迫りくるロシアの脅威を前にして、NATO加盟の行方が関心を集めてきたスウェーデンとフィンランドの北欧二国。報道によりますと、NATO加盟に先立って、イギリスが両国に対して安全保障を提供することを約したそうです。
中立路線を転換しての北欧二国のNATO加盟申請の背景には、’核の傘’の必要性に関する現実的な認識があったことは疑い得ません。イギリスと北欧二国との間の合意内容は、どちらか一方が他国から攻撃を受けた場合、攻撃を受けた国の要請に応じてもう一方の国が軍事的支援を行うというものです。相互支援を約した双務性のある合意なのですが、同合意を報じる記事の見出し「英が北欧2か国に安全保障提供へ」とあるように、暗黙裏にはイギリスが安全を提供する側と見なされています。イギリスはNPT体制にあって合法的な核保有国ですので、イギリスによる軍事的支援は、北欧二国に対する’核の傘’の提供を意味すると解されるのです。
以前にも触れたように、イギリスの核戦略は、SLBMを搭載した複数の潜水艦の運用を中心とした、反撃可能性を備えた核抑止戦略ですので、北海やバルト海に面したスウェーデンやフィンランドをも自国の核の傘に納めることができます。否、イギリスは、同合意に基づいてフィンランド周辺海域においても自国の海洋核抑止戦略を展開することができるようになると想定されます。このため、イギリスの核シェアリング政策の拡大とする見方もあり得ましょう。
何れにしても、仮に、イギリス、並びに、北欧二か国の狙い通りに’核の傘’が対ロ牽制に絶大の効果を発揮するならば、たとえ早期のNATO加盟が実現しなくとも(必ずしも全NATO加盟国が両国の加盟を円滑、かつ、迅速に認めるとは限らない…)、凡そヨーロッパ全域の安全が、イギリスの核によって保障されることとなりましょう。このことは、中小国による小規模の核保有であっても、大国の軍事行動を抑えられる効果を有する可能性を示唆しています。
もっとも、日本国における核シェアリングの議論においても問題視されているように、北欧二国が実際に核攻撃を受けた場合、イギリスが反撃するかどうかは定かではありません。しかも、ロシアが戦術核を用いた場合には、さらにイギリスによる報復の可能性は低下することも予測されます。第二次世界大戦にあっては、9月17日の独ソによるポーランド侵攻に先立つ8月25日に、イギリスは、ポーランドの安全を保障するために相互援助条約を締結しています。その後の展開は、軍事同盟の締結が抑止力の役割を果たさなかった歴史的な事例ともなるのですが、今般のイギリスによる北欧二か国に対する安全の保障は、大戦末期に出現した大量破壊兵器、即ち、核という未曽有の破壊力を有する兵器の抑止力の威力を問う試金石ともなりましょう。
そして、仮に、イギリスが海洋に広げた核抑止力体制が機能しないとすれば、第二次世界大戦の二の舞となるリスクを考慮せざるを得なくなります。イギリス以外のNATO加盟国もまた、北欧二国との軍事同盟に起因するロシアによる対英攻撃によって集団的自衛権が発動され、対ロ戦争に巻き込まれる可能性が高まるからです。
以上に述べてきましたように、イギリスによるスウェーデン、並びに、フィンランドに対する安全保障の提供は、対ロ牽制という文脈においてプラスに働く可能性がある一方で、マイナス方向に作用するリスクも認められます。このことは、NPT体制が、思いもよらず、世界大戦化のリスクを招いているという’不都合な事実’を示しているのですが、マイナス方向、即ち、人類滅亡をもたらしかねない第三次世界大戦への拡大は何としても阻止しなければなりませんので、軍事同盟における集団的自衛権の発動に関しては、その連鎖性を制御する工夫が必要なように思えるのです(NPT体制を見直せば、イギリスの核抑止戦略は、他の諸国でも単独で実施できるはず…)。