万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

菅官房長官の習主席国賓訪日発言の危うさ

2020年09月06日 11時20分32秒 | 国際政治

 中国との距離感は、永田町と国民との間では、相当の違いがあるように思えます。この政界、あるいは、財界と国民とを隔てる‘分断’は、今日の国際情勢からしますと、近い将来、深刻な事態を招きかねないリスクがあります。

 

 昨日も、次期首相の座がほぼ確実視されている菅官房長官は、安倍政権下にあって進められていた中国の習近平国家主席の国賓待遇の訪日について、「新型コロナウイルス対策を最優先でやっている。日程調整のプロセスに入ることは慎重にと思っている」と述べたと報じられております。この発言、上記の分断を考慮すれば、全く正反対の二つの解釈が成り立ちます。

 

 第一の解釈は、習主席国賓訪日を含む中国との関係改善に反対する国民世論に配慮し、やんわりと同訪日に対して否定的な見解を示したというものです。つまり、‘菅内閣’が発足しても、親中派のドンである二階幹事長に押し切られることなく中国との間に距離を置く方針を示した、国民向けのメッセージということになります。面と向かって断るのが難しい場合、婉曲に‘お断り’を表現することは、一般の社会でもままあることです。

 

 国民の大多数が第一の意味合い、即ち、ソフトな反中宣言として解釈したとすれば、国内には安堵感が広がったことでしょう。しかしながら、同発言を以って国民の不安が払拭されたとは言い難く、むしろ、疑心暗鬼に陥った国民も少なくないのではないでしょうか。何故ならば、同発言は、‘新型コロナウイルス禍が一服した後に、本格的に日程調整のプロセスに入る’とも解されるからです。この解釈では、菅官房長官は、日本国民ではなく中国政府に配慮したことになり、同国に対して‘習主席の国賓訪日は、もうしばらく待っていただきたい’と伝えていることとなります。言い換えますと、第二の解釈に基づけば、第一の解釈とは逆に、婉曲に親中路線を表明したことになるのです。

 

 それでは、同発言の真意は、どこにあるのでしょうか。菅官房長官は、同発言と同時に、中国を含む近隣諸国との関係については、‘安定的な関係を構築したい’と述べております。この発言を文字通りに解釈すれば、中国と決裂する状態に至るシナリオは、同官房長官の想定外ということになりましょう。菅官房長官は、二階幹事長のみならず、親中派政党である公明党とも懇意にあります。つまり、同氏を取り巻く関係図からしますと、第二の解釈である可能性の方が高いと言わざるを得ないのです。

 

尖閣諸島周辺海域では、連日のように、中国船による領海侵犯が繰り返されております。ITを駆使したハイテク兵器の開発によって中国の軍事的脅威が日本国に迫り、かつ、今日の米中関係からすれば、日本国のトップとしては、最悪の事態を想定していない、あまりにも‘のんびり’とした態度です。そして、米中対立が激化する中、アメリカの同盟国である日本国が、敵国であるはずの中国との関係を安定的に維持している状態とは、一体、どのような状態なのか、という疑問も湧いてくるのです。

 

 11月の大統領選挙に向けて、アメリカでは、共和党のトランプ大統領と民主党のバイデン候補が、有権者を前にして共に対中政策を競っております。否、バイデン候補の中国疑惑は致命傷ともなりかねず、中国問題は、重大な選挙の争点なのです。このため、両候補とも、明確に自らの立場や政策を説明し、自身への支持を訴えているのですが、日本国では、中国に対して厳しい態度を打ち出す候補者、否、政治家は見当たりません。与党のみならず、野党もまた同様の態度です。アメリカの大統領選挙を見慣れている日本国民の目には、自国の政治家は、いかにも不誠実で臆病に映るのです。対中政策さえ、明言できないのですから。

 

 もしかしますと、菅官房長官の発言は、状況がどちらに転んでも自らが安泰であるように、自己保身のために敢えて‘玉虫色の発言’で誤魔化そうとしたのかもしれません。政治的な‘プロ’のテクニックとして、こうした曖昧な対応を評価する声もあるでしょう。しかしながら、第三次世界大戦まで取り沙汰されている今日、戦争前夜ともなりかねない状況下にあっての‘玉虫色の発言’は、国民に対する背信の可能性を含意します。信念のある政治家であれば、自らの価値観や政策を隠すはずもないのですから、日本国民の多くは、暴力を手段とする全体主義国家中国との対峙を堂々と主張する政治家の登場を望んでいるのではないでしょうか。


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする