8月1日(日)、9時半から11時過ぎまで釜山駅にいた。駅前の広場には、バスに乗るため、沢山の人がいた。往来する車は、野暮ったい色をした中古車ばかり。すでに高度経済成長を達成した日本に比べると、韓国はまだまだ発展途上で、日本の昭和30年代のようで、日本より10年は遅れていると思った。
列車で慶州に向かった。列車から見えた山々には木が生えていなかった。そのときは、理由が分からなかったが、朝鮮戦争で山が荒廃していたことを後で知った。
慶州駅に着くや否や構内で、白い民族衣装「パジチョゴリ」に黒のシルクハットのような帽子「カッ」をかぶった、慶州市立観光案内所 史蹟案内(日本語担当)金さんから声をかけられた。旅館を紹介してもらい、翌日史蹟を案内してもらうことにした。
旅館は駅前の2階建て建物だった。夕食には、部屋に運ばれたお膳に小鉢が20ほど並んだ。屋上に上がって、涼みながら慶州駅(右奥の建物)と駅前の広場を眺めた。釜山駅同様、慶州駅前も広々としていた。
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