの国が財政を決め国債を発行している状態が、根本にあります。そのためマーストリヒト条約で財政赤字の縛りをかけているのですが、それがバランスシート不況の際の機動的な財政出動をできなくして負のスパイラルに陥っています。もっともギリシアについて言えば粉飾財政とかがあり別問題としないといけません。
その中でドイツとスペイン、イタリア、アイルランドなどとの関係が問題を複雑にしています。著者としての処方箋を提示していますが、国のメンツと利害が絡むので容易には解決しないと思います。
中国についても述べていますが、中国はリーマンショックの時に4兆元もの財政出動を行っていて、非常に好意的に書いています。でもルイスの転換点を超えてきた中で噴出する課題をどうさばいていくのか、これから10~20年が非常に重要となります。
いささかバランスシート不況の概念を初めて提示し。やっと世界がそれを認めてきていると自己宣伝がきついのですが、これはフロンテイアを行く人の宿命か。内容は非常に説得力がある議論で、アベノミクス、ユーロ、中国の将来まで展望していて読みごたえありました。
一つだけ言えば公的部門の支出を何に使うかの問題は触れられていませんが、民間部門の資金需要の足らずまいを埋めるだけにどんどん支出する中身は往々にして出せばいいとばかりに劣化したものになるのでは。これは政治の世界の話ですが、そこに利権が生じ膨らむだけで簡単には縮小できないとなると財政破綻への不安が出てきます。金融緩和と一緒で甘い政策は出口戦略が非常に難しくなります。安易な財政拡大は心地いいだけに躊躇うのは財政担当者としては当然でしょう。
河村名古屋市長はリチャード・クーの信奉者で、今は銀行に金が余っていて金の借り手がいないのだから公的部門が借金しなくてはいけない。国債、市債は借金じゃないとのたまわっている。でも中央銀行と一連托生で国債を自由に発行できる国はともかく、個別の地方自治体は合理的行動は個別企業と同じように借金を返してバランスシートをきれいにするのが正解では。マクロでは国債は必要な財政出動かもしれませんが、ミクロの個別自治体にとっては市債は借金です。国のファイナンスの裏付けがない限り(裏付けがあっても往々にして裏切られるのですが)バランスシートを考えていなければいけないと思います。
ところで先週日銀はさらなる金融緩和を打ち出したのですが、株価が大きく上がりました。実体経済には借り手不在の状況が変わらないとすれば効果は限定的?ヘッジファンドのマネーゲームを潤すだけでしょうか。日銀としては消費税を上げるためにはできることは何でもやるという姿勢を見せた意義があるのでしょう。
コメント
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