この前、安土城に出かけた帰り、絶対に寄ろうと決めていたところがあります。
それが旧伊庭家住宅でした。「15時半までに入らないと、閉められてしまいます。」と観光案内所の人から聞かされていました。特別に公開しているということでしたし、ウイリアム・メレル・ヴォーリーズさんの設計のお家って、何だか魅力的でした。だから、安土城のあとは、駅の東側にあるこのお家に行くことに決めていました。
ヴォーリーズさんといえば、近江八幡で、私たち夫婦は昔、近江八幡の街を探し歩いたことがありました。最近は、そんなに近江八幡熱はなくなってしまいましたけど、過去には何度も訪れています。
そのヴォーリーズさんです。
駅の西北にあった安土城から、そのまま南に下り、西の湖のそばまで来て、せっかく来たけれど、私みたいなオッサンが遊べるところはなく、おしゃれな喫茶店のテラスみたいなところで若い女性たちが楽しそうに写真を撮っていても、私はただ汗かいてヘロヘロになっているだけでした。
さあ、ふたたび駅をめざし、駅を通り越したら、すぐのところにヴォーリーズさんのお家があるはずです。静かな住宅街の中を歩いていますが、お昼下がりではあるし、とても暑いし、誰もヴォーリーズさん設計の家を見る人なんていやしません。
ああ、住宅はそれなりにみんな古いし、それなりの風格があるのだけれど、洋風のお家というのはなかなか見つからない。
近江八幡でもそうだったけれど、お家はそんなに強い主張があるわけではありません。その街になじんでいて、なんとなく洋風かなと見えるだけです。
さあ、そろそろ民家がなくなりそうなところが見えてきたけれど、どれがそのお家?
ヴォーリーズの幼稚園とかなんとか書いてある看板が見えて、たぶん、この近くにあるだろうと見ると、普通の民家みたいな玄関が見えて、そこからお家に入れそうです。
呼び出しベルを押してくださいとありましたので、押した後、「スミマセン」と声をかけてみました。
そうすると、穏やかな感じの女性が対応してくださいました。
「まず、お名前をお書きください。それから、市の建物ですけど、協力金をお願いしています。」と教えてもらい、ホイホイと受付しました。チラリと右手を見ると、和室なんだろうけど、「畳があげています」ということでした。
「先日の台風20号のせいで、雨漏りがして畳をあげているんです」と教えてもらいました。そうか、どんどん引き込まれていきますが、次から次と案内をしてくださいます。いったいこの人は誰なんだろう。ここのお家の方なんだろうか。
二階にも案内され、八幡商業学校で美術を教えておられた当主のアトリエ、暖炉、書斎、休憩部屋、寝室といったところを教えてもらいました。大きな杉戸の扉も教えてもらい、外観の洋風といろいろな和風テイストがミックスされたお家なんだなと理解するわけでした。
でも、どんなに和風が入っていても、窓や明かり、テラスなど基本の生活スタイルは洋風なので、当時としてはハイカラだったことでしょう。
ここの当主は何という方だったんでしょう。
伊庭慎吉(いばしんきち 1885-1975)というお方がいました。お父さんは住友家で数々の実績を積んだ伊庭貞剛(いばていごう)という方で、お父さんは引退後に、大津に移り住んだそうです。その関係で、滋賀県に生まれ、裕福な家庭の中で、フランス留学、美術の教師、それから地元の村長にまでなっていった方だそうです。
家は、1913年に建てられ、いくつか改造もされ、やがて寄付されたお家ということでした。
先ほどの女性は、アイスコーヒーを入れてくださっていました。お家の奥のリビングみたいなところに大きなテーブルがあり、シャンデリアもあります。すべてが当時のままということでした。
それで、彼女はボランティアで管理をしているそうで、お客さんが来なかったら、14時くらいで閉めようかと思っていたところだった、ということでした。
私のすぐ後にやってきたお兄さんも、一緒にアイスコーヒーをいただいています。
私は訊きたいことがありました。
「安土町はいつ近江八幡市に合併されたんですか?」
「七年前です。今でも反対、賛成いろいろ意見はあるみたいですけど、私は京都から移り住んできたので、何ともよう言いません。」ということでした。
この方は、移住して来て、町でボランティアをされている。そりゃ、小さな町の時にはできた細やかな行政サービスは、大きな市単位になれば、うまく手が届いていないところもあるでしょう。どこだって同じです。きっと、メリット・デメリットはあることでしょう。
でも、今の日本では、公務員を減らし、公務員の給料も減らし、生活の苦しい人たちへのサービスに回さなくてはならない。これが当たり前になっていますから、大きな行政単位で、細かなことはいいから、全体を配慮する大まかなサービスでまかなう、これが優先されるんでしょう。
今朝見た新聞では、日本の公務員は、アメリカの半分しかいないということでした。そうか、アメリカは不景気とかいっているけど、経済を支える公務員人口もたくさん抱えながら、民間の産業も充実させているのかと、目からウロコだったんだけど、今の日本では話にならない議論です。とにかく減らせ。とにかく給料ガットだ! そう叫ぶと選挙で当選しちゃいますからね。
テラスを見ながらアイスコーヒーをいただき、あとから来た若いお兄さんと話もせず、いろいろと解説してくれる女性に感謝し、ヴォーリーズの冊子を二つ買い、私は帰ることにしました。
全体を写した後、あまりに暑い一日だったせいか、カメラは電源を押しても黙ったままになり、一切写真は撮れなくなり、ションボリして私は帰路に就いたのでした。