万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

原爆投下の違法阻却事由の問題

2024年04月10日 13時17分08秒 | 統治制度論
 20世紀初頭に成立した「陸戦法規慣例条約」等の条文を読めば、連合国側による国際法違反行為があったことは明白です。今日、イスラエルによるガザ地区に対する攻撃が国際法違反であるのと同様に、民間人を大量に殺害する行為は、当時にあっても国際法、即ち、戦争法に反していたと言えましょう。とりわけ、一夜にして都市を焼け野原にし、住民の命を奪った都市空爆は、弁明の余地がないように思えます(違法阻却事由がない・・・)。

 違法阻却の事由とは、主として(1)正当な行為、(2)正当防衛、(3)緊急避難の三点ですが、都市空爆は、何れにも当たりません。戦争法とは、戦時下にあっても人類が野獣の如き野蛮な状況に墜ちないように、人道的な配慮から制定されていますので、‘皆殺し戦法’が、正当な行為に当たるはずもありません。また、当時にあって、アメリカは既に日本国から制海権も制空権も奪っていましたので、開戦時の真珠湾攻撃とは違い、正当防衛と言える時期も過ぎています(そもそも、アメリカ側が‘防衛’を主張できる状況にもない・・・)。ましてや、緊急避難であるはずもありません。また、仮に戦争の終結を早め、日米両国民の被害を最小限に留めることが目的であったならば、日本国側からの終戦交渉の動きを察知した時点で、連合国側も、即座にこの動きに対応すべきであったと言えましょう(もっとも、この点においては、日本国側にも、‘国体の護持’への強固なまでの拘りがあり、全く責任がないわけではない・・・)。さらには、対ソ威嚇手段としての使用であれば、なおさらに違法阻却の事由とはならないはずです。

 アメリカが戦後国際軍事法廷の場で裁かれなかったのは、法そのものは存在していても、公平・中立的な立場から事実を確認した上で、裁判を行なう国際司法制度が、1945年の時点では整っていなかったからなのでしょう。このため、‘勝者が敗者を裁く’形となり、対日都市空爆は不問に付されたままに今日に至っているのです。なお、日本国に対する違法な攻撃については、日中戦争時における日本軍による違法行為の主張をもって正当化されることがありますが、今日のイスラエル・ハマス戦争にあってハマスによるテロ行為がイスラエルのガザ地区住民に対するジェノサイドを正当化できないように、違法阻却事由とならないことは確かなことです。なお、仮に、中国が‘南京大虐殺20万人説’を主張するならば、第二次世界大戦時に行なわれた‘裁かれざる罪’の全てに対する裁判の実施を主張すべきであり(もちろん、厳正なる証拠集め等も必要・・・)、それには、勝者となった連合国も含めなければ、近代司法制度の要件を著しく欠くこととなりましょう。

 かくして、都市空爆は‘裁かれざる罪’となるのですが、ここで一つ、考えなければならない点は、新型兵器の開発競争という核兵器のみが有する側面です。実のところ、同問題を複雑にしている要因は、まさにこの側面にあります。アメリカによる原爆投下を正当化するに際して、しばしば日本国も原子爆弾の開発に着手していた、とする指摘があるからです。自らも原子爆弾を投下する可能性があったにも拘わらず、先に開発に成功したアメリカばかりを糾弾するのはフェアではない、という主張です。この主張の先には、上述した違法阻却事由の否定を覆す根拠が持ち出されることも推測されます。即ち、日本国がアメリカよりも先に原子爆弾を製造し、それを使用するのを未然に防ぐための正当防衛行為である、あるいは、日本国による開発が目前であったために、緊急避難的な措置として開発に先んじて成功したアメリカが使用した、というものです。核兵器には、通常兵器とは桁違いの、戦局を逆転させるだけの破壊力が理論上予測されていましたので、こうした正当化論もあり得ないわけではないのです。

 原爆投下正当論の一角としての日本国による原子爆弾開発の主張については、戦争末期にあって、その‘脅威’がどの程度であったのか、すなわち、違法阻却事由の有無を判断するためには、日本国側の研究開発の進捗状況を事実として確認する必要がありましょう(一説に依れば、核兵器の運搬手段として、日本国は、潜水艦発射型すなわちSLBMの先駆けともなる技術も開発していたとも・・・)。何れにしましても、この問題は、核兵器の保有における非対称性という今日的な問いをも含んでおり、人類を核戦争から救ったとする、結果論としての見解とも繋がってくるのです(つづく)。

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