怪しい中年だったテニスクラブ

いつも半分酔っ払っていながらテニスをするという不健康なテニスクラブの活動日誌

酒井順子「処女の道程」

2022-11-12 21:25:44 | 
ちょっと手に取るのが気恥しい題名です。
実際家でこの本を読む時は、今更気を遣うような歳でもないのですが、家人に題が分からないようにして読んでいました。

日本女性の貞操感の変遷を明治、大正、昭和から現在まで自らの体験談も含めて具体的に述べています。
男性の私からは恥ずかしいような照れ臭いようななかなか口に出せないようなことなのですが、女性の視点からだとこう捉えられるんだと改めて感じ入りました。
明治維新前の日本の性風俗は至っておおらかで、万葉集から伊勢物語、源氏物語を紐解いて女性の欲求の在り様を考察しています。江戸時代になると武士の世界は儒教的制約があったのでしょうけど、そもそも江戸の町は男性過多の女性が少ない歪な人口構成だったので、あまり固いことを言っていたらやってられなかったと思いますし、江戸の庶民が熱狂していた歌舞伎の世話物の世界観は儒教の説く徳目とは違います。
ところが明治維新を経てキリスト教的な純潔思想が入り込み、処女性が重視されるようになる。一方で女性の自立が言われるのですが、処女の純潔や貞操を重視した夫婦の在り方が説かれるようになります。与謝野晶子は熱烈な処女の純潔信奉者で、それは信仰とまで言っている。地方は文明的でないので道徳的に堕落していて、都会は純潔が守られているというと地方はおおらかな日本古来の伝統が生きていたということ?
明治大正昭和の時代は儒教的な貞操観念とキリスト教的な処女尊重意識に非処女の穢れ意識が相まって、処女信仰が強くなっていた。結果、処女膜再生手術まで現れてくる。
戦時体制になると女性の自由度は著しく低下し自己の性の決定権を放棄することが「純潔」であり「貞操」であり「産めよ殖やせよ国のため」の時代でした。
戦後、アメリカ軍の進駐に対して恐慌をきたし国家レベルで血の純潔を守れと言うことが叫ばれた(まさに日本軍が外地でやったことの裏返しがあると時の政府が思った)のですが、性に対する意識もガラっと変わってくる。戦後の在り様は映画小説などなどで変遷はたどれるのですが、大きなエポックメーキングだったのは東京オリンピック。当時は外国人と日本の女性が「して」しまうことを真剣に心配していて、ちょっと笑ってしまいますが、東京都は風紀環境を心配して女性向けパンフを出しています。ちなみに日本男子に対する啓発パンフはなかったみたいです。
オリンピック以後はウーマンリブ運動が台頭し、性の解放・フリーセックスが喧伝され、処女の価値は急速に下がっていく。とは言っても男性にはそれを受け入れるだけの度量がなかなかついて行っていない時代でもありました。
ここから80年代に入ると同時代に経験した時代になってくるのですけど、それにしても著者の酒井順子さんは1966年の東京生まれ。私とは一回り違うのですが、彼女が二十歳前からの実体験に基づいて語る東京の風俗、女性たちの在り様は名古屋のそれと比べると5年先を確実に行っていて、どうも時代を考えるに私と20年くらいの差があるような感覚で、これは若者の数とか一人暮らしの数とか都会の文化などが関係するのだろうが、案外携帯電話の普及率が大きなファクターになっているような気もしますが、うまく思考がついて行きません。というか頭では理解しても腹に落ちないことばかり。こういう面では生まれてこの方名古屋以外で暮らしたことがなくドメスティックに生きてきたこともあり自分自身は情けない生き方をしてきたものだと後悔ばかりです。
ところで現在は草食性とか言われるようにセックスをしない自由もあると主張が出てくる。性的な規範が消えた影響で関心が薄れてきた?
どちらにしてもこの日本はどうなると思ってしまうのですが、そんなこと知ったことではないと言える時代はいい時代なんでしょう。

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