万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

ワクチン接種記録の国民の合意なき利用の危うさ

2021年12月10日 21時05分38秒 | 国際政治

デジタル化に伴い、早急に対処すべき問題として持ち上がったのが、プラットフォーマーによる個人情報の利用です。IT大手が自らのプラットフォームを用いて収集した膨大なる個人情報を自らのビジネスに留まらず、私的検閲など、広範な目的のために使い始めたからです。同問題を深刻なプライバシーの侵害と見なしたEUなどでは、個人情報を保護すべく法整備を急ぐこととなりました。

 

 そして、同問題に対する有効な対策の一つとして登場してきたのが、ユーザー合意の義務化です。これは、企業によるデータの利用に際しては、個人情報の提供者となるユーザー本人の合意を要するというものです。つまり、IT大手は、ユーザーの同意なくして一方的に個人情報を収集し、第三者への提供を含めてそれを自らの利益や目的のために用いることはできなくなったのです。

 

 こうした個人情報の保護に関する問題意識に照らしますと、日本国政府による国民のワクチン接種記録の扱いは、如何にも危うく感じられます。昨日12月9日、政府は、’本人の同意なし‘に自治体間で住民の接種記録が確認できる仕組みを年内に整える方針を示したと報じられております。同方針において問題となるのは、敢えて‘本人の同意なし’としたところにありましょう。制度導入の目的としては、住民の自治体を越えた転居に対応するために、全ての自治体が利用できる全国レベルでのデータベースを構築することにあるのでしょうが、その先にはワクチン・パスポート(「ワクチン・検査パッケージ」)の照会作業への活用も想定されます。何れにしましても、この措置、あまりにも行き過ぎているように思えます。

 

 第1の疑問は、何故にか、新型コロナウイルスの登場と共に、接種記録のシステム化が提唱されるようになったことです。考えても見ますと、新型コロナウイルスよりも脅威となる感染症は他にも存在し、その蔓延予防のためにワクチン接種が行われています。政府が完全に接種情報を掌握すべき対象として、新型コロナウイルスのワクチンを特別扱いする必要性は、どこにあるのでしょうか。

 

 第2の疑問、現状を見る限り、ワクチン効果が限定的であるにもかかわらず、政府は、接種記録を長期保存しようとしていることです。個人差はあるものの、一定期間が過ぎると、二度のワクチン接種を受けた接種者でも感染しますし(獲得免疫の働きは不明…)、自らの重症化は回避できても、他の人を感染させもします。言い換えますと、感染拡大の予防という目的からすれば、政府が全国民を対象にワクチン接種の記録を長期に亘ってシステマティックに保存しておく合理的理由は見当たらないのです。

 

 第3の疑問は、ワクチン接種の判断は、個人の自由に任されているにもかかわらず、接種記録のデータベース化を急いでいることです。自己の生命、並びに、身体に対する権利が全ての人に等しく保障されるべき天賦の基本的な個人の権利である限り、それは、最も尊重されるべきものです。現行のワクチンには、最悪の場合には死亡リスクがありますので、ワクチン接種に関する権利もまた、個人の基本的権利の一つとして理解されましょう。それ故に、政府は、表向きであれ、ワクチン接種は任意であるとするスタンスを取っているのでしょう。そして、ここに、政府が、国民の合意なくして、個々人の自由の範疇にあり、かつ、基本権の行使でもあるワクチン接種の記録を掌握することは許されるのか、という問題が提起されます。例えば、仮に政府が、国民の参政権の行使状況を全てデータとして収集し、合意なくして同情報を利用し得るとすれば、当然に、国民から反対の声が上がることでしょう。

 

以上の諸点からしますと、今般の措置のように、国民的な議論も、立法措置も採ることもなく、国民の合意なくして国、あるいは、地方自治体がワクチン接種情報を利用できるのか、という問題が提起されます。そして、目下、政府が推進している「ワクチン接種記録システム(VRS)」が、公営のプラットフォームとなり得るという事実に気付かされるのです(中国では既に運営されている…)。議会制民主主義の原点とされるイギリスの『マグナ・カルタ』では、君主に対して同意なき課税を禁じましたが、現代における国民の合意なき個人情報の利用もまた、民主主義の根幹にも関わる重大な問題なのではないかと思うのです。


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