今日は大学の友達と会っていた。彼女は頻繁にこのブログにも登場(!?)する、すでに看護師として働き出している韓国人の友達。お互いの家の中間地点・Upper Mount Gravatt(我が家を神戸市灘区だとすると明石市あたり)で会うことになり、バスに揺られて出かけていった。ちなみにこちらのバス車内はこんな感じ。

さて。
出会うたいていの留学生は、オーストラリアで永住権を手に入れようと頑張っている。永住権を取る方法はいくつかあるのだけど、そのひとつが「オーストラリアにおいてもらったら役に立ちますよー」と証明すること。オーストラリアはいくつかの職分野が人手不足で、そのひとつが看護師。そして他に医者、薬剤師、会計士、エンジニアなど。こちらの学校を卒業して資格を取得し(または自国での経験を活かし)、「看護師(もしくは不足している他の職業)としてオーストラリアに貢献しまーす!」と言ったら永住権をもらえる可能性が高くなる。私が看護の勉強を選択したのは、この永住権取得の可能性が高いというのがひとつの大きな理由だったりする。ただ、いくらオーストラリアが多種民族であるとはいえ、元々いたオーストラリア人を凌駕するほどに増えた移民に危機を感じたのかなんなのか、5年前で看護師ならまだ比較的楽に取れた永住権だったけど、今は年齢制限・英語の試験等の条件が足され、年々永住権取得は難しくなってきている。
大学を卒業して一定の条件をクリアしたら、多くのケースで永住権申請の前に18ヶ月間の“卒業後実社会で経験を積みましょう”ビザが発行される。看護師の勉強をした人はもちろん看護師として働かなくてはならない。しかし18ヶ月の間に経験を積んだところで、若い人々はともかく、年を重ねている人は永住権取得にさらなる条件のクリアを要求される。
前置きが長くなったけど。
私の場合、大学を卒業したにも関わらず英語の試験に受かっていないため、現在看護師資格すら保持していない。結果、看護師として働けないので、18ヶ月間のビザも取得不可能。しかし、オーストラリア人と結婚したので上記の条件をクリアせずとも永住権の申請をすることができた(現在査定中)。ひらたく言ってしまえば、もう看護師になる必要もないと言えばない。
しかし。私は看護師の勉強のために2年という時間と、莫大な学費を払った(あえて書かないけど、びっくりするほど高い)。英語の試験に受からなければこれらが全部無駄になるほか、大学では看護師になる勉強しかしておらず“潰し”が利かないため、就職先に良い境遇を望むことは難しい。だから英語の試験にパスできない=看護師として働けないことは、いろんな意味で私にとって実にストレスであり、このせいで心から落ち着くことはない。
友人の場合。彼女は在学中に英語の試験に受かり、卒業と同時に18ヶ月間のビザと看護師としての職を得た。しかし彼女は30代であるため、永住権申請には先にも少し書いた“別の条件”をクリアせねばならず、それが簡単ではないので彼女も心から落ち着くことがないらしい。
私たちが出会うと、十中八九この手の話になる。今日も多分にもれず、同じテーマ。私の焦点は英語の試験、彼女は永住権。彼女と私のどちらの環境の方がいいかなんて決められない。Dとの結婚で幸運にも永住権を手にできそうだけど、自力で取れるはずの18ヶ月のビザを英語の試験にパスできないせいで取れないことは、私にしてみれば恥ずかしい話。“運も実力のうち”というけど、そんな運に頼った生き方で安心できるわけがない。だけど友人と話すうちに、私が「いいな、すごいな」と思っている友人でも永住権取得に関して多大なるストレスを抱え、かつ結婚によりアッサリと永住権申請をした私を(言葉が悪いけど)“まだマシ”だと感じていることに触れ、人によって、また立場によって感じ方が変わることに改めて気づいた。看護師資格が取れない間、私はずっとストレスを感じるだろうし、もしも看護師資格申請のリミット(卒業後2年内)が切れ、あきらめざるを得なくなったところでそれは続くだろう。しかし、見方を変えれば、労なくして永住権を取れるだろう私はとてもラッキー。そのことに気づき、ある意味多少不本意ではあるけど、自分の運の良さに感謝しなくてはと思った次第。
この友人と会うといつも実りのある会話となり、いろんなことに気づかせてもらえる。また先んじて看護師として働いているがゆえに様々なアドバイスもくれるため、今日もいろいろと刺激と励みをもらっての帰路となった。いい一日だった。
そんな私の晴れやかな気分と裏腹に曇天続きのBrisbane。写真は帰り道の、高速道路を走るバス車窓より、街中にある我が母校の姿。

明日は雨らしい。

さて。
出会うたいていの留学生は、オーストラリアで永住権を手に入れようと頑張っている。永住権を取る方法はいくつかあるのだけど、そのひとつが「オーストラリアにおいてもらったら役に立ちますよー」と証明すること。オーストラリアはいくつかの職分野が人手不足で、そのひとつが看護師。そして他に医者、薬剤師、会計士、エンジニアなど。こちらの学校を卒業して資格を取得し(または自国での経験を活かし)、「看護師(もしくは不足している他の職業)としてオーストラリアに貢献しまーす!」と言ったら永住権をもらえる可能性が高くなる。私が看護の勉強を選択したのは、この永住権取得の可能性が高いというのがひとつの大きな理由だったりする。ただ、いくらオーストラリアが多種民族であるとはいえ、元々いたオーストラリア人を凌駕するほどに増えた移民に危機を感じたのかなんなのか、5年前で看護師ならまだ比較的楽に取れた永住権だったけど、今は年齢制限・英語の試験等の条件が足され、年々永住権取得は難しくなってきている。
大学を卒業して一定の条件をクリアしたら、多くのケースで永住権申請の前に18ヶ月間の“卒業後実社会で経験を積みましょう”ビザが発行される。看護師の勉強をした人はもちろん看護師として働かなくてはならない。しかし18ヶ月の間に経験を積んだところで、若い人々はともかく、年を重ねている人は永住権取得にさらなる条件のクリアを要求される。
前置きが長くなったけど。
私の場合、大学を卒業したにも関わらず英語の試験に受かっていないため、現在看護師資格すら保持していない。結果、看護師として働けないので、18ヶ月間のビザも取得不可能。しかし、オーストラリア人と結婚したので上記の条件をクリアせずとも永住権の申請をすることができた(現在査定中)。ひらたく言ってしまえば、もう看護師になる必要もないと言えばない。
しかし。私は看護師の勉強のために2年という時間と、莫大な学費を払った(あえて書かないけど、びっくりするほど高い)。英語の試験に受からなければこれらが全部無駄になるほか、大学では看護師になる勉強しかしておらず“潰し”が利かないため、就職先に良い境遇を望むことは難しい。だから英語の試験にパスできない=看護師として働けないことは、いろんな意味で私にとって実にストレスであり、このせいで心から落ち着くことはない。
友人の場合。彼女は在学中に英語の試験に受かり、卒業と同時に18ヶ月間のビザと看護師としての職を得た。しかし彼女は30代であるため、永住権申請には先にも少し書いた“別の条件”をクリアせねばならず、それが簡単ではないので彼女も心から落ち着くことがないらしい。
私たちが出会うと、十中八九この手の話になる。今日も多分にもれず、同じテーマ。私の焦点は英語の試験、彼女は永住権。彼女と私のどちらの環境の方がいいかなんて決められない。Dとの結婚で幸運にも永住権を手にできそうだけど、自力で取れるはずの18ヶ月のビザを英語の試験にパスできないせいで取れないことは、私にしてみれば恥ずかしい話。“運も実力のうち”というけど、そんな運に頼った生き方で安心できるわけがない。だけど友人と話すうちに、私が「いいな、すごいな」と思っている友人でも永住権取得に関して多大なるストレスを抱え、かつ結婚によりアッサリと永住権申請をした私を(言葉が悪いけど)“まだマシ”だと感じていることに触れ、人によって、また立場によって感じ方が変わることに改めて気づいた。看護師資格が取れない間、私はずっとストレスを感じるだろうし、もしも看護師資格申請のリミット(卒業後2年内)が切れ、あきらめざるを得なくなったところでそれは続くだろう。しかし、見方を変えれば、労なくして永住権を取れるだろう私はとてもラッキー。そのことに気づき、ある意味多少不本意ではあるけど、自分の運の良さに感謝しなくてはと思った次第。
この友人と会うといつも実りのある会話となり、いろんなことに気づかせてもらえる。また先んじて看護師として働いているがゆえに様々なアドバイスもくれるため、今日もいろいろと刺激と励みをもらっての帰路となった。いい一日だった。
そんな私の晴れやかな気分と裏腹に曇天続きのBrisbane。写真は帰り道の、高速道路を走るバス車窓より、街中にある我が母校の姿。

明日は雨らしい。