万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

外国企業の外国人労働者雇用による移民増加-入国管理法改正案の隠れたリスク

2018年11月10日 14時06分30秒 | 日本政治
今般、国会に提出された入国管理法改正案は、成立すれば日本国全体に長期的、かつ、広範に亘る負の影響を及ぼすことが予測されます。同法の施行に伴う重大なリスクに関しては、十分な国民的な議論もないまま、日本国政府は、あくまでも年内成立を目指すようです。あたかも、時間的余裕を与えない奇襲作戦のように…。

 同法改正案の提出に際して、政府は、農業、介護、造船、観光、建設の5分野における深刻な人手不足を強調していましたが、その後、‘希望’が寄せられたとして、受け入れ分野を素形材産業、産業機械製造業、電気・電子情報関連産業といった先端産業分野を含む14にまで拡大させています。中小企業の人手不足も根拠とされていますが、これらの企業は日本企業に限定されるているわけではりません。

 先進国において移民数が増える最大の要因は、企業による外国人雇用です。EUからの離脱を決意したイギリスのケースでは、失業率が比較的高く、深刻な人手不足に苦しんでいたわけでもないにもかかわらず、企業は、労働コストの削減を目的に外国人労働者を積極的に雇用してきました。そして、こうした企業は、英国企業に限られてはいません。産業革命発祥の地でありながら、金融偏重の政策、並びに、グローバル化の煽りを受けて英国製造業は衰退の一途を辿り、同国の産業の主要プレーヤーは今や外国企業なのです。英国に製造拠点を設ける日本企業も少なくなく、その一つ、日産自動車の経営戦略を観察しますと、同法案成立後の日本国の未来の姿も朧気ながら浮かんできます。

 日産は、仏ルノーグループの一員であり、現在、同社のリストラに辣腕を振るったカルロス・ゴーン氏がトップを務める、押しも押されぬグローバル企業です(ゴーン氏自身、レバノン系ブラジル人を父にナイジェリア生まれのレバノン人を母としてブラジルに生まれ、フランスで教育を受けたまさにグローバリスト…)。1986年、同社は、欧州市場全域への輸出拠点としてイングランド北部の港湾都市サンダーランドに製造拠点を設けています。当時、サンダーランドは伝統産業であった造船業と鉱業の衰退に苦しみ、雇用状況も悪化していました。日産による自動車製造工場が建設は、同市が世界各国の企業の製造拠点が集積する産業都市として息を吹き返す契機ともなり、初期の段階では、日英双方のウィン・ウィン関係が成り立っていたのです。しかしながら、グルーバル化のさらなる進展と1993年における欧州市場の誕生もあり、同工場を始め、サンダーランドに進出した各国企業が雇う従業員は、必ずしもイギリス人のみではなくなっていったようです。パキスタンなどEU加盟国以外の外国出身者も多く、外国企業による外国人雇用という構図が見られるようになるのです。今日では、サンダーランドは全国的に見ても移民の比率が高い地域となり、それ故に、2016年6月に実施されたEU離脱を問う国民投票でも賛成率も高かったのです。そして、イギリスのEU離脱が決定されると、ゴーン氏は、同市からの工場撤退を示唆しつつ、イギリス政府に対して賠償を請求する声明を発表します。日産のみならず、既に英国内に製造拠点を構える他の外国企業も、グローバルレベルでの経営戦略の見直しを迫られることとなるのです。

サンダーランドの事例は、外国企業による外国人雇用の形態が、進出先国を振り回すリスクを示しています。仮に、ブレグジットに伴い、イギリス国内で外国企業に雇用されていた外国人が一斉に解雇された場合、一体、どのような事態が起きるのでしょうか。雇用側である外国企業は、別の国に工場を新設、あるいは、移転し、その地で新たに人員を採用すれば経営上の問題は解決します。その一方で、被雇用者となる外国人労働者本人、並びに、その家族が既に永住資格や国籍を取得している場合には国内の失業率は跳ね上がり、政府は大量に発生した移民系国民の失業対策に苦慮することとなりましょう。グローバル企業は、経営環境が変われば、臨機応変にグローバルレベルでのサプライチェーンの組み換え等を実行して対処できますが、雇用される側は、企業と共に移動するわけではありませんので、最悪の場合には、企業が去った後に移民問題だけが残されてしまう可能性もあるのです。実際に、2018年4月には、日産は、サンダーランドの工場において数百人規模の人員削減を発表しています。今般の削減理由はディーゼル車需要の縮小ですが、理由が何であれ、グローバル企業と国家や国民の利害は必ずしも常に一致するわけではないのです(自国企業の場合には、国内経済への配慮から外国人雇用率は比較的低くなるのでは…)。

 もっとも、日産は、これに先立つ2018年3月に、パキスタンでの生産再開を公表しています。もしかしますと、サンダーラド工場で雇用していたパキスタン人をその出身国に帰還させる予定なのかもしれませんが、外国の製造拠点で外国人労働者を呼び寄せて大量に雇用するよりは、現地に工場を建設した方が、移民問題の発生を防ぐ、あるいは、その深刻度を緩和することはできるのかもしれません。

 何れにしても、日本国政府は、移民問題に直面してきた諸外国の事例に学ぶべきです。そして、内外企業を同等の待遇を与える方向に法律が改正される傾向にあるからこそ、外国企業による外国人労働者の雇用の問題にも関心を払うべきなのではないでしょうか。近年、日本国内では、政府の旗振りの下で外国人による起業も増加しており、外国企業による外国人雇用の問題は他人事ではありません。初年度は4万人を見積もっても政府は外国人労働者数に上限を設けない方針ですので、中国系を含む外国企業による外国人雇用を含めれば、膨大な数の外国人労働者が流入してくるかもしれません。そして、何らかの外的要因で経済が変調をきたすようなことがあれば、それによる負の影響は、受け入れ国の政府と国民がすべて引き受けなければならないのです。このように考えますと、入国管理法の改正は、将来において予期せぬ危機を招きかねないのではないかと思うのです。

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コメント (2)
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