廃盤蒐集をやめるための甘美な方法

一度やめると、その後は楽になります。

オーディオの不思議

2015年10月24日 | オーディオ
先日、散らかりっぱなしだったクローゼットの片付けを意を決して敢行したのですが、その時に棚の隙間に何かが挟まっていたので引っ張り出してみると、
それは随分前に処分したものとすっかり思い込んでいたレコードで、これには思わず、うおっ、と声が出てしまいました。


Rita Streich / Singt Lieder von Mozart  ( 西独 DGG LPEM 19080 )

リタ・シュトライヒがモーツァルトの愛らしいリートを歌った小品集で、その道では大変な稀少盤として知られるものですが、声楽というのは四六時中
聴くという類の音楽ではなく、たまにすごく聴きたくなる時があるのでそういう時に聴いて満足していた1枚です。 メジャーレーベルのDGでその看板
歌手のレコードがなんで稀少盤になっているのかよくわからないのですが、とにかく15年前くらいにおそろしく安い値段で見つけてしまい、レコード屋から
走って逃げるように持ち帰った想い出のあるレコードで、それがなんでこんな処に潜りこんでしまっていたのか、今となっては見当もつきません。

これは聴かねば、ということで10数年振りにターンテーブルに乗せたのですが、聴いていくうちに記憶の中に刷り込まれた音とどうも違うぞ、ということに
気が付きました。 買った当時に聴いていた音はいかにもDGのモノラルらしい硬質で引き締まった音だったのに、今聴こえてくるのは透明度と解像度が
上がって残響感豊かな柔らかいリタの声です。 伴奏のピアノもずっと艶やかで澄んだ音。 以前は全体的に硬くフラットで線も細かったのに、今はもっと
奥行き感と立体感があり、音が「起っている」感じがする。 


そこで、これが記憶違いがどうかを確認したくなって、同じように10年以上聴いていないレコードを引っ張り出してきて、久し振りに聴いてみました。



Ⅰ. Gewandhaus Quartett, Leipzig / L.V.Beethoven Streichquartett, Op.131  ( 独 Polydor B29064~72, 78rpm )
Ⅱ. Stross Quartett / L.V.Beethoven Streichquartett, Op.18-4  ( 独 Polydor 15312~4, 78rpm )
Ⅲ. Amar Quartett / G.Verdi Streichquartett, E-Moll  (独 Polydor B29103~107, 78rpm )

長らく聴いていなかったこの辺りのSPはただ単に取り扱いが面倒だから、というだけの理由で埃を被っていただけで、耳にタコがができるくらい聴いて
いるので、記憶はバッチリです。 この3セットも見る人が見れば腰を抜かしてしまう稀少盤ですが、SPは何せマーケットが限られているために
処分するのがとても難しく、聴かなくなっても未だに家にあるわけです。 最後はもう図書館あたりに寄付するとかしかないのかもしれない。

ゲヴァントハウスは何といっても第一ヴァイオリンがエドガー・ヴォルガントの時代のものだし、シュトロスのベートーヴェンの4番はこれでしか聴けないし、
アマールは大作曲家のパウル・ヒンデミットがヴィオラ奏者として参加していた伝説の団体。 値段を付けて売り買いするのは何だか間違っているような
気がします。 インディ・ジョーンズじゃないけど、こういうのは博物館に収めるべきもののような気がする。

で、順番に聴いてみると、やはり以前聴いていた音とは違う音で鳴っています。 どれも音が以前よりも澄んでいて立体的で、雰囲気が全く違うのが
わかります。 特にシュトロスのベートーヴェンはSP末期の録音なので、もう50年代のモノラルLPとまったく同じような鳴り方をしている。
時間が経って、うちのオーディオは音が変わっていたことがわかりました。



音楽マニアにとって、オーディオの問題は避けて通ることはできません。 いい音で聴きたい、というのは万人に共通する想いです。
私もオーディオの四方山話はもちろん好きですが、結局、それが趣味になることはなく、今日まで門外漢のままです。

理由は簡単で、1つはそこにつぎ込むお金がないからです。 だからオーディオ機器のあれが欲しい、これが欲しい、と言ってみてもしょうがない。
お金の話は気合いと熱意で何とかなる、と言われても、物事には限度があります。 もう1つは、やはりオーディオのことを考えるよりも、音楽のことを
考えるほうが自分にとっては楽しいからだと思います。 要するに、優先順位だけの問題です。

オーディオ愛好家の話はいろんな所で目にしますが、いつも不思議に思うのは、頻繁にアンプやらスピーカーやらを取り替える話です。
マメだなあ、元気があるなあと感心する反面、そんなに短期間に取り替えて本当に大丈夫なの?とも思います。
つまり、機器がある程度のパフォーマンスを出すのにはそれなりの時間がかかるんじゃないのかなあ、ということを経験的に知っているからです。 

例えば、携帯音楽プレーヤー用につかっているイヤフォンは1週間のうちの5日、最低でも2時間近く通電していて、猛暑の日も雪の日も雨の日も外気に
さらされて、ケーブルは折れ曲がったり引っ張られたりしながら酷使の限りを尽くされます。 で、結局、一番いい音で鳴っているのは壊れる直前、
つまり使いだしてから3~4年後くらいの時期な訳です。 イヤフォンというのは、つまりスピーカーです。

家の中にあるスピーカーをこれと同じくらいエージングするには一体どのくらいの時間が必要なんだろうと考えると、ちょっとぞっとします。
少なくとも同じ3年とか4年で、というわけにはいかないんじゃないでしょうか。 それなのに、買ってまだそんなに時間が経ってるわけでもないのに、
これはダメだと見切ってしまっていいのかなあ、と疑問に思います。

我が家のオーディオ機器は、もう17年くらい使い続けています。 お金のない若い頃の贅沢なことは当然言えない中で、自分が最終的に鳴らしたい音の
目標を決めて、構成を組みました。 その目標とは簡単で、「50年代のヨーロッパで作られた弦楽四重奏のモノラル盤を一番綺麗に鳴らすこと」でした。
で、たぶん、この目標は現在はジャンルを問わずに実現できているような気がします。 こんなに魅力的な音で鳴らしているのはきっと俺だけだ、と本気で
思っていたりする。 もう今さらこの完成された世界を壊したくないので、オーディオには触るつもりはありません。
まあこういうのは、うちの仔が世界で一番かわいい、と言っているすべての動物の飼い主たちと一緒なんでしょうけど。

10数年振りに出てきたレコードを聴きながら、久し振りにオーディオの不思議さに想いを馳せました。


コメント
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