競争激化 規制を警戒
京都大の山中伸弥教授らが世界に先駆け、人 の皮膚からの作製に成功した万能細胞。傷んだ 臓器や組織を修復する夢の再生医療の実現に 向け「ゴ-ルが見えた」(同教授)と実感させ、研 究競争が激化するのは必至だ。ここまでトップで 走ってきた日本だが、研究規制などの政策次第 では今後劣勢に陥ると警戒する声も出始めてい る。「受精卵なしで可能に」「飛躍的進展」-。成 果が世界でほぼ同時に発表された二十日、米メ ディアは新たな万能細胞の登場を大々的に報じた。
国内外で反響
「人工多能性幹細胞(iPS細胞)」と名付けられたこの細胞。これまで 人体のどんな組織にもなれる「万能細胞」は、育てば赤ちゃんになる 人の受精卵(胚)からつくる胚性幹細胞(ES細胞)の代名詞だった。 このため研究には常に倫理問題がつきまとい、キリスト教保守派が支 持基盤のブッシュ大統領は「反倫理的」とES細胞研究を目の敵にして きた。皮膚細胞からの作製成功の報にホワイトハウスは「大統領は大 変喜んでいる」と歓迎の声明を発表した。カトリックの総本山、バチカン (ロ-マ法王庁)の影響が強いイタリアでは、国営放送が「画期的研究」 として山中教授のインタビュ-を大きく取り上げ、新聞一面には「(胚を) 殺す必要なし」の見出しが躍った。山中教授のもとには国内外から祝 福のメ-ルや電話が殺到。患者から「自分の病気を治せるか」との問 い合わせも多く、教授は「反響の大きさは予想以上」と驚く。
研究界に変化
衝撃は早くも、世界の研究界に<地殻変動>を起こしている。「クロ- ン胚研究はもうやらない」。世界初の体細胞クロ-ン羊ドリ-を誕生さ せた英国のイアン・ウィルムット博士は、山中教授らの研究の進展を 知り、万能細胞づくりの本命とされてきた研究の放棄を発表した。ク ロ-ン胚は皮膚など患者の体細胞を核を抜いた卵子に入れてつくる。 これを基にしたES細胞は、患者に移植しても拒絶反応がなく理想的と されたが、多数の卵子が必要なのが難題だった。山中教授らはそれを、 皮膚細胞にわずか四種類の遺伝子を組み込む方法で解決した。発が んの危険があるウイルスを使うなど安全性には問題が残るが「いずれ は解決できる」との見方が強い。クロ-ン技術に詳しい阿久津英憲・ 国立成育医療センタ-室長は「多くの研究者が取り組みやすく、人類 に役立つ成果が出る可能性も高い。世界に与える影響はクロ-ン技術 を上回る」と言う。山中教授らは昨年、世界で初めてマウスのiPS細胞 づくりに成功。追髄したのが米ハ-バ-ド大とマサチュ-セッツ工科大 だった。「人の細胞で先を越されるとしたら彼らだと思っていた」が、今回、 京大と同着で同じ成果を発表したのは、ウィスコンシン大。米国の研究 層の厚さと底力に、教授は舌を巻く。
どこまで許容
競争が激化する中、日本の研究規制がどうなるかも大きな関心事だ。 iPS細胞は、受精卵や卵子を使う倫理問題は回避できるが、万能性が ES細胞と全く同じなら生殖細胞の精子や卵子もつくれる。男性の皮膚 から精子と卵子の両方をつくることも理論的には可能で、受精させれば、 親は父だけという子どもが生まれる可能性もある。「どこまでなら自由な 研究が許されるか、規制の議論は今から始めるべきだ」と位田隆一京 大教授(生命倫理)は指摘。一方、京大の中辻憲夫(再生医学)は「ES 細胞研究で日本は、激し過ぎる規制のため後れを取った。それを繰り 返せば、せっかくの画期的成果を活用できなくなる」と強く警戒している。