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16~17世紀の日本人たちは、海外進出をしたそうです。歴史学者の永積昭さんはこんな風に語っておられました。
この時代の日本人が東南アジアにどういうような生き方をしていたのだろうかということは、大変興味のあるところだと思います。私は、民族エネルギーの高揚とか、未知の世界への関心の高まりといった知的好奇心が旺盛であることなど、ちょうど、今の日本人(1980年ころ)に似通ったところがあるのではないだろうかと思います。しかし一方で、朱印船貿易で外地に住んだ人や外国人と契約して出ていった人々に対して、国内にいた人たちが、そう大きな関心を寄せていたようにも思えないふしがあります。
今も海外進出は進んでいますけど、どれだけ出て行った人たちに関心を寄せているのか、あまりないんでしょうか。いや、国内での産業の低迷がありますから、外地で収益には期待しているところがあるでしょうか。
企業はその会社の生命線は外にあると意識できてるから、どれだけそこで儲かる方法があるのか、期待してみている気がします。でも、政治家や一般の人は、東南アジアを遅れた地域として見て、助けてやる国々としか見てないんじゃないかな。すでに立場的には対等もしくは上かもしれないのに。
オランダ人やポルトガル人などの記録によりますと、東南アジアでの日本人は、日本人同士の強い結びつきがあり、時には他の民族の人々を敵視するという排他性が強かったといいます。性格としては勤勉でよく働くし、正直である、礼儀正しい、という評判が見受けられますが、他方、勇敢だと言いながら、その攻撃性を警戒されたりしていました。戦国時代という時代風潮のせいでしょうか。日本人がはじめて大規模な国際的な舞台に登場した時の姿は大変興味深いところです。
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先生、『日本史探訪』の放送から40年以上経過しましたけど、相変わらず日本の人たちは、時に攻撃的で、集団化しやすく、暴れる時だってある。
80年代ほど経済的に暴れてはいないけど、うまく地元の人たちととけこむことはできてない気がします。
そして、ものすごく地域に貢献する人がいたとしても、目立ちすぎてしまったりする。あまり目立たずに、中の人たちとうまくやれたらいいのに、どんなに地域にいたとしても、ベース基地は日本に置いて、現地の活動をしてそうな気がします。
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海を渡って、日本の人々が現地にとけこみ、現地を活性化できるのか、なかなかできそうにない気がします。
みんな、いつか日本へ帰る気持ちがどこかにあって、そこで生きていくことがなかなかできないのです。時にはフィリピンにそのまま住んだり、南洋の島々の人になったりする人もいるだろうけど、みんな帰りたがるのです。
かくいう私だって、外では生きていけない気がします。よその国で生きるのは日本の人にとってものすごく大変なことで、とてもよその国に移住なんてできないのです。
なぜなんだろう。やはり、言葉なんだろうか。日本語って、他の言語を習得するのに邪魔になったりするもんなんだろうな。ああ、外国の人になれないです。
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