早朝ラジオ番組から聴こえてきた、「拝啓 お元気ですか」から始まる便りを募集しています。
大切な人に伝えたいこと、亡き人に届けたい言葉、長年 胸にしまい込んだ侭の想い
そんな気持ちを、手紙にしたためてみませんか‥。
そんな言葉に誘われて、ふと思い出したJ先生のこと。
J先生は中学2年と3年の時にクラス担任だった男性教師で、確か当時30歳くらい
岩手県の出身で背が高く、結核療養から復職したばかりの数学担当の先生でした。
4人姉弟の一番年長だったKImitsukuは、兄のいるクラスメイト女子が羨ましく
物静かで優しいJ先生に、理想の兄像を思い描いたのでしょうか。
中学2年の夏休みにアポイ岳に登ったこと。
校庭でキャンプファイアーを囲んで
高村光太郎の詩 ≪道程≫を朗唱したこと。
中学3年の修学旅行で仙台へ行った時
先生と喫茶店に入り、ソフトクリームをご馳走になったこと。
ゲーテの≪ファウスト≫の言葉を教えて貰ったこと。
此処には書き切れない思い出が、まだまだ沢山ありますが‥
そんなJ先生に‥💌一筆啓上💌
・・・拝啓 J先生 お元気ですか。
とうの昔に亡くなられた先生に、お元気ですか‥は可笑しいけれど
お元気な頃しか知らない私は、矢張りそう話し掛けたいと思います。
中学生の頃、数学が苦手で因数分解が出来ず悩んでいました。
夏休みで岩手に帰郷していた先生に手紙を書き
どうしたら数学が好きになるか、尋ねたことがありましたね。
先生からは、もう一度、基礎からやって見ると良いでしょう
何処で躓いたのか分かるから‥との返答でした。
でも数学嫌いは直ることなく、現在に至るまでチンプンカンプンの侭です。
あれから長い年月を経て、私もいっぱしのオトナになりましたが
先生は今もお別れした30代後半の頃の姿で、私の記憶の中で生き続けています。
折りにつけて、教えて頂いた ≪人間は努力する限り迷うものだ≫を
心の糧にし、生きる指針としています。
今、先生にお逢いしたら‥少しは「頑張ったね」と誉めて頂けるでしょうか。
あの時、先生が話してくれた女性像に近づきたくて
此処までの長い道程を歩んできたように思います。
J先生 本当に有難うございました。
若い日に素晴らしい先生と出会えた幸運を、心より感謝しております。
いつかまたお逢いできることを願って・・・