万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

AIと民主主義-そのリスクと可能性

2023年05月01日 10時44分34秒 | 統治制度論
 今月29日に群馬県高崎市で開催されたG7デジタル・技術相会談では、AIの活用について5つの原則で合意することとなりました。同原則とは、民主主義、人権尊重、適正な手続、法の支配、イノベーション機会の活用の5つです。共同声明でも、「民主主義の価値を損ない、表現の自由を抑圧し、人権を脅かすような誤用・乱用に反対する」と明記されています。同方針は、メディア等では概ねデジタル技術を国民監視に利用している中国やロシア等に対する批判的牽制とも説明されていますが、それでは、AIは、民主主義に対してどのような影響を与えるのでしょうか。

 日本国内の動きを見ますと、オープンAIのサム・アルトマン最高経営責任者やマイクロソフト社のフラッド・スミス副社長の来日以来、政府レベルは、公的分野におけるチャットGPTの活用に前のめりとなっていた観があります。G7デジタル・技術相会談に出席した河野デジタル相も、積極導入の方針を示していました。チャットGPT側からの強力な働きかけがあったのでしょうが、行政事務のみならず、国会答弁での活用にまで言及した発言もあったのです。その一方で、EUは既に生成AIに関する法的規制に乗り出しており、日本国政府は、G7の場にあって、導入促進一辺倒ではない現実に直面したのかもしれません。

 G7デジタル・技術相会議で示されたAIの民主主義に対するリスクは、政治過程においてどの段階で利用するのかによっても違ってくるように思えます。また、生成AIの利用は、ユーザーがプロンプトを書き込めるという点に注目しますと、マイナス面のみではないように思えます。そこで、AIを民主主義に対する脅威と決めつけるのではなく、以下に、メリットとデメリットについて考えてみることとします。

 第1の利用現場は、国会での与野党間の答弁です。上述したように、既に政府は国会答弁での活用を検討しているようですが、同サービスは、野党の側も利用することができます。政府側が野党からの質問に対する回答を生成AIによって作成する場合には、国民に対する説明責任(アカウンタビリティー)の所在が曖昧となりましょう。一方、野党の側も、国会にあって政府に質問をしなくとも、同様の回答をAIから得ることができます。野党側も、効果的な質問をAIに作成させることができるのですから、国会での議論は、AIにより‘一人芝居’ともなりかねないのです。

 議員の’お仕事’のAIへの‘委託’は、議会制民主主義を根底から揺さぶることを意味します。それが建前であれ、議会制民主主義とは、民主的選挙を経て国民が選んだ国民の代表たる議員達が、議会での自由闊達な議論を通して法案を提出・審議・修正し、議論を尽くした上で最終的に多数決を以て決定することが決定の手続きの基本とされるからです。生成AIが議会での議論を代替してしまいますと、議会制民主主義は全くもって形骸化してしまうのです。言い換えますと、民主的選挙制度を介した国会議員の選出も、国民の参政権も無意味なものとなりましょう。

 かくして、生成AIは、国会の答弁で導入されますと、とりわけ議会制民主主義を崩壊に導くかもしれません。しかしながら、その一方で、普通選挙制度を中心とする現行の民主的制度を前提とすれば、確かに脅威となるのですが、別の形態の民主的制度が考案された場合には、むしろ、民主主義という価値に対してプラスの働く可能性も否定はできないように思えます。

 その理由は、上述したように、生成AIは、ユーザー、即ち、国民が書き込んだプロンプトを情報としてデータベースに加えることができる能力を有するからです。即ち、生成AIを含むAIは、工夫次第では、国民一人一人の声がストレートに政治の場に届くツールとして利用し得るのです。仮に、国民の一人一人が自らの政治的意見を情報としてAIのデータベースに入力することができれば、そこには、政府やメディア等による恣意的な操作を受けない巨大かつリアルな‘世論’が集積されます。例えば、国会答弁にあっては、与野党とも同世論データベースにアクセスして質問すれば、賛否のみならず、法案に対する国民からの具体的な疑問や批判が回答として提示されることでしょう。

 民主主義を制度的に発展させるためにAIを利用するならば、政府の側の情報収集や国民管理ではなく、参政権を有する国民の側からの政治に対するインプットの装置として使う方が遥かに有益です。そして、こうした利用方法は、国会での答弁のみならず(将来において別の形の民主主義モデルに移行した場合には、国会という機関も存在していないかもしれない・・・)、政策立案においても、民主主義に資するように思えるのです(つづく)。

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