喜久家プロジェクト

日本一細長い半島、四国最西端「佐田岬半島」。 国内外からのボランティアとともに郷づくり「喜久家(きくや)プロジェクト」。

田舎で飲むジャック・ダニエル old No.7

2012-02-11 | 田舎暮らし
田舎で飲むジャック・ダニエル old No.7


 初めてジャック・ダニエルを飲んだのはアメリカコロラド州へ研修に行った時だった。
この人こそアメリカンといった風貌のトム・ハワースに出会った。
ひげ面で体格の良い彼は、いつも楽しく・思いきったことをさせてくれた。

 テネシー・ウイスキーのジャック・ダニエルが大好きで、
私もよく飲ませてもらった。
 日本に帰国するためあいさつに行ったときも
紙袋に包んだジャックダニエルをお土産として私に差しだした。
大らかな彼の気持ちがとてもうれしかった。

 あれから8年、ジャック・ダニエルをよく飲んでいる。
今日もビールを買いに行った店で目にとまり、ついつい買いこんだ。
そして家に帰り、ストーブの前で味わった。

 その箱には次のようなことが書かれていた。

『時とともにすべてのものは変化します。
しかし、ジャック・ダニエル蒸留所が造り出すテネシー・ウイスキーの製法は、
100年以上経った今も変わっていません。
 時間のかかるチャコール・メローイング製法で一滴一滴ろ過した芳醇な味わい。
まろやかで均整のとれた琥珀色のウイスキー。

 このジャック・ダニエル・オールドNo.7が初めて金賞に輝いたのは、
1904年セントルイスで開催された世界博覧会でした。
翌1905年にはベルギーで開催された世界博覧会においても金メダルを獲得しています。
そして次々と国際的な博覧会で7つの金賞を受賞していきます。
ジャック・ダニエル・オールドNo.7がこれまでに受けた数々の栄誉は、
ボトルに貼られた黒ラベルのなかに、みつけられるはずです。

 そして、ウイスキーに相応しい個性的なデザインと、
選ばれた四角いボトルも100年前から変わっていません。
現在ではジャック・ダニエルのシンボルとして世界140カ国以上で親しまれています。

 ジャック・ダニエル・オールドNo.7は、決して変わらない。
変えてはならないものを静かに語っているのです。』
 

時代が変わっても変わらないもの。
変えてはならないものは、田舎にもあります。

 ストーブの炎を見ながら、
ほろ酔い気分でそんなことを考えていました。


                岬人