どうして私は、いざ飲み出すと、家への連絡も忘れて、そのままズルズル夜遅くまで遊んでいたのでしょう。久しぶりにタガがはずれて、何年ぶりかの二日酔いになりました。お昼まで寝込んでいて、それからも何も食べられず、吐いたりはしなかったですけど、ずっと調子が悪かった。
妻から電話をもらい、1度目は午前1時くらいで、「すぐ帰るよ」と調子のいいことを言い、それから駅に置いた自転車で、普段通らないようなところを走って、帰りにコンビニでアップルデニッシュとカステラパンという、世にも恐ろしい(オデブ専用の菓子パン)ものを買い、ついでにチョコモナカアイスを買い、とことこ自転車をこいでいる時に電話をもらい、帰宅して、フラフラになって寝ましたっけ……。それからのイビキはすごかったそうで、奥さんは睡眠不足にさせられたと、大いに怒っていました。本当に申し訳ない。
お酒で失敗は何度かしていますね。それで昨夜は、飲み過ぎと家への連絡不足がダメでしたね。ただ電話するだけなのに、昨日は帰るのに必死で、家に連絡する知恵が回らなかったようです。
何度失敗しても同じことで、また何年かしたら、同じ失敗を繰り返すことでしょう。もう私の愚かなところです。なかなか学習しませんね。反省します。反省はいくらでもしてもいいのかな……?
お酒の詩人といえば、それは李白さんでした(突然の話題転換!)。高校生の時、イマイチそのよさがわからなくて、つい最近いいのかなと思ったのが、「山中問答」でした。でも、今読んでみると、またよさがわからなくなっています。もう1度見直す意味で取り上げてみましょう!
山中問答 李白
問余何意棲碧山 余(よ)に問ふ 何の意ありてか碧山(へきざん)に棲(す)むと
笑而不答心自閑 笑って答へず 心自(おのず)から閑(かん)なり
桃花流水杳然去 桃花(とうか)流水(りゅうすい)杳然(ようぜん)として去る
別有天地間 別に天地の人間(じんかん)に非(あら)ざる有り
① 世間の人は私に問う、どんなつもりで碧山に住んでいるのかと。
私は笑って答えない。心のなかはおのずから静かなのだ。
桃花が流れる水に落ちてはるか遠くまで去っていく。
ここにこそ俗世間とは異なった別世界があるのだ。
というのが、ネットにありました。それでは私もチャレンジしてみましょう。
② 私は自分自身に訊ねてみたいのだ。何がしたくてこの山中に住んでいるのかと。
何も答えようとしない私は、特にあせるでもなく、イライラするでもなく、穏やかな気持ちだ。
桃の花、あたたかな春の日ざし、流れていく水、それらはどこへ行くともなく流れていく。
私の答えは人間の世界にはなく、この山里の世界の中にある。
自問自答するという私の読みでしたね。それでは、訊ねた問いが浮かんでしまいますが、問うことが大事であって、答えを出すことはどうでもいいのです。答えはそこにあります。流れる水、今咲こうとしている桃の花、生き生きとした山の中での生活、それがすべてなのです。
訊ねてみたいけれど、それは日々答えを確かめる日々であって、答えを型にはめて出したくないのです。型にはめて出してしまったら、なあんだそれ、となるものを、答えとしないで、そこにあるのだと黙ってニヤニヤしていること、この姿勢がステキです。
私だったら、無理矢理、「それは山の中に私の人生が見つかったからだ」とか、「山里の何気ない暮らしが、生きるということなのだ」とか、ご立派そうな答えを出そうとするでしょう。
そんなのが必要のない生活、それがすばらしい。でも、時としてまた訊きたくなるので、すぐ身の回りに答えを見つけて、「ああ、そうだった。これこれ」という顔をしてみたいです。李白さんは、そんな愚かなことはしないんですけどね。
★ 碧山は、青々とした山。 杳然は、はるかなさま。人間(じんかん)は俗世間を表す。
③Question and Answer on the Mountain /Li Bai
Ask me what reason stay green mountain
Smile but not answer heart self idle
Peach blossom flow water far go
Apart have heaven earth in human world
④You ask for what reason I stay on the green mountain,
I smile, but do not answer, my heart is at leisure.
Peach blossom is carried far off by flowing water,
Apart, I have heaven and earth in the human world.
英語で書いてある唐詩もおもしろいですけど、なんだかなという感じです。これで英語圏の皆さんはいいと思うんだろうか。
「別に天地が有り、それは人間(じんかん)にあらず」とは、不思議な言葉です! 特別な世界があり、それは人々の住む世界ではない。大自然なのか、大宇宙なのか、私という個人世界なのか、とにかく、この桃の花が咲き、美しい川が流れる山深い里は、何物にも代えがたいものすごい世界がある。
そんなことが言えたらいいなあ。