甘い生活 since2013

俳句や短歌などを書きます! 詩が書けたらいいんですけど……。

写真や絵などを貼り付けて、二次元の旅をしています。

メタセコイアと父の歯ぎしり HSD-31

2015年08月04日 22時08分25秒 | High School Days
 Kは高校三年生になった。

 クラスに気の合う仲間が何人かいた。救われた気分となる。成績は伸びないが、とにかくやるしかなかった。

 恋愛はほぼ諦めて、とにかく気持ちだけは受験モードとなったようであった。

 このころのKの楽しみは、予備校サボって国鉄を乗り換えて奈良にでかけたり、環状線をグルグル回ったりすることだった。車中では、好きな本を読んだり、ぼんやり外を眺めたり、車内の人を観察したる。時には検札があるとハラハラもしたが、たいていは電車の中でぼんやりと過ごすことができた。定期券があるので下車せずにそのまま戻ってくればお金はゼロで、楽しいひまつぶしを見つけたのである。

 他には、図書館通いも始めた。数年前の大河ドラマの時からずっと読みたかった吉川英治の『新平家物語』全巻を読破するなど、ささやかなことばかりが楽しみとなっていた。



 担任の先生は高校のOBで、ことばの一つ一つが身にしみて、母校を盛り上げるためにがんばろうという気持ちになれた。この先生は学校の中庭の造物主で、いろいろな木を植えたということだった。一番大きな木が、メタセコイアで、他にもいろんな木があって、中庭は完全な森であった。メタセコイアは先生が赴任したときに植えたということだった。

 教室からはいつもこれらの木々を眺めることができるのだが、中へはとても入る気になれず、三年間ずーっと見続けたのに、とうとう中には踏み込めなかった。それくらい深い森の中庭だった。それを1人の教師が作り上げたのである。それがすごいことだと思うし、それらをすべてなぎ倒して、新しい校舎を造ったのが行政のお仕事だった。それも恐ろしいことだった。

 Kが卒業して数年か過ぎて校舎の建て替えがあって、グランドだったところに四階建ての建物、森も校舎もつぶしてグランドにされてしまい、Kたちの思い出の建物は一切無くなってしまった。歩けばキイキイ音のする廊下で、多少は古かったのだが、あの中庭もメタセコイアヤの大木もなくなってしまった。


  今、夜だけれど [1977・5・27 記]

 父上の歯がくいくいと鳴っている。知らないうちに歯をかんでいる。けれど本人は意識しない。……もたれかかると椅子が鳴った。

 僕は明日も生きているだろう。しかし、立ち止まって生きていないだろう。
きっと走らされているだろう。何かわからない力に……。

 今はのんびりと夜のうなりを聞いている。ときおり風が吹いて、僕はよみがえる、息を吹き返す。けれど、明日、夜が明けると、息がつまっているかもしれない。

 息苦しくとも、精一杯空気を吸おう。明日の一歩は生の一歩だから。



 Kは夜の物音を聞くのは好きだった。この日は父の歯ぎしりの音、眠くなっている自分、窓をあければ都会の喧噪がウォーンとやってきて、思わず首をすくめたくなったらしい。勉強もしないで、それを記録していい気になっていた。

 Kの父は昔から歯が丈夫で、ビールの栓も歯で開けられるくらいであった。その鋼のような歯をかみしめる音はKの耳には鋭く強く響いていた。物静かな父の驚くくらいに強いかみしめ音は、夜寝るときの安らぎのようでもあった。


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