万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

国際社会は中国による‘苛め’からチェコを護るべき

2020年09月02日 12時06分52秒 | 国際政治

 米ソが鋭く対立した冷戦時代の1968年、戦後、東側陣営に組み込まれてしまったチェコでは(当時はチェコ・スロヴァキア)、共産主義体制からの移行、並びに、ソ連邦の頸木から脱するために、プラハの春と呼ばれた改革運動が起きました。しかしながら、自由化を求めた同運動は、ソ連軍が率いるワルシャワ条約機構軍の戦車によって踏みつぶされてしまうという悲劇的な結末を迎えたのです。この歴史的な経験は、チェコの人々の心に刻まれており、今日、中国による暗黙の制止を振り切って、チェコがミロシュ・ビストルチル上院議長率いる代表団を台湾に派遣したのも、今日の中国の姿が冷戦期のソ連邦と重なったからなのでしょう。

 

 共産党一党独裁を敷く中国は、全体主義国家の常として、他者の自由や価値観を決して認めようとも、許そうともしません。ソ連邦にも通じるこの異常なまでの支配欲は、自国民のみならず諸外国にも向けられており、暴力であれ、脅迫であれ、手段を択ばずして自らの意に添わせようとするのです。御多分に漏れず、今般のチェコの訪台団に際しても、中国は、外務省のウェブサイト上で同上院議長に対して「その近視眼的行動と政治的投機に対する大きな代償」を払わせるとコメントしたそうです。この言動、国連憲章にも反する脅迫行為そのものです。

 

 プラハの春に際して西側諸国はチェコを救うことができず、同事件は、自由化を求める社会・共産主義国家の国民を見殺しにしてしまった忌まわしい過去として記憶されています。ワルシャワ条約機構軍によるチェコ侵攻を非難すべく国連安保理では決議案が提出されたものの、ソ連邦の拒否権によって葬り去られ、西側陣営の盟主であったアメリカもまた、ベトナム戦争等を背景としてチェコ支援を躊躇しました(当時、チェコは東側陣営の一国として北ベトナムに兵器を供給していたとも…)。西側の不介入は、今日、ブレジネフ・ドクトリンの下における東側諸国に対する軍事介入の正当化を黙認する結果を招いたとして、批判的に捉えられています。

 

 過去の歴史の教訓に学ぶならば、国際社会は、中国によるチェコに対する報復は何としても阻止しなければならない、ということになりましょう。中国の暴力主義、即ち脅迫と報復を黙認する、悪しき前例となるからです。自由主義諸国が、自由で民主的な体制下にある台湾の独立性を支持することは(歴史的にも、台湾は中国の固有の領土とは言えない…)、中国による武力による台湾併合を未然に防ぐ有効な手段なのです。即ち、台湾に対する積極的なサポートは、同国が自由主義陣営の一員であることを明確にしますので、中国による‘内政干渉’の主張を退ける効果が期待できるのです。かつてのチェコにように、東側陣営に取り込まれた後では遅いのです(この意味では、香港の方が難しい状況にある…)。

 

 幸いにして、アメリカはチェコの訪台団を歓迎しておりますし、独仏共に、中国のチェコに対する脅しに対して反発しています。フランス外務省報道官は、「EU加盟国への脅しは認められない。チェコとの結束を表明する」と述べ、チェコが価値観を共にするEUの一員であることを強調しています。ドイツのマース外相も、中国の王毅国務委員兼外相との会談後に設けられた記者会見の席で中国の脅しを批判し、チェコ支持を明言しています。自由主義国は、西あっては外交的な‘集団的自衛権’を発動することでチェコを護り、東にあって台湾を支援することで、中国の暴力主義に対抗しようとしているのです。

 

 それでは、日本国はどのような反応を示しているのでしょうか。安倍首相の辞任表明により日本国の政界は慌ただしくなりましたが、次期総裁候補の方々には、是非とも、チェコの訪台団に関する見解、並びに、対中政策に関する方針を伺いたいものです。日本国が将来に向けて自由で民主的な体制の国家であり続け、そして、国際社会に法の支配を確立するためにも、日本国もまた、チェコに対する中国による脅迫や報復を許してはならないと思うのです。


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