先日の5月20日、国際社会からの批判に耳を貸そうともせず、イスラエルがガザ地区第二の都市ラファ攻囲を進める中、国際刑事裁判所(ICC)のカリム・カーン主任検察官は、イスラエル並びにハマスの両指導者に対する逮捕状を請求したことを明らかにしました。同主任検察官は、ロシア・ウクライナ戦争に際しては露骨なほどに後者寄りの姿勢を見せていましたので、このときは、ICCの中立性に疑問が持たれたのですが、イスラエル・ハマス戦争については、紛争の両当事者を公平に扱っているようです。10月7日以降の行為に限定されているとはいえ、両サイドともに等しく、戦争犯罪並びに人道上の罪が問われたからです。
もっとも、イスラエルとハマスとの関係は必ずしも敵対関係にあるとは言えない側面があります。そもそも、ヨルダン川西岸地区とガザ地区との分断を目的として、イスラエルがハマスを背後から支援し、ガザ地区を実効支配するまでに育て上げたとされます。このため、戦争の発端となったイスラエルの音楽祭に対する残虐極まるテロ行為も、大イスラエル主義に基づくガザ地区併合を狙ったイスラエルとハマスとの合作、あるいは、正当防衛の根拠を得るためのイスラエル側の意図的な黙認の可能性も指摘されています。イスラエルとハマスが共にユダヤ系世界権力が自らの世界戦略を実行させるための‘駒’であるならば、ICCが訴追しようとしているのは、背後に控えている‘真犯人’、即ち、両者を操ってきた世界権力であるのかもしれません。
同逮捕状の請求が意味するところについてはより深い考察を要するものの、敵味方の関係なく(戦争の勝敗に関係なく)、戦争当事者の犯した罪を等しく裁くことは、司法の原則に叶っています。否、司法の使命そのものでもあります。戦争犯罪も人道上の罪も、その行為自体が罪なのであり、この点、ICCのカーン主席検察官の行動は、国際社会における法の支配の確立に向けて一歩、歩を進めたことにもなりましょう。実際に逮捕状が発行されるか否かは、今後の予審裁判部の判断に委ねられるのですが、それでも逮捕状の請求は、国際司法制度の発展において意義があるのです。
ところが、ICCに対する反応として失望させられたのは、アメリカの態度です。逮捕状が請求されたイスラエルとハマス双方の責任者達、すなわち、イスラエル側はネタニヤフ首相とガラント国防相、ハマス幹部側はシンワル氏、デイフ氏、ハニヤ氏が、容疑者とされたのですからICCを非難するのは理解に難くありません。その一方で、両者に増して激しく反発したのが、これまで法の支配の確立を訴えてきたアメリカなのです。連邦議会では既にICCに対する制裁案が提出されており、アントニー・ブリンケン国務長官も、連邦議会議員との協力の下でICCへの制裁を検討すると述べています。バイデン大統領も、言語道断とばかりに怒りを露わにし、イスラエル支持の立場を貫こうとしているのです。
こうしたアメリカの激しい拒絶反応の背景には、同国がイスラエルに次いで世界大二位のユダヤ人人口を抱える国であると共に、そのマネー・パワーによって、同勢力が実質的に米国の‘支配権’を握っているという由々しき現状があります。アメリカは、国際社会にあって決して中立・公平な立場にある国ではなく、少なくとも連邦政府レベルでは、凡そイスラエルと一心同体なのです。
しかしながら、仮にアメリカの実態が‘拡大イスラエル’であったとしても、また、アメリカが国連の常任理事国にして世界屈指の大国であったとしても、それがICCの活動に対して同国が介入する正当な根拠とならないことは、言うまでもありません。否、国内の司法制度がそうあるように、司法の独立性こそ護られなければならず、公的であれ私的であれ、あらゆる介入は許されないのです。ましてや、アメリカは、ICCの締約国でもありません。
仮に、アメリカがICCによるイスラエルの指導者を無罪であると主張するならば、それは、横やりを入れるのではなく、正当なる司法手続きに従い、法廷において争うべきです。アメリカは、ハマスの幹部の居場所に関する秘密情報を握っていたと報じられるぐらいですから(同情報の提供をラファ侵攻中止の取引条件としたとも・・・)、当事国であるイスラエル以上にガザ地区の状況に関する情報を入手しているはずです。ICCの締約国ではないものの、同事件の関係国として、イスラエルの指導者達の無罪を立証するための証拠を提出したり、法廷にて証言することはできるはずです。
適切かつ合法的な手段がありながら、それを採らないとしますと、ネタニヤフ首相並びにガラント国防相の有罪を確信しているからこそ、裁判を妨害していると見なされてしまいます。このため、ICCに対する締め付けを強めれば強めるほど、アメリカの国際社会における信頼性が低下することだけは疑いようもありません。“有罪者”の擁護者に成り下がってしまうのですから。如何なる事情があろうとも、何れの国であれ、国際社会にあって犯罪行為を許してはならないのです。世界に先駆けて三権分立を確立した国家でもあるアメリカは、自らの理性や倫理性が問われていることに気がついているのでしょうか。