熊本熊的日常

日常生活についての雑記

『アルファを求める男たち』備忘録

2012年06月17日 | Weblog

この一貫性のなさを、セイラーは「ハウス・マネー効果」と呼んでいる。すでにポケットにお金を持っているとギャンブルをしたくなる。ポケットにお金がないと、(39ドルの賞金を獲得できるかもしれないが)賞金21ドルになってしまうかもしれないリスクよりは確実にもらえる30ドルを選びがちだというわけである。(31頁 第I部 行動ファイナンスからの攻撃 第1章 そんな頭脳を誰が設計できるのか?)

すでに時代遅れになっているという証拠が目の前に示されていても、我々は既成概念にしがみつく。一貫性を保つことはあまりにも厳しい条件なので、我々は首尾一貫していない状態にも満足して安住する。何らかの意思決定をしたことを後悔するかもしれないと思うと、そもそも合理的な意思決定をしずらくなる。他人が自分と同じ意見であるときは、彼らが自分よりも知識がなくても、彼らの言うことに耳を傾けたくなるという誤りを犯しがちである。利得を得る機会に出会ったときよりも、損失が起こるかもしれない場面のほうが、我々はより大きなリスクをとりがちである。意識決定の拠りどころとすべき一般例を代表しているとはいえない少数のサンプルから得られた情報でも、ほかに頼るべき事例がないという理由から、それにもとづいて我々は判断することがある。
 ところがこのプロセスをつうじて、我々は自らの信念に過剰な自信を示しがちである。(38頁 第I部 行動ファイナンスからの攻撃 第1章 そんな頭脳を誰が設計できるのか?)

 効率的市場仮説ではすべての入手できる情報は市場価格に反映される。しかし、そのダイナミックな変動と市場の動きの裏側に隠されているものを探求すれば、そこには生物学と進化論が描くのに似た世界がある。つまり、時の変遷とともに次々と変わっていくプレイヤーの間での激しい生存競争だ。「例えば、強気相場をずっと経験してくると、その人の相場観全体や、何を選好するか、リスクに対する嗜好、起こりうる結末についての主観的な確率分布などが変わってしまう。我々はすべて生れおちた環境に支配される動物であり、これらの嗜好や選好が、株式・債券・オプションなど異なる市場の間での相互作用や、中国人・スウェーデン人・アメリカ人など異なる文化の間での相互作用を形作っている」。(108頁 第II部 理論家たち 第5章 アンドリュー・ロー)

パラドックスではあるが、価格がいつでもどこでも正しいとすると、何が起きているのかを知るためにより良い情報を求めようとは誰もしなくなるだろう。情報収集にはコストがかかるからだ。だが人々は情報収集のために多くの時間と労力とお金をかけている。ということは、価格が正しくはなく、すべての入手できる情報をまだ反映してはいないということの表れである。この事実は健全なことでもある。なぜなら、情報を収集しようという努力は価格をそのあるべき均衡水準により近づけるように作用するからだ。(182頁 第II部 理論家たち 第9章 マイロン・ショールズ)

金融市場のこうした特徴を誰よりも明確に捉えているのは、クオンティティブ・ファイナンシャル・ストラテジー社を経営する(ペンシルバニア大学)ウォートン校教授のサンフォード・グロスマンである。すでに1989年、彼は次の用に述べていた。
「人々が取引に参加するのは、自分が隣人よりも多くのことを知っている、つまりより良い情報を持っていると信じているからだとすれば、取引をすることから何も利益を得られない。…取引をするのは、他に何か理由があるはずだ。価格変動の一部はもちろん情報の変化によるものだが、ある一部の投資家でリスク許容度が変化したり、流動性選好が変化したりすると価格変動は起きる。」(184頁 第II部 理論家たち 第9章 マイロン・ショールズ)

アダム・スミスの神の見えざる手はつねに働いているし、ジョセフ・シュムペーターの「不断に続く創造的破壊」の風は吹きつづけ、「利潤は…そもそも一時的なものだ。その後に起こる競争と適応のプロセスのなかで、それは消え去るであろう」とシュムペーターが言う状態に至るのである。(384頁 第IV部 キャピタル・アイデアの将来 第16章 何も静止してはいない)

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こういう本を私が読むのは希有なことだ。2009年以降、毎年12月31日のこのブログは「エンディングロール」と称して、その年に読んだ本や出かけた落語会だの美術展だののリストを掲げている。それを見てもらえば一目瞭然だが、この手の本には興味が湧かないのである。では、何故読んだのかといえば、先日のブルネイ出張の準備に際して参考にしようと思ったのである。一生懸命すっ飛ばしながら活字を追ったのだが、読み終えたのは出張が終わって一週間が過ぎた頃になってしまった。それでも、面白かった。何がどう面白かったのかということについては、また機会があれば改めて書いてみようと思う。

アルファを求める男たち――金融理論を投資戦略に進化させた17人の物語
ピーター・バーンスタイン
東洋経済新報社

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