報道によりますと、ロシアは、今月の5月9日にも宣戦布告を行うのではないかとするお憶測が飛び交っております。また、仮に核保有国であるロシアが戦術核であれ、戦略核であれ、核兵器や生物化学兵器を使用した場合には、アメリカも同紛争に介入するとする予測もあります。ウクライナ危機が、本格的な戦争へと向かう予兆が見られるのですが、日本国は、戦争化の局面に対してどのように対応すべきなのでしょうか。
欧州諸国を歴訪している岸田文雄首相の言動からしますと、同首相は、軍事行動への自衛隊の参加を検討しているようにも見えます。ジョンソン英首相との会談では、イギリス海軍と海上自衛隊との連携強化にも合意した模様であり、現行の日米同盟に加え、空母クイーン・エリザベスの寄港を機に囁かれている日英同盟復活の路線も見え隠れしています。おそらく、ロシア、並びに、中国に対抗するための陣営造りが水面下では進行しているのでしょう。
このように考えますと、ロシアの国際法違反に対する法的解決手段のない現状では、第一次、並びに、第二次世界大戦と同様の構図による戦争に至るのは目に見えています。軍事同盟の連鎖的発動による、悪の全体主義国家対正義の自由主義国家という構図の再来です。双方の陣営のメンバーはシャフリングされてはいても、陣営対陣営という世界大戦の構図にはかわりはないのです。
善悪二元的世界大戦の構図の下で戦争が遂行されるとすれば、各国とも総力戦となり、厳しい統制が敷かれた戦時体制に移行する可能性は高くなります。憲法改正による緊急事態条項の導入も、近い将来における有事を想定してのことなのでしょうが、三度目の世界大戦を起こすとしますと、人類は、全く歴史の教訓に学んでおらず、かつ、精神的な成長も遂げていないこととなりましょう。果たして、このまま、戦争へと流されても構わないのでしょうか。
少なくとも、日本国がウクライナ危機を機にロシア、あるいは、ロシアを中心とした陣営との戦いに臨まざるを得なくなるのは、あまりにも理不尽です。ウクライナ以外の諸国の国民も、同様の理不尽さに直面することでしょう。そこで、政府も国民も知恵を絞るべきということになるのですが、参戦を回避する一つの案としては、中立を選択するというものがあります。
今般、日本国政府がウクライナを支援し、ロシアに対して制裁を科している理由は、国際法秩序を護るためと説明されています。ロシアのウクライナ侵攻を国際法違反と認定した上での対応であり、法的には、日米同盟に基づくものではありません。そもそも日米安保条約は、アメリカのみに日本国の共同防衛を定めた片務条約ですので、ウクライナ危機は同条約の発動条件からは外れています。このことは、仮に、アメリカがウクライナ危機に軍事介入する事態に至ったとしても、日本国には同盟国として参戦する義務はないことを意味します。言い換えますと、日本国はアメリカの同盟国ではありますが、中立という選択肢があるのです。
一方、ロシアが、自軍のウクライナにおける軍事行動を国際法違反とは見なすはずもありません。懸念されているプーチン大統領による宣戦布告は、同大統領が、ウクライナにおける紛争を古典的な戦争と見なしている証左でもあります。このロシアの認識を逆手に取れば、ロシアが、仮にウクライナ、あるいは、アメリカに対して宣戦布告を行ったとしても、日本国政府は、’ロシアに対して’中立を宣言できることを意味します。
一方、ロシアが核兵器や生物化学兵器等といった非人道的な大量破壊兵器を使用した場合にも、アメリカの参戦は予測されます。このケースによる戦争化に対しては、日本国政府は、アメリカ、イギリス、フランス、中国といった核保有国の責任において対応するよう求めるべきと言えましょう。核保有国に対して非核保有国が戦争に臨むことは、自殺行為に等しいからです。ロシアによる核使用に憤慨し、日本国もアメリカとともにロシア攻撃を開始した場合、ロシアは、躊躇なく、日本国に対しても核攻撃を加えることでしょう。核保有が国際法上の特権である以上、核保有に合法性を有する核保有国による核の先制行使については、当事国を核保有国に限定すべきなのです。このケースでも、日本国は、中立の立場となります。
もっとも、以上に述べた中立案は、アメリカの落胆、並びに、対日不信感を招くかもしれませんし、ロシアが、ウクライナ支援を理由に一方的に日本国に宣戦布告を行い、先制攻撃を仕掛けた場合には崩壊してしまいます。そこで、前者に対しては、先ずもって、日本国政府の立場をアメリカ側に説明し、理解を求める必要がありましょう。その際には、アメリカと準同盟関係にありながら、中立を保持しているイスラエルが参考となるかもしれません(例えば、ロシアが日本に対して核攻撃を行った場合、その報復として米国が直ちにロシアに核攻撃を行うといった確約が無い場合には、中立を選ぶことを米国に提案するなど…)。また、日本国がウクライナに自衛隊を派遣するにしても、その活動を、兵力引き離し、民間人保護、停戦の実現といった中立的な立場における国際法の執行活動に限定するという方法もあります。アメリカも、ロシアを国際犯罪国家と認定していますので、日本国政府の条件付けが理にかなっている以上、無碍には反対できないはずです。
そして、日本国による対ロ中立政策、並びに、中立的な国際法執行活動は、ロシアの対日攻撃を抑止する働きも期待されましょう。ロシアによる対日宣戦布告や先制攻撃は、ロシア側の意思決定によりますので100%防ぐことはできませんが、日本国による多重的中立性のアピールは、ロシアの政策決定に際して考慮すべき要因とはなりましょう。
ウクライナ危機は、人類に国際法秩序の維持と第三次世界大戦の回避との間のジレンマをもたらしていますが、同ジレンマを解くことこそ、日本国政府の使命なのではなのかもしれません。上手に解くことができれば、日本国民のみならず、全人類をも救うこととなるのですから。そして、この国家の命運をも決する重大な問題は、国民的な議論に付すべきであると思うのです。