中2の春、だったでしょうか。中国から金色のよろいを来ていた女性のミイラさんが来た?! というようなことがあって、女子2人、男子2人で京都の国立博物館に行きました。この4人の中の1組がカップルになるかならないかで、私ともう1人の女の子はオマケ・付き添いでした。
できたてのカップルはぎこちなくて、私は盛り上げようとしたんですけど、何しろ行く時の京阪がすごい混雑状態で、とてもウキウキした気分にはなれませんでした。ずっと気まずい雰囲気で、ことばも少なかった。昔の京阪特急は京橋を出たら、もう七条までノンストップで、それはそれでいいのだけれど、京橋の殺人的な状態のまま、乗客はじっと黙ってムシムシする車内でがんばっていました。たぶん、エアコンとかも充実していないし、ムンムンだから窓を開けようという優しい人はいないし、苦しさがそのままキープされていた。
私たち4人は立ちっぱなしでじっと我慢していた。他の人ももちろんそうで、みんな辛抱させられていた。カップルのはずの女の子が、気分が悪くなったのか、乗り物酔いか、しゃがみこみ、何とか言ってくれたらいいのに、突然もどしてしまって、男2人はドキマギするばかりだし、女の子たちはとにかく車内をキレイにしなくてはならず、密室の中で辛い思いをして、作業をして、そうこうするちに七条駅について、グループはとにかく電車から解放されるのでした。
それから、博物館へ行き、たぶんミイラさんは来ていなくて、ミイラさんが身につけていた黄金のよろいみたいなのが日本に来ていて、私は何の感慨もなく、それらをながめ、とりあえず図録を買おうと、買ったような気がします。手元にはないので、たぶん実家にはあるでしょうか。
そうでした。私たちが中学に入ったところ、アメリカの後塵を拝し、おそまきながら中国との国交を回復させたんでした。それ以前は、中国物産展というイベントでしか中国に接するチャンスはなかったけれど、そういうのに行くと、安作りのお土産パンダとか、できのわるいエンピツとか、へんてこりんな服をさせられているお人形など、中国から来るモノは、安いけどできのわるい品物ばかりでした。
それが国交を回復させてから、少しずつ両国の関係が変わっていき、今では中国の脅威におびえて、憲法を変えなきゃいけないような気分が起こるくらい、それほどに私たちは追い詰められたところにいます。
何回か書いていますが、だから、有事に対応しろというのではなくて、だから、有事が起こらないくらいに、中国に平和ボケを売り込み、国の体制が変わるくらいに、人の流れを活発化しろというのが私の意見ですけど、そういうのは甘いんでしょうかね。
……今見ると、「ナウシカ」とかに出てきそうな、近未来的なデザインの、亡くなった人の衣装です。よくぞまあ、見に行きましたね。野次馬だったんですね。今は少しだけ野次馬根性なくなってきた!?
中国と仲良くなったしるしに、ミイラさんの金色のヨロイは日本に来させられていた。私は喜んで京都に出かけ、ついでに友だちの恋愛の盛り上げ役もしようとしていた。2人はあまりおしゃべりをしないカップルで、つきあい始めて間もないのでした。
初心者だったら、もう少し基本的な、エキスポランドとか、大阪城とか、もう少しだけ近いところにすればよかったのに、完全に私の趣味で京都に連れてきたんでした。
何を食べ、どこを歩き、どんなふうにして帰ったのか忘れてしまいました。ただ私は、図録を買い、金色のヨロイを見て、初めて国立博物館にも行き、そのあとひょっとして清水寺とかいったかどうか……。よくも変なところに案内したものでした。私がデートをプロデュースするなんて、間違っていました。友だちも私なんかに頼まず、もっとおしゃべり上手で、気の利くヤツを連れて来ればよかったのに、ザンネンながら私でした。
そして、2人は、それからしばらくして、あまりうまく行かないし、男の子は工業高校、女の子は進学校へと進み、バラバラになってしまいました。それからしばらくして、高校生になってから、女の子を図書館で見かけたことがありましたが、彼女には新しい彼がいて、一緒に勉強までするようになっていて、「そりゃ、新しい環境で新しい恋が芽生えたんだな」とは思ったものの、私は何だか裏切られたような(こっちの変な感覚ですけど)、どんどん女は進んでいくもんなんだ。昔のことなんか忘れて……とかなんとか、いいかげんなことを思ってたりしました。
それから、40年以上が経過しました。もう中国からは考古学的なものは来ないような気がします。私たちは、少しだけ中国に興味を失い、こちらに来て、どんどんお金だけを使ってくれればいいと思い、こちらから中国に出向きたいという気持ちをなくしています。
中国は、とんでもない環境の悪い、政治に関しては自由のない、日本のマナーを知らない、成金趣味のとんでもないヤツラというイメージを増幅させています。
私は、中国に行きたいけどいけず、あこがれを持ちながら、今の政治体制には失望し、もっと中国の人たちが国内でリラックスできたらいいのに、と独り合点で思っている人間です。どうにかならないかな。経済でだけつきあうのではなく、もっといろんな面でつきあいたいと思います。そうなると、自分の英語力をしっかりさせないといけませんね。
京都のことを書きたかったのに、また違う方向へ行ってしまった。あーあ。
できたてのカップルはぎこちなくて、私は盛り上げようとしたんですけど、何しろ行く時の京阪がすごい混雑状態で、とてもウキウキした気分にはなれませんでした。ずっと気まずい雰囲気で、ことばも少なかった。昔の京阪特急は京橋を出たら、もう七条までノンストップで、それはそれでいいのだけれど、京橋の殺人的な状態のまま、乗客はじっと黙ってムシムシする車内でがんばっていました。たぶん、エアコンとかも充実していないし、ムンムンだから窓を開けようという優しい人はいないし、苦しさがそのままキープされていた。
私たち4人は立ちっぱなしでじっと我慢していた。他の人ももちろんそうで、みんな辛抱させられていた。カップルのはずの女の子が、気分が悪くなったのか、乗り物酔いか、しゃがみこみ、何とか言ってくれたらいいのに、突然もどしてしまって、男2人はドキマギするばかりだし、女の子たちはとにかく車内をキレイにしなくてはならず、密室の中で辛い思いをして、作業をして、そうこうするちに七条駅について、グループはとにかく電車から解放されるのでした。
それから、博物館へ行き、たぶんミイラさんは来ていなくて、ミイラさんが身につけていた黄金のよろいみたいなのが日本に来ていて、私は何の感慨もなく、それらをながめ、とりあえず図録を買おうと、買ったような気がします。手元にはないので、たぶん実家にはあるでしょうか。
そうでした。私たちが中学に入ったところ、アメリカの後塵を拝し、おそまきながら中国との国交を回復させたんでした。それ以前は、中国物産展というイベントでしか中国に接するチャンスはなかったけれど、そういうのに行くと、安作りのお土産パンダとか、できのわるいエンピツとか、へんてこりんな服をさせられているお人形など、中国から来るモノは、安いけどできのわるい品物ばかりでした。
それが国交を回復させてから、少しずつ両国の関係が変わっていき、今では中国の脅威におびえて、憲法を変えなきゃいけないような気分が起こるくらい、それほどに私たちは追い詰められたところにいます。
何回か書いていますが、だから、有事に対応しろというのではなくて、だから、有事が起こらないくらいに、中国に平和ボケを売り込み、国の体制が変わるくらいに、人の流れを活発化しろというのが私の意見ですけど、そういうのは甘いんでしょうかね。
……今見ると、「ナウシカ」とかに出てきそうな、近未来的なデザインの、亡くなった人の衣装です。よくぞまあ、見に行きましたね。野次馬だったんですね。今は少しだけ野次馬根性なくなってきた!?
中国と仲良くなったしるしに、ミイラさんの金色のヨロイは日本に来させられていた。私は喜んで京都に出かけ、ついでに友だちの恋愛の盛り上げ役もしようとしていた。2人はあまりおしゃべりをしないカップルで、つきあい始めて間もないのでした。
初心者だったら、もう少し基本的な、エキスポランドとか、大阪城とか、もう少しだけ近いところにすればよかったのに、完全に私の趣味で京都に連れてきたんでした。
何を食べ、どこを歩き、どんなふうにして帰ったのか忘れてしまいました。ただ私は、図録を買い、金色のヨロイを見て、初めて国立博物館にも行き、そのあとひょっとして清水寺とかいったかどうか……。よくも変なところに案内したものでした。私がデートをプロデュースするなんて、間違っていました。友だちも私なんかに頼まず、もっとおしゃべり上手で、気の利くヤツを連れて来ればよかったのに、ザンネンながら私でした。
そして、2人は、それからしばらくして、あまりうまく行かないし、男の子は工業高校、女の子は進学校へと進み、バラバラになってしまいました。それからしばらくして、高校生になってから、女の子を図書館で見かけたことがありましたが、彼女には新しい彼がいて、一緒に勉強までするようになっていて、「そりゃ、新しい環境で新しい恋が芽生えたんだな」とは思ったものの、私は何だか裏切られたような(こっちの変な感覚ですけど)、どんどん女は進んでいくもんなんだ。昔のことなんか忘れて……とかなんとか、いいかげんなことを思ってたりしました。
それから、40年以上が経過しました。もう中国からは考古学的なものは来ないような気がします。私たちは、少しだけ中国に興味を失い、こちらに来て、どんどんお金だけを使ってくれればいいと思い、こちらから中国に出向きたいという気持ちをなくしています。
中国は、とんでもない環境の悪い、政治に関しては自由のない、日本のマナーを知らない、成金趣味のとんでもないヤツラというイメージを増幅させています。
私は、中国に行きたいけどいけず、あこがれを持ちながら、今の政治体制には失望し、もっと中国の人たちが国内でリラックスできたらいいのに、と独り合点で思っている人間です。どうにかならないかな。経済でだけつきあうのではなく、もっといろんな面でつきあいたいと思います。そうなると、自分の英語力をしっかりさせないといけませんね。
京都のことを書きたかったのに、また違う方向へ行ってしまった。あーあ。