万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

ウクライナ危機の司法解決は時期尚早?

2022年05月20日 10時50分10秒 | 国際政治
本ブログでは、5月3日付の記事において新たな安全保障体制の構築の必要性について述べながら、その続きは後日とさせていただいておりました。この間、ウクライナ危機をめぐる各国の動きについて記事を認めてきたのですが、本日からは、新たな安全保障体制にテーマを戻しつつ、ウクライナ危機の解決方法についても考えてみたいと思います。

新たな安全保障体制とは、現実、即ち、世界の多様性に柔軟に対応し得る体制として理解し得るものです。これまでの記事で述べてきましたように、今日の世界には、侵略行為を容認するようなロシアや中国のように帝国意識を引きづっている国もありますし、核時代の軍事同盟関係は、兵器がハイテク化しているとはいえ中世の封建時代と類似しています。核保有国である軍事大国を盟主とする一種の’封建関係’が成立しているのです。

その一方で、近代以降の国際社会には、国家間の諸問題を、交渉を通して解決し得る外交システムが整備されています。外交システムは、相手国政府に対して交渉相手としての独立的な立場を認めている点において、主権平等の原則を基礎としています。加えて、近代における国際法の発展もまた、司法解決の道を開くこととなりました。中立・公平な警察力としての法の執行機関や判決内容を確実に実現するための強制執行力を働かせる仕組みは備えてはいないものの、今日では、法的に解決し得る範囲は格段に拡大しているのです。

今日の国際社会のこのような現状を見ますと、過去、現在、未来が混在しているかのようです。国際社会の多様性には時代感覚の違いも含まれており、この多様性は、力、合意、法の何れに重きを置くのか、という問題の解決手段の違いにも表れているのです(価値観の違いでもある…)。現代という時代を時代感覚の重層性を以って捉えるとすれば、新たな安全保障体制とは、多様性の現実を直視し、力、合意、法という三つの解決方法を上手に組み合わせる必要がありましょう。

 それでは、何故、組み合わせが必要であるのかと申しますと、いずれか一つに絞って制度設計をしますと、他のケースには対応できない、あるいは、現実との間に齟齬が生じて深刻な弊害、二次的被害、モラルハザードなどが発生してしかねないからです。例えば、力を信奉する帝国主義を行動原理としている国のみに合わせて対応しますと、時代は一気に数世紀前まで巻き戻しとなり、人類の知性を以って築き上げてきた外交システムや国際法秩序は捨て去られてしまうことになりましょう。これを得るために払われた先人達の努力や犠牲は無駄になってしまうのです。

 また、NPT体制がもたらしている封建体制を以って安全保障体制を固定化してしまいますと、主権平等の原則は崩れ、対等であるべき国家間の間に上下関係が形成されてしまいます。中小国の大半は、自国の安全確保と引き換えに、属国の立場に甘んぜざるを得ず、有事における軍事的な奉仕、即ち、自国軍隊の盟主国軍への戦略的統合のみならず、平時にあっても通商関係や国内の経済・産業政策にもあっても、盟主国の要求を受け入れざるを得ない立場に置かれるかもしれません。これらの諸国は、自立的な政策決定権限を失いますので、主権平等の原則や主権国家の独立性は名ばかりとなるのです。

さらに、国際司法制度が形成途上でありながら時代を先取りし、完成されたものと想定して対処しますと、思わぬ落とし穴が待っていることもあります。例えば、今般のウクライナ危機に際しては国連が機能しないため、’国際法違反の行為を断罪し、全世界の諸国が国際法の執行者となるべき’とする主張はまさしく正論なのですが、現状のレベルにあってこれを実行に移しますと、不十分な司法の独立性による冤罪のリスクのみならず、軍事同盟の連鎖を引き起こし、第三次世界大戦への引き金を引くことにもなりかねません。現状のままでの司法的対応は、時期尚早であるのかもしれないのです。

 このように、諸国間における時代感覚の多様性・多重性を考慮しませんと、国際社会の平和も安定も、むしろ遠のくこととなりましょう。そこで、国際社会にあって新たな安全保障体制を考えるに際しても、望ましい未来へと歩みつつも、過去や現代の時代感覚から生じる諸問題にも的確に対応し得る柔軟性を備えた体制を構築する必要がある、ということとなるのです。それは、固定された静止状態の体制ではなく、過去や現在の欠点や問題を是正しつつ、より善き方向へと歩を進めるという意味において動態性を備えた体制と言えるかもしれません。そしてこの組み合わせ、あるいは、仕切り直しの問題は、人類が目指すべき国際社会の未来とはどのようなものなのか、という根本的な問いかけをも含んでいるのです(つづく)。

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