万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

ウクライナ危機とキューバ危機との逆構図が意味するものとは?

2022年05月13日 18時30分42秒 | 国際政治
 今般のウクライナ危機は、国連安保理常任理事国であり、かつ、かつての超大国の一国が当事国となった点において、ポスト冷戦期の地域的な紛争とは違いがあります。人類を第三次世界大戦、並びに、それに付随する核戦争の淵に立たせている意味において。そして、過去において同じような人類滅亡に繋がるような危機があったといたしますと、それはキューバ危機であるかもしれません。今般の対立の構図は、どこか1962年のキューバ危機を彷彿させるのです。もっとも、ウクライナ危機発生の経緯をめぐっては米ロの立場は逆となっているようです。

 キューバ危機は、米ソ両国によるチキンゲームによって核戦争の瀬戸際まで駒を進めてしまった事件です。1959年にカストロ指導の下でキューバ革命を成し遂げたキューバは、その社会主義路線からソ連邦への接近をはかり、経済的支援のみならず、軍事的な支援を受けるようになります。一方、キューバ革命を脅威と見たアメリカは軍事侵攻を計画し、1961年には、カストロ政権転覆を狙ったピッグス湾事件を起こしています。同作戦は失敗に終わりますが、その後も、マングース作戦を計画するなど同政権の打倒を目指すのです。こうしたアメリカの方針に反発したソ連邦は、キューバに核兵器を配備することで、アメリカによる軍事侵攻を阻止しようと考えます。そして、1962年11月には、ソ連とキューバとの間で「キューバ駐留ソビエト軍に関する協定」を締結され、キューバにおいて核ミサイル基地が建設されることとなるのです。同協定は、軍事バランス上の劣勢を挽回したいソ連邦の対米戦略に、キューバが組み込まれることをも意味しました。

 キューバ危機におけるこの一連の流れをウクライナ危機に当てはめますと、状況は異なるものの、幾つかの共通点を見出すことができます。ロシアが深く懸念したのは、ウクライナの新欧米政権の成立であり(オレンジ革命…)、この点は、キューバにおける社会主義革命と共通しています。また、陸続きの隣国であるロシアからの軍事的脅威に晒されていたウクライナは、アメリカ並びに西側諸国に対して積極的にアプローチしています。この点も、アメリカに対する反発からソ連邦に接近したキューバの行動を思い起こさせます。そして、ソ連邦における核ミサイル基地の建設は、ウクライナのNATO加盟方針とも重なります。NATOにあっては核シェアリングが行われていますので、ウクライナへの核配備はあり得るシナリオなのです。さらにもう一つ、共通点があるとすれば、両者とも、相手国と関連のある人々を利用している点です。キューバ危機では、CIAによって軍事訓練を受けた亡命キューバ人が組織化され、作戦の実行部隊となりましたし、ウクライナ危機では、ウクライナ国内の新ロ派武装勢力が戦闘部隊となりました。

 しかしながら、ここまでの経緯においては両危機には共通性が多々見受けられるものの、その後の展開に違いがあることは重要です。キューバ危機では、ソ連邦側が先に折れ、ミサイル基地を自発的に撤去したことで、ケネディ政権はキューバに対する本格的な軍事侵攻は思い止まりました。一方、今般のウクライナ危機では、ロシアは、ウクライナとの国境線を越えてロシア軍を進軍させています。そして、キューバ危機から60年を経た今日では、国際社会において国際法の重要性が増したことにより、ロシアによる’軍事作戦’は、国際法違反行為としてその罪が厳しく問われることになったのです。

 国際社会に対する認識が冷戦期のものと変わりがないロシア側からしますと、アメリカ、並びに、自由主義諸国から自国のみが厳しく非難されているのか、理解に苦しむということになりましょう。今般の行動はキューバ危機におけるアメリカのそれと凡そ同じにも拘わらず、何故、アメリカは、自国の過去の行動を棚に上げして自国を糾弾するのか、と…。キューバ危機では、アメリカの行動を国際法違反として糾弾する声は殆ど皆無でした。

両者の時代感覚の違いは、ここに来て、重大な問題を人類に突き付けているように思えます。何故ならば、国際法秩序の維持を護ろうとすれば、第三次世界大戦に発展しかねないというジレンマが、より現実的な問題として浮上してくるからです。つまり、キューバ危機の時代には、米ソ両大国の駆け引きの結果として第三次世界大戦を回避し得ましたが、現在にあっては、’国際法に照らしてロシアの軍事行動は絶対に許されない’とする主張が理性的な根拠を有するからです(もっとも、ロシアの行動が違法行為となるか否かの認定については、中立・公正な機関による検証を要しますが…)。

第三次世界大戦を回避するためには、キューバ危機の時代にまで時計の針を巻き戻してロシアの違法性を問わず、交渉による妥結を許容すべきなのか、それとも、国際法秩序を維持するために、第三次世界大戦を覚悟してまでロシアを罰するべきなのでしょうか。’敗戦’により国際法廷に立たされ、プーチン大統領も犯罪人として裁かれ、第一次世界大戦時におけるドイツに対する天文学的な賠償金に匹敵するほどの賠償金支払いを命じられることを予測したロシアは、追いつめられた末に核兵器等を使用するかもしれません。この問題、なかなか回答を得るのが難しいように思えます。皆さま方は、どのようにお考えでしょうか。

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