万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

日ロ平和条約が第二の日ソ中立条約になる?

2018年11月17日 15時43分44秒 | 国際政治
報道によりますと、ロシアとの平和条約締結に向けて意欲を示した安倍晋三首相は、返還される北方領土には、米軍基地を置かない意向をロシア側に伝えたそうです。北方領土問題の解決を困難としてきた最大の要因はロシア側の軍事戦略上の対米懸念であったとする認識に基づく提案であり、この‘棘’を抜くことこそ、同問題解解決への最大障壁を取り除くことに他ならないと考えたのでしょう。しかしながら、相手国がロシアなだけに、仮に、米軍排除条項を含むのであれば、日ロ平和条約は、第二の日ソ中立条約になりかねないリスクがあります。

 日ソ中立条約とは、第二次世界大戦の最中の1941年4月に、ユーラシア枢軸構想、即ち、日独伊ソ四国同盟構想の下で、日本国とソ連邦が相互に中立を約した条約です。1945年8月8日の対日参戦に際してソ連邦が一方的に同条約を破ったため、日本国側は、ソ連邦の対日参戦、並びに、その後の北方領土の占領とソ連邦の国内法による併合は、国際法上の違法行為と見なしています。とりわけ、北方領土問題については、日本国のみならず、アメリカをはじめとした旧連合国諸国でさえ、ソ連邦違法説が共有されているのです。

 仮に、日ソ中立条約が存在していなければ、第二次世界大戦は全く違った展開を遂げていたことでしょう。ソ連邦は日独の挟み撃ちにあい、西方のヨーロッパ戦線に全兵力を投入することはできなかったはずです。ソ連邦が最も恐れていた東西二正面戦争を避けられたのは、偏に日ソ中立条約が締結されており、しかも、日本国が、この条約を誠実に遵守したからに他なりません。一方の日本国も、同条約がなければ、南方に戦線を拡大するよりも満州国の国境地帯に兵力を集中させたかもしれません(石油資源はインドネシアではなく、ドイツとの協力の下でソ連邦のバクー油田に求めたかもしれない…)。そして、千島列島や樺太のみならず、満州国や朝鮮半島でも、ソ連参戦時における民間人虐殺といった惨事を回避することができたことでしょう。同条約の締結は、目立たないように見えて、第二次世界大戦の流れを大きく変えたといっても過言ではないのです。

 そして、日ソ中立条約が歴史の教訓を残しているとしますと、それは、順法精神に欠けた国とは軍事的な約束を結んではならない、という戒めなのではないでしょうか。今般の日ロ平和条約も、米軍基地排除条項は、将来においてロシアが一方的に条約を破棄、あるいは、無視し(日中友好平和条約も既に空文化…)、日本国に対する軍事侵攻を試みた場合、第二次世界大戦末期の二の舞となる可能性を否定はできないように思えます。米軍基地を置かないとしても、自衛隊基地を設ければよいとする意見もありましょうが、ロシアは核保有国であることに加えて、軍事大国ロシアに対峙する北方の守りとしては手薄感があります。特に、将来的に米ロの対立が先鋭化した場合、アメリカにとりまして在日米軍基地は世界戦略上の重要な軍事拠点ですので、米軍基地排除条項は、日米両国に課せられた軍事上の制約条件ともなりましょう。

 もっとも、考えてもみますと、日本国内における在日米軍基地の最北端は青森県の三沢飛行場であり、現状にあっても北海道には米軍基地が設置されていないことから(ソ連邦(ロシア)を刺激しないため?)、米軍基地が北方領土問題の‘棘’であるとするロシアの主張は日本国への領土返還を拒む理由付けに過ぎず、真の目的は、米軍基地の問題を持ち出すことで日米同盟に揺さぶりをかけ、北方領土問題を日米離反に利用することなのかもしれません。あるいは、米中対立の深刻化を受けて、日米がロシアに対して譲歩している可能性もないわけではありませんが、ご都合主義的なソ連邦との同盟がもたらした期待外れの結末は、第二次世界大戦における連合国の歴史もまた証明しております(結局、共産主義国家ソ連邦が周辺諸国を頸木で繋ぎ、冷戦が発生した…)。

 何れにいたしましても、日本国政府は、ロシアによって条約を反故にされた苦い歴史的教訓を忘れてはならないのではないかと思うのです。同じ轍を踏まないよう、ロシアとの交渉に際しては筋を通し、迂闊に譲歩してはならないのではないでしょうか。

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コメント (2)
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