万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

ワクチンパスポートの問題-生存許可証の発行は許されるのか?

2021年12月24日 16時16分32秒 | 国際政治

 日本国内でも、ワクチン証明書アプリのダウンロードの開始など、「ワクチン・検査パッケージ」の運用に向けた動きが始まっており、ワクチンパスポートは海の向こうのお話ではなくなりました。同制度については、未接種のみならず接種者の権利をも侵害するとする反対意見がある一方で、未接種者を除外する行為は差別ではないとする擁護論も聞かれます。

 

 ワクチンパスポートを正当化する意見の一つに、ワクチンパスポートとは、運転免許証と同類の免許証の一つであるとする擁護論があります。免許証を有している人が、他の人たちには禁じられている行為が許されるのは当然のことであり、差別行為には当たらないというものです。ワクチン接種者を対象としたプレゼント・キャンペーンや優遇措置も、免許取得者に対するものであるから問題はないとしているのです。しかしながら、ワクチンパスポートと免許証を同列に扱うことには、相当の無理があるように思えます。

 

免許証とは、何らかの専門的な知識や技能を獲得したことを証明する証書であり、その取得には、本人の積極的な努力や訓練を要します。つまり、一般の人々が有していない特別な知識や技能を身に着け、それが、公的機関による公平な試験の合格という関門を経て証明されているからこそ、プラス方向の特別の行為が許されると言えましょう。運転免許証もまた、運転能力とその能力の公的認定を基盤としています。

 

それでは、ワクチン接種は、こうした免許証と同じなのでしょうか。ワクチン接種については、免許証とは違い、取り立てて接種者本人に特別な知識や技能が要求されるわけではありません。否、接種率80%という数字を信じるならば、ワクチン未接種者の方が稀な存在となりましょう。つまり、免許証とは真逆であり、専門的な知識や技能を努力して獲得する必要も、試験に合格する必要もなく、誰もがワクチンさえ摂取すれば’資格’を得ることができるのです。そして、ワクチンパスポートは、ワクチン免許を持たないワクチン未接種者の人々の行動や生活のレベルが落とされるという意味においても、免許証と真逆であると言えましょう。未接種者は、政府によって基本権の擁護対象から外され、マイナス方向に自由や権利が制限される、即ち、完全なる人権を有しない’劣位の市民’にされるのですから。

 

そして、この基本的な自由や権利の制限とは、実のところ、通常、犯罪者に対して課される刑罰を意味します。言い換えますと、少なくとも自由主義国では、他者の自由や権利を侵害した者のみに対してしか、人権の制約を合法的に課すことはできなかったのです。それでは、ワクチンの未接種、あるいは、非接種は、社会的に罰するべき犯罪行為なのでしょうか。ワクチンを接種しない人々が、他の人々に対して殺傷や窃盗といった刑法上の犯罪行為を働いたわけではないのは明白です。もっとも、この点については、ワクチンパスポートやワクチン義務化に賛意を示している人々は、ワクチン未接種者は集団免疫の成立を妨げ、人々を感染リスクに晒していると主張しています。しかしながら、ワクチンに関するデータは、ワクチンを接種しても感染力を有することを示しており、変異株も登場しますので、新型コロナウイルスの場合には集団免疫は成立しません。また、他者に対する感染を根拠とした人権制約につきましても、接種者は、自身の重症化リスクは低下しているはずなのですから、ワクチン未接種者の有無に拘わらず、その恩恵を受けています。ワクチン未接種者が、ワクチン接種者の生命や身体を害しているわけではないのです。しかも、実際には、ワクチン接種者がワクチン未接種者に感染させるケースの方が多くなるのですから、他者に対する感染リスク=犯罪という構図に当て嵌めるならば、ワクチン接種者もまた人権制約という罰を与えられるべき存在となりましょう。

 

公衆衛生の観点から見ましても、ワクチン未接種者は、感染者ではありませんので、かつての結核やハンセン病のように隔離されるべき人々でもありません。今日では、人権尊重の観点から、HIVの保菌者でさえ、人権は厚く擁護され、健康な人々と共に生活を送っています。ましてや、保菌者でもない未接種者が、基本的な自由や権利に制限を受ける正当な理由があるとは思えないのです。

 

このように考えますと、免許制度とワクチンパスポートは似て非なるものであり、前者を以って後者を正当化はできないのではないでしょうか。無理にでも同一視するとなりますと、政府には、国民に対して’生存の許可’、即ち、ワクチン接種の有無に基づいて’生存免許’を与える権限があるということになるのですが、何れの国の憲法にあっても、国民に対する生殺与奪の権とも言うべき同権限を政府に与えてはいないはずです。政府の重要な役割の一つは、全ての国民の基本的な自由や権利を護ることにありますのですから。ワクチンパスポートの問題は、図らずも日本国を含む自由主義国における政府による権力濫用、あるいは、統治責任の放棄の危機を国民に知らせているように思えるのです。


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