イスラエルによるパレスチナガザ地区に対する容赦ない空爆は、その根拠が10月7日に起きたハマスによる奇襲攻撃に対する‘正当防衛’であれ、‘テロとの戦い’であれ、国際法上の重大犯罪であるジェノサイドの域に達しているように思えます。ハマスによる先制攻撃は、イスラエルによる違法行為を正当化しませんので、国際社会は、何としてしても激化の一途を辿っているイスラエルによる違法行為を止めさせる必要がありましょう。戦争の連鎖的な拡大を防ぐためにも。
そして、今般のイスラエル・ハマス戦争で改めて驚かされたのは、イスラエルのパレスチナ人に対する余りにも無慈悲かつ冷酷な態度です。そもそものパレスチナ紛争の始まりは、ユダヤ人がパレスチナ人から何らかの損害を受けたり、あるいは、ユダヤ人に属するものを奪われたからではありません。もちろん、ナチスの‘ホロコースト’に加担したわけでもありません。事実は全くの逆であり、それがイギリスによる悪名高き‘二枚(三枚)舌外交’、あるいは、シオニスト達の運動の結果であれ、損害を受けたのは明らかにパレスチナ人の側です。同経緯を思い起こせば、最低限、イスラエルは建国に先だって1947年11月29日に国連総会で成立した国連分割決議が引いた国境線を遵守すべきでしたし(同国境線は国際社会におけるイスラエルの国家承認の条件であったはず・・・)、パレスチナ人に償いこそすれ、迫害するなどはもっての他であると言えましょう。
イスラエルは、ガザ地区を実効支配するハマス排除を目標に掲げていますが、ガザ地区の全住民がハマスを支持しているわけでもありません。ハマス支持者は全人口の3割ほどとの指摘もあります(加えて、ハマスには、‘鉄砲玉’の役割を担う偽旗組織の疑いがある・・・)。ハマスは武装組織ですので、同地区では、有無を言わせない‘力による支配’が成立しているのでしょう。仮に全住民がハマスと‘一心同体’であるならば、イスラエルによる南部地域への退避勧告に従うことなく、北部地域に留まってハマスと共に一致団結してイスラエルと闘うはずです。
目下、イスラエルは、ハマスとガザ住民を一方的に同一のものと見なし、見境なく攻撃を加えているのが現状なのですが、クリントン元国務長官が述べたように‘ハマスの指導者を抹殺’しようとすれば、指導者のみならず全パレスチナ人虐殺ともなりかねません。一般住民として暮らすハマスメンバーもおりますし、テロリストと民間人を外観で見分けることは殆ど不可能なのですから。
‘天井のない監獄’、あるいは、‘青空監獄’とも称されてきたように、イスラエル・ハマス戦争が始まる以前から、イスラエルは、65キロメートルにも及ぶ壁を建設するなどパレスチナガザ地区を封鎖し、その住民の人々に過酷な生活を強いてきました。今般の戦争は、皮肉にも、これまでのイスラエルの非人道的な行為にもスポットライトが当てられることとなり、ユダヤ人に対する甚だしいイメージダウンを齎したことは否めません。そしてこのイメージダウンは、グローバリストと呼ばれるユダヤ系を中心とした特定の金融・経済勢力にも及ぶこととなりましょう。
何故ならば、イスラエルの行動がユダヤ人指導者や有力者の一般的な傾向を表しているとすれば、グローバリストも、これまで振りまいてきたイメージとは逆である可能性が極めて高いからです。世界経済フォーラムに象徴されるグローバリスト、即ち、世界権力は、国境のない世界を理想とし、多様性の尊重、異質なものに対する寛容、人種、民族、宗教に基づく差別の撲滅などを目指してきました。しかしながら、イスラエルは、ガザ地区との境に国境よりも遥かに高く堅固な壁を築き、パレスチナ人を隔離状態にしています。また、外部との交通路を遮断することで、水や食料、医薬品といった住民の生命に関わる物資についても供給を妨害し、パレスチナ人を劣悪な生活環境に置いてきました。多様性を尊重するどころか、パレスチナ人をターゲットとして露骨なまでに差別し、迫害しているのです。
しかも、イスラエルが徹底してガザ地区の住民を追い詰めている理由は、上述したようにパレスチナ人に加害行為があったのではなく、単にユダヤ人にとって‘邪魔’であるからです。自らが欲する土地に住んでいたという理由だけで迫害を受け、虐殺されるのですから、イスラエルの仕打ちはパレスチナ人にとりましては理不尽この上ありません。この側面は、自らが一方的に定めた未来ヴィジョンとは異なる意見や批判は徹底的に‘封殺’しようとするグローバリストとも共通しています。自らの計画にとりまして障害となる存在に対しては、徹底した排除の姿勢で臨むのであり、目的達成のためには手段を選ばないのです。
今般のイスラエル・ハマス戦争は、それがユダヤ人国家であるイスラエルを当事国とする戦争であっただけに、ユダヤ系グローバリストの本質をも暴いているように思えます。かのサイモン・ウィーゼンタール・センターも、1993年に寛容博物館(Museum of Tolerance)という名称のホロコーストを軸に人種差別や偏見がもたらす非人道性について学ぶ施設を開設しています。同博物館についても、パレスチナ紛争をめぐって偏向があるとする批判が寄せられているそうですが、非ユダヤ人、あるいは、世界権力が決めた未来を望まない人々に対する非寛容性は、ダブルスタンダードであり、人類にとりまして命に関わる重大な危機なのではないかと思うのです。