今回は日本一の軍港だった広島県の呉市を歩きまっせ。
鉄ちゃん爺やが生まれた頃は呉市の人口が約40万人。
原爆が投下された当時の広島市と概ね同じだったんだって。
当時の人口調査は戸籍によるものと国勢調査の両方で
厳密には比較できず、軍人は機密保持の為に抜けていたとも。
陸軍の軍都だった広島市と海軍の軍港だった呉市だけに
今となってはどちらの方の人口が多かったのかは不明でんな。
当時の記録で呉市の人口は日本で10位だったとの説も。
(JR呉駅 駅名標 & 駅舎)
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呉市は現在でも広島県の人口では3番目に大きな都市のようでっせ。
でも広島市の118万人 福山市の46万人 呉市の23万人
東広島市が後ろから追いかけてますんや将来は4位転落かな?
でも旧海軍のインフラや呉海軍工廠が民間に引き継がれ
重工業の街として活気は十分におまっせ。
(JR呉駅前のモニュメント)
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呉ライオンズクラブが50周年記念事業で呉市に寄贈したとか。
直径が4.25m 重さが約6700kg もおまっせ。
ニッケル・アルミ・ブロンズの合金で出来ているとか。
しかも廃船になった冷凍輸送船から取り外した本物なんだって。
(呉市のレトロな街路灯)
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鉄ちゃん爺やが前回に訪れたのは平成21年の11月でしたかな。
あの日は「大和ミュージアム」しか見る時間が無かったんですわ。
今回は1日かけてのんびりと散策することにしましたんや。
歩き始めてレンターサイクルにすべきだったと反省しましたがな。
小雨が降ったり止んだりで、傘が要るほどの雨でもないし。
(水兵さんの卵 海上自衛隊呉教育隊の若者)
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この日は日曜日だったので休暇を終えて教育隊へ戻る処かな?
まだ午前中なのに真面目な「水兵さんの卵」さんですこと。
鉄ちゃん爺やはJR呉線のガードを潜りぬけて丘の方へ行きまひょ。
(呉市入船山記念館 正門)
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(旧呉海軍工廠に置かれていた塔時計)
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故障していたのを昭和の50年代に地元の有志と愛知時計機械さんとで
修復して動くようになったので、ここ呉市入船山記念館へ移設したとか。
ここには明治時代に在った呉鎮守府司令長官の官舎が一般公開されてま。
(番兵塔)
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海兵団の入口や呉鎮守府司令長官官舎などに置かれていた番兵の詰め所。
陸軍のは厳めしい衛兵詰め所だけど、海軍のはなんとなく愛嬌がある感じ。
(火薬庫)
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(火薬庫内部に展示された 三八歩兵銃の銃弾)
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今回、鉄ちゃん爺やがお目当てで訪ねたのが次の画像の建物だっせ。
明治時代に呉市には海軍の呉鎮守府というのが置かれてましたんや。
その司令長官の官舎が一般公開されてますんで見学したかったんですわ。
(旧呉鎮守府 司令長官官舎) (国の重要文化財に指定)
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説明書きを貼り付けて置きますんで詳しい事は読んで貰いまひょ。
戦後は進駐軍の時代まで使われた明治時代の建物のようですわ。
(旧呉鎮守府 司令長官官舎 応接室)
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(旧呉鎮守府 司令長官官舎 食堂)
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官舎は公用に使われる部分は洋館で造られているようでんな。
その壁面と天井部分は金唐紙(きんからかみ)という素晴らしい
壁紙が張り付けられてますんや。
現在ではその技法を知る職人もほとんど居なくなったとか。
(金唐紙の壁面と 説明書き)
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旧呉鎮守府 司令長官官舎は半分ぐらいが和室になってますんや。
ここは長官が私用に使ったり官舎の使用人の部屋も兼ねていたのかも。
(旧呉鎮守府 司令長官官舎 和室の部分)
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洋館の部分と和室の部分との接合部は外から眺めたらこんな感じ。
公用に使用する洋館の部分が、ずば抜けて豪華になってまっしゃろ。
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(旧呉鎮守府 司令長官官舎 藤製の椅子)
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数多く有った物と考えられるが、唯一当時から残った椅子
最後にもう一度、外観を撮影してから、次ぎの処へ向かいまひょ。
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(元 東郷邸)
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日露戦争の英雄である東郷平八郎元帥もまだ若い次官クラスだったのかな。
一戸建ての家に住めても海軍大佐じゃこれぐらいのレベル。
呉鎮守府司令長官は中将クラスだから住む家も随分と違ってまっしゃろ。
(旧呉海軍練兵場) (現在は呉市民広場)
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左の方にクレーンが見えている処が旧呉海軍工廠の造船所でっせ。
この練兵所では新兵さんが猛訓練で絞られたんでしょうな。
現在は平和な呉市民の広場になってまっけど。
(旧海軍練兵場の横にある遊歩道)
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この辺りは丘陵地帯で鉄ちゃん爺やが向かう歴史の見える丘まで
緩やかな登りが続くのでレンターサイクルにすべきだったと嘆きながら
国道487号線を歩いてましたんや。
(旧呉海軍工廠造船部への入口)
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現在は国道から海岸の方へ下るようになってますんや。
戦前はこの辺りは山の斜面で軍事機密で道路もなかったはず。
一般人は立ち入ることも出来なかった地帯だと思う。
こんな石造りの標識が立てられていたんだって。
(呉の要塞地帯標)
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現在は平和な時代で国道を自家用車も路線バスも走ってまっせ。
車を停めれば旧呉海軍工廠の造船所も眺めることが出来ますんや。
(歴史の見える丘)
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(戦艦大和の艦橋を模した 忠魂碑)
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ここには戦艦大和が建造された造船所が真下におますんや。
そんな訳で戦艦大和の戦没者の慰霊の為に立てられたんでしょうな。
手前に見える白いのは右側が戦艦大和の主砲の砲弾の実寸の大きさで
左側は同じく戦艦長門の主砲の砲弾のサイズなんだって。
画像では大きさが分からないので鉄ちゃん爺やが横に並びまひょ。
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2mぐらいのス主砲弾をレイテ沖海戦で発射したけど命中しなかったとか。
相手が輸送船を改造した護衛空母だったので砲弾が突き抜けたとの説も。
でも主砲を発射したら小さい機関砲などは照準が狂ってしまうそうでっせ。
だから飛行機相手の戦場では無用の長物に終わったのが残念でおます。
国道の歩道橋に登って旧呉海軍工廠を眺めて見まひょ。
(旧呉海軍工廠 造船部の浮ドック)
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造船所の建屋の壁面に「大和のふるさと」と書いてまっせ。
戦艦大和を建造した浮ドックが現在も稼働しているとはご立派。
右手にカメラを振ると呉市の中央桟橋が見えてますわ。
(歴史の見える丘から 呉市の中央桟橋方向を)
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丸いドームの屋根が見えてるのが中央桟橋のターミナルビルでっせ。
その左手に大和ミュージアムがおますんやけど鉄塔が邪魔かな。
それでは折りかえして中央桟橋の方へ向かう事にしまひょ。
(総監部前 バス停)
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(海上自衛隊 呉地方総監部 正門)
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この日は日曜日でしたので先に見える旧呉鎮守府の建物を
見学する方の自家用車が入って行く処でした。
(旧呉鎮守府 現在は 海上自衛隊呉地方総監部庁舎)
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1907年(明治40年)竣工したレンガと御影石で完成した建物。
1945年(昭和20年)のアメリカ軍の度重なる空襲にも
被害は軽微んで進駐軍から返還されて現在使われているんだとか。
日曜日だけ一般公開には隊員の説明で団体で見学出来るんだって。
鉄ちゃん爺やは海上自衛隊の艦船の見学の方をしたいので
写真だけを撮って先を急いだんでっけど失敗でしたんや。
実は前夜の大雨で艦船のデッキが滑りやすいのでこの日の
自衛隊の護衛艦内見学が中止になったのを知らなかったんですわ。
(海上自衛隊 呉地方総監部 呉警護隊の正門)
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左手の丘の上まで戻るには時間が掛かるので諦めました。
戻っても旧呉鎮守府の見学には間に合わない可能性が強い。
大和ミュージアムの方へ向かう事にしましたわ。
(てつのくじら館 海上自衛隊呉史料館)
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この大きな船は2004年まで海上自衛隊で使用された
潜水艦「あきしお」で陸上に初めて展示したんだって。
スクリュウだけは軍事機密の為にイミテーションだそうな。
それじゃ館内へ入りまひょ、入場料金が無料とは有り難い。
(てつのくじら館 展示された機雷)
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ここ、てつのくじら館では潜水艦の歴史と掃海艇の
機雷除去の歴史を詳しく展示して説明されてますんや。
昔の機雷は浮遊機雷なのでワイヤーロープで引っ張って
爆破したり信管を取り除いて回収したんだそうですわ。
現在では磁気機雷なので艦船の音波振動で接近するらしい。
だから掃海艇はFRP強化プラスチックか木製で
建造しないと危険で使用できない時代なんだって。
磁気で逆に誘き寄せて機雷を処理するようだね。
これは、鉄ちゃん爺やも知らなかった知識でんな。
(てつのくじら館 PR用幟)
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(潜水艦あきしお 潜望鏡)
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現在でも見学者が船内で潜望鏡を操作したら外の方で
潜望鏡が上がったり下がったりするのが見られますよ。
実際は自動で操作するんだろうが手動もOKなのかな?
(第二次世界大戦 アメリカ海軍 潜水艦用の双眼鏡)
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(第二次世界大戦 日本海軍 潜水艦用の双眼鏡)
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3kmぐらい沖合に停泊中の海上保安庁の巡視船を両方で
覗いて見たんだけど日本海軍のレンズの方が性能が良い感じ。
日本海軍は軍艦だけを発見することに専念したけど
アメリカ海軍は輸送船でも軍艦でも発見すれば良い。
その差が潜水艦の双眼鏡の性能に違いが出来たのかしら?
昼食は最近は呉市でも人気が出てきた海軍カレーですよ。
(海軍カレー 水兵さんのカレー 1000円)
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昔から呉市でカレーが良く食べられた訳じゃおまへんで。
大和ミュージアムが出来てから人気が出てきたような感じ。
関西では舞鶴港に海軍さんのカレーで昔から有ったようですけど。
味はそんなに美味しいとは思わないけど、これが海軍さんの
カレーだと言われれば反論することも出来まへんがな。
現在も海上自衛隊では毎週金曜日がカレーなんだって。
別に士官さんのカレーも有ったけどビーフが少し多いだけで
2000円前後もしたので水兵さんのカレーにしましたんや。
お腹も収まったから呉の港を散歩して見まひょ。
(大和ミュージアムの 裏庭で撮影)
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大きなタンカーかしら? 進水式が終って艤装している処でしょうな。
戦艦大和を建造した浮ドックから海へ下ろしたようにも見えまっせ。
(呉の港から 歴史の見える丘方向を撮影)
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先程、丘の上から旧呉海軍工廠を見下ろしていたのは
画像の中央部分で山の裾野あたりだっせ。
右から一つ目のクレーンと二つ目のクレーンの中間ぐらいかな。
(四国・松山から フェリーが到着)
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方向転換してバックで呉港の中央桟橋へ接岸する処でんな。
このフェリーは呉港に立ち寄った後は広島市の宇品港へ向かいますんや。
(戦艦大和の タイムベル)
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ここから建造された旧呉海軍工廠が見えているので鎮魂を兼ねて
大和ミュージアムの裏庭に復元された物だと思いまんねん。
(海上自衛隊 呉警備隊の艦船)
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昨夜の大雨が無かったら、あの基地で鉄ちゃん爺やも護衛艦に乗って
艦内を見学したりデジカメで写していたのに残念でした。
ここは小型艦艇や掃海艇だけの基地で潜水艦の基地は別に
旧呉海軍工廠の南側に専用の基地がおますんや。
大型の護衛艦やイージス艦も並んで隣に基地があるようですわ。
(大和ミュージアム 全景) (入場料金 大人500円)
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大和ミュージアムは2009年の11月に入館したので今日はパス。
画像だけを2009年に写したのを貼り付けて置きまっさ。
(10分の一で作られた 戦艦大和) (大和ミュージアムの1階)
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(2階ホールから撮影したら こんな感じ)
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(戦艦大和の沈没地点から 引き揚げられた遺品)
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戦艦大和は1945年(昭和20年)4月に瀬戸内海の桂島から出撃して
九州の南沖でアメリカ海軍の攻撃で二つに折れて撃沈されたんでしたかな。
この遺品は沈没地点の調査時に潜水員により回収された物だそうです。
(零式戦闘機 復元された実物機)
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この零式戦闘機は昭和20年に琵琶湖に不時着して沈んでいた物です。
この戦闘機を操縦していた方が戦後も健在で有志により引き揚げて
復元するプロジェクトが計画されたそうですわ。
元操縦者の記憶と三菱重工に残る設計図に従って忠実に修復され
三菱重工の名古屋事業場で復元が完成したんだって。
ここ大和ミュージアムで展示することになった理由は不明でっけど。
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この零式戦闘機は太平洋戦争初期には日本海軍のエース戦闘機でしたんや。
終戦までに三菱重工を中心に約1万機を超える生産が記録されてまんな。
戦争中の喪失や戦後の解体でほとんどが消滅してしまいましたんや。
そんな訳で現在、日本で零式戦闘機の実物を見れるのはここを含めて
2~3箇所しかないと記憶してますんや。
貴重な画像なので歴史遺産として観察して頂ければ幸いですけど。
(大和ミュージアム PR用幟)
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現在では呉市観光の一番人気になったのが大和ミュージアムだそうでっせ。
本日はこれにて終了とさせて頂きます。
それじゃ、さいなら~♪
鉄ちゃん爺やが生まれた頃は呉市の人口が約40万人。
原爆が投下された当時の広島市と概ね同じだったんだって。
当時の人口調査は戸籍によるものと国勢調査の両方で
厳密には比較できず、軍人は機密保持の為に抜けていたとも。
陸軍の軍都だった広島市と海軍の軍港だった呉市だけに
今となってはどちらの方の人口が多かったのかは不明でんな。
当時の記録で呉市の人口は日本で10位だったとの説も。
(JR呉駅 駅名標 & 駅舎)
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呉市は現在でも広島県の人口では3番目に大きな都市のようでっせ。
でも広島市の118万人 福山市の46万人 呉市の23万人
東広島市が後ろから追いかけてますんや将来は4位転落かな?
でも旧海軍のインフラや呉海軍工廠が民間に引き継がれ
重工業の街として活気は十分におまっせ。
(JR呉駅前のモニュメント)
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呉ライオンズクラブが50周年記念事業で呉市に寄贈したとか。
直径が4.25m 重さが約6700kg もおまっせ。
ニッケル・アルミ・ブロンズの合金で出来ているとか。
しかも廃船になった冷凍輸送船から取り外した本物なんだって。
(呉市のレトロな街路灯)
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鉄ちゃん爺やが前回に訪れたのは平成21年の11月でしたかな。
あの日は「大和ミュージアム」しか見る時間が無かったんですわ。
今回は1日かけてのんびりと散策することにしましたんや。
歩き始めてレンターサイクルにすべきだったと反省しましたがな。
小雨が降ったり止んだりで、傘が要るほどの雨でもないし。
(水兵さんの卵 海上自衛隊呉教育隊の若者)
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この日は日曜日だったので休暇を終えて教育隊へ戻る処かな?
まだ午前中なのに真面目な「水兵さんの卵」さんですこと。
鉄ちゃん爺やはJR呉線のガードを潜りぬけて丘の方へ行きまひょ。
(呉市入船山記念館 正門)
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(旧呉海軍工廠に置かれていた塔時計)
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故障していたのを昭和の50年代に地元の有志と愛知時計機械さんとで
修復して動くようになったので、ここ呉市入船山記念館へ移設したとか。
ここには明治時代に在った呉鎮守府司令長官の官舎が一般公開されてま。
(番兵塔)
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海兵団の入口や呉鎮守府司令長官官舎などに置かれていた番兵の詰め所。
陸軍のは厳めしい衛兵詰め所だけど、海軍のはなんとなく愛嬌がある感じ。
(火薬庫)
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(火薬庫内部に展示された 三八歩兵銃の銃弾)
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今回、鉄ちゃん爺やがお目当てで訪ねたのが次の画像の建物だっせ。
明治時代に呉市には海軍の呉鎮守府というのが置かれてましたんや。
その司令長官の官舎が一般公開されてますんで見学したかったんですわ。
(旧呉鎮守府 司令長官官舎) (国の重要文化財に指定)
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説明書きを貼り付けて置きますんで詳しい事は読んで貰いまひょ。
戦後は進駐軍の時代まで使われた明治時代の建物のようですわ。
(旧呉鎮守府 司令長官官舎 応接室)
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(旧呉鎮守府 司令長官官舎 食堂)
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官舎は公用に使われる部分は洋館で造られているようでんな。
その壁面と天井部分は金唐紙(きんからかみ)という素晴らしい
壁紙が張り付けられてますんや。
現在ではその技法を知る職人もほとんど居なくなったとか。
(金唐紙の壁面と 説明書き)
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旧呉鎮守府 司令長官官舎は半分ぐらいが和室になってますんや。
ここは長官が私用に使ったり官舎の使用人の部屋も兼ねていたのかも。
(旧呉鎮守府 司令長官官舎 和室の部分)
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洋館の部分と和室の部分との接合部は外から眺めたらこんな感じ。
公用に使用する洋館の部分が、ずば抜けて豪華になってまっしゃろ。
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(旧呉鎮守府 司令長官官舎 藤製の椅子)
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数多く有った物と考えられるが、唯一当時から残った椅子
最後にもう一度、外観を撮影してから、次ぎの処へ向かいまひょ。
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(元 東郷邸)
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日露戦争の英雄である東郷平八郎元帥もまだ若い次官クラスだったのかな。
一戸建ての家に住めても海軍大佐じゃこれぐらいのレベル。
呉鎮守府司令長官は中将クラスだから住む家も随分と違ってまっしゃろ。
(旧呉海軍練兵場) (現在は呉市民広場)
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photo by kuroda0729 from フォトフレンド for マイポケット
左の方にクレーンが見えている処が旧呉海軍工廠の造船所でっせ。
この練兵所では新兵さんが猛訓練で絞られたんでしょうな。
現在は平和な呉市民の広場になってまっけど。
(旧海軍練兵場の横にある遊歩道)
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この辺りは丘陵地帯で鉄ちゃん爺やが向かう歴史の見える丘まで
緩やかな登りが続くのでレンターサイクルにすべきだったと嘆きながら
国道487号線を歩いてましたんや。
(旧呉海軍工廠造船部への入口)
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現在は国道から海岸の方へ下るようになってますんや。
戦前はこの辺りは山の斜面で軍事機密で道路もなかったはず。
一般人は立ち入ることも出来なかった地帯だと思う。
こんな石造りの標識が立てられていたんだって。
(呉の要塞地帯標)
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現在は平和な時代で国道を自家用車も路線バスも走ってまっせ。
車を停めれば旧呉海軍工廠の造船所も眺めることが出来ますんや。
(歴史の見える丘)
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(戦艦大和の艦橋を模した 忠魂碑)
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ここには戦艦大和が建造された造船所が真下におますんや。
そんな訳で戦艦大和の戦没者の慰霊の為に立てられたんでしょうな。
手前に見える白いのは右側が戦艦大和の主砲の砲弾の実寸の大きさで
左側は同じく戦艦長門の主砲の砲弾のサイズなんだって。
画像では大きさが分からないので鉄ちゃん爺やが横に並びまひょ。
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2mぐらいのス主砲弾をレイテ沖海戦で発射したけど命中しなかったとか。
相手が輸送船を改造した護衛空母だったので砲弾が突き抜けたとの説も。
でも主砲を発射したら小さい機関砲などは照準が狂ってしまうそうでっせ。
だから飛行機相手の戦場では無用の長物に終わったのが残念でおます。
国道の歩道橋に登って旧呉海軍工廠を眺めて見まひょ。
(旧呉海軍工廠 造船部の浮ドック)
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造船所の建屋の壁面に「大和のふるさと」と書いてまっせ。
戦艦大和を建造した浮ドックが現在も稼働しているとはご立派。
右手にカメラを振ると呉市の中央桟橋が見えてますわ。
(歴史の見える丘から 呉市の中央桟橋方向を)
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丸いドームの屋根が見えてるのが中央桟橋のターミナルビルでっせ。
その左手に大和ミュージアムがおますんやけど鉄塔が邪魔かな。
それでは折りかえして中央桟橋の方へ向かう事にしまひょ。
(総監部前 バス停)
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(海上自衛隊 呉地方総監部 正門)
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この日は日曜日でしたので先に見える旧呉鎮守府の建物を
見学する方の自家用車が入って行く処でした。
(旧呉鎮守府 現在は 海上自衛隊呉地方総監部庁舎)
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1907年(明治40年)竣工したレンガと御影石で完成した建物。
1945年(昭和20年)のアメリカ軍の度重なる空襲にも
被害は軽微んで進駐軍から返還されて現在使われているんだとか。
日曜日だけ一般公開には隊員の説明で団体で見学出来るんだって。
鉄ちゃん爺やは海上自衛隊の艦船の見学の方をしたいので
写真だけを撮って先を急いだんでっけど失敗でしたんや。
実は前夜の大雨で艦船のデッキが滑りやすいのでこの日の
自衛隊の護衛艦内見学が中止になったのを知らなかったんですわ。
(海上自衛隊 呉地方総監部 呉警護隊の正門)
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左手の丘の上まで戻るには時間が掛かるので諦めました。
戻っても旧呉鎮守府の見学には間に合わない可能性が強い。
大和ミュージアムの方へ向かう事にしましたわ。
(てつのくじら館 海上自衛隊呉史料館)
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この大きな船は2004年まで海上自衛隊で使用された
潜水艦「あきしお」で陸上に初めて展示したんだって。
スクリュウだけは軍事機密の為にイミテーションだそうな。
それじゃ館内へ入りまひょ、入場料金が無料とは有り難い。
(てつのくじら館 展示された機雷)
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ここ、てつのくじら館では潜水艦の歴史と掃海艇の
機雷除去の歴史を詳しく展示して説明されてますんや。
昔の機雷は浮遊機雷なのでワイヤーロープで引っ張って
爆破したり信管を取り除いて回収したんだそうですわ。
現在では磁気機雷なので艦船の音波振動で接近するらしい。
だから掃海艇はFRP強化プラスチックか木製で
建造しないと危険で使用できない時代なんだって。
磁気で逆に誘き寄せて機雷を処理するようだね。
これは、鉄ちゃん爺やも知らなかった知識でんな。
(てつのくじら館 PR用幟)
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(潜水艦あきしお 潜望鏡)
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現在でも見学者が船内で潜望鏡を操作したら外の方で
潜望鏡が上がったり下がったりするのが見られますよ。
実際は自動で操作するんだろうが手動もOKなのかな?
(第二次世界大戦 アメリカ海軍 潜水艦用の双眼鏡)
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(第二次世界大戦 日本海軍 潜水艦用の双眼鏡)
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3kmぐらい沖合に停泊中の海上保安庁の巡視船を両方で
覗いて見たんだけど日本海軍のレンズの方が性能が良い感じ。
日本海軍は軍艦だけを発見することに専念したけど
アメリカ海軍は輸送船でも軍艦でも発見すれば良い。
その差が潜水艦の双眼鏡の性能に違いが出来たのかしら?
昼食は最近は呉市でも人気が出てきた海軍カレーですよ。
(海軍カレー 水兵さんのカレー 1000円)
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昔から呉市でカレーが良く食べられた訳じゃおまへんで。
大和ミュージアムが出来てから人気が出てきたような感じ。
関西では舞鶴港に海軍さんのカレーで昔から有ったようですけど。
味はそんなに美味しいとは思わないけど、これが海軍さんの
カレーだと言われれば反論することも出来まへんがな。
現在も海上自衛隊では毎週金曜日がカレーなんだって。
別に士官さんのカレーも有ったけどビーフが少し多いだけで
2000円前後もしたので水兵さんのカレーにしましたんや。
お腹も収まったから呉の港を散歩して見まひょ。
(大和ミュージアムの 裏庭で撮影)
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photo by kuroda0729 from フォトフレンド for マイポケット
大きなタンカーかしら? 進水式が終って艤装している処でしょうな。
戦艦大和を建造した浮ドックから海へ下ろしたようにも見えまっせ。
(呉の港から 歴史の見える丘方向を撮影)
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先程、丘の上から旧呉海軍工廠を見下ろしていたのは
画像の中央部分で山の裾野あたりだっせ。
右から一つ目のクレーンと二つ目のクレーンの中間ぐらいかな。
(四国・松山から フェリーが到着)
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方向転換してバックで呉港の中央桟橋へ接岸する処でんな。
このフェリーは呉港に立ち寄った後は広島市の宇品港へ向かいますんや。
(戦艦大和の タイムベル)
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ここから建造された旧呉海軍工廠が見えているので鎮魂を兼ねて
大和ミュージアムの裏庭に復元された物だと思いまんねん。
(海上自衛隊 呉警備隊の艦船)
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昨夜の大雨が無かったら、あの基地で鉄ちゃん爺やも護衛艦に乗って
艦内を見学したりデジカメで写していたのに残念でした。
ここは小型艦艇や掃海艇だけの基地で潜水艦の基地は別に
旧呉海軍工廠の南側に専用の基地がおますんや。
大型の護衛艦やイージス艦も並んで隣に基地があるようですわ。
(大和ミュージアム 全景) (入場料金 大人500円)
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大和ミュージアムは2009年の11月に入館したので今日はパス。
画像だけを2009年に写したのを貼り付けて置きまっさ。
(10分の一で作られた 戦艦大和) (大和ミュージアムの1階)
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(2階ホールから撮影したら こんな感じ)
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(戦艦大和の沈没地点から 引き揚げられた遺品)
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戦艦大和は1945年(昭和20年)4月に瀬戸内海の桂島から出撃して
九州の南沖でアメリカ海軍の攻撃で二つに折れて撃沈されたんでしたかな。
この遺品は沈没地点の調査時に潜水員により回収された物だそうです。
(零式戦闘機 復元された実物機)
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この零式戦闘機は昭和20年に琵琶湖に不時着して沈んでいた物です。
この戦闘機を操縦していた方が戦後も健在で有志により引き揚げて
復元するプロジェクトが計画されたそうですわ。
元操縦者の記憶と三菱重工に残る設計図に従って忠実に修復され
三菱重工の名古屋事業場で復元が完成したんだって。
ここ大和ミュージアムで展示することになった理由は不明でっけど。
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この零式戦闘機は太平洋戦争初期には日本海軍のエース戦闘機でしたんや。
終戦までに三菱重工を中心に約1万機を超える生産が記録されてまんな。
戦争中の喪失や戦後の解体でほとんどが消滅してしまいましたんや。
そんな訳で現在、日本で零式戦闘機の実物を見れるのはここを含めて
2~3箇所しかないと記憶してますんや。
貴重な画像なので歴史遺産として観察して頂ければ幸いですけど。
(大和ミュージアム PR用幟)
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現在では呉市観光の一番人気になったのが大和ミュージアムだそうでっせ。
本日はこれにて終了とさせて頂きます。
それじゃ、さいなら~♪