万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

日本国政府が‘国営派遣業者’になる?-入国管理法改正案の問題

2018年11月18日 14時33分15秒 | 日本政治
国民が注視する中、事実上の移民受け入れ政策への転換とも評される入国管理法改正法案は、政府側が提示したデータに虚偽があったことから、国会での審議入りが中断しております。この法案、その影響が広範囲に及ぶために様々な問題が山積しているのですが、関連情報から推測される日本国政府の姿はあたかも‘国営派遣業者’であるかのようです。

 ネット上では、同法案の草案が閲覧できないとする不満も上がっており、そもそも、改正案とはされていながら、漠然とした骨格程度しか記されていないのかもしれません。政府の説明もころころと変わり、しかも、外国人実習生の失踪原因に関するデータに虚偽があったくらいですから、政府が外国人労働者受け入れ拡大の根拠として挙げてきた人手不足等の数字も怪しいものです。つまり、‘最初に結果ありき’であり、おそらく、決定されているのは、今後5年間に予定されている受け入れ人数ぐらいなのではないでしょうか。その他の尤もらしい根拠は、国民を納得させるための後付けでしかないのでしょう。

 最大で34万人という数字は、欧米諸国での移民・難民受け入れ数の減少や中国等の余剰人口を考慮しますと、国連等を背景とした‘国際圧力’、あるいは、日本国政府も加担した‘国際密約’である可能性も否定はできません。これに加え、背後には、国際社会に蠢く移民・難民ビジネスの存在も垣間見えるのです。かのチンギス・カーンは、モンゴル帝国をユーラシア大陸一円に築くに際し、征服地の住民の多くを、ユダヤ・イスラム商人を介して奴隷として主に中近東・北アフリカのイスラム諸国に売りさばきました。奴隷とまではいかないまでも、近代にあっても、中国は、自国民を苦力として輸出していましたし、近年のシリア難民の中にも、低賃金労働者として使役されている人々も少なくないのです。古来、‘人の移動’は、ビジネスチャンスでもあった歴史を振り返りますと、国境を越えた‘人の移動’にはどこか胡散臭い怪しさが漂うのです。

 こうした観点から入国管理法改正案を見てみますと、対象とされる14分野における予定受け入れ人数に関して、メディアが、‘配分した’とする表現を用いている点が注目されます。つまり、人材不足に悩む事業者からの‘強い要望’と説明しながらも、政府は、人員を各分野に割り振る役割を果たしているようなのです。おそらく、34万人枠が当初から決められており、各分野への割振りは、日本国政府に委任されているのでしょう。そして、これらの外国人労働者は、特定技能1号の資格では5年を在留年限としておりますので、正規雇用でもありません。近年の傾向として、日本国の企業は正規雇用を増やしておりますので、外国人労働者とは、いわば、日本国が斡旋する派遣社員のようなものなのです。

 安倍政権の指南役としては、しばしば、新自由主義者にして派遣事業大手のパソナグループの取締役会長の竹中平蔵氏の名が挙がっておりますが、入国管理法改正による外国人労働者の受け入れ拡大は、正規社員の増加で市場が縮小した人材派遣業の救済策である可能性も否定はできません(当初、政府は事業者による直接雇用が望ましいと説明していたが、後に、間接雇用、即ち、人材派遣業を介する方法も容認している…)。特定の民間事業者に対する利益誘導の疑いがある一方で、入国管理権を握る政府自身が、外国人労働者の‘手配師’、あるいは、‘人入れ稼業’に従事しているようにも見えてくるのです。もしかしますと、人数枠が存在するとしますと、中国といった他国の政府との間で、既に秘かに‘国民の取引’が行われているのかもしれません。日本国政府は、1号資格者に対しても、特別の事情があれば家族の帯同を許すとしていますが、こうした特例の運用も、やがて管轄官庁(多文化共生庁?)の利権化するかもしれないのです。

 奴隷貿易や人身売買程ではないにせよ、他人を移動(就職)させるだけで利益を得る職業であるため、人材斡旋業は、古来、中間搾取的な側面から倫理的に批判もされてきました。国際社会にあっては、人の移動につきましては、グローバリズムにあっては当然視され、かつ、移民や難民側の権利尊重や人種差別反対の立場からの擁護論が幅を利かせておりますが、その負の側面にも関心を払うべきなのではないでしょうか。

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コメント (3)
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