廃盤蒐集をやめるための甘美な方法

一度やめると、その後は楽になります。

ミンガスの見識の高さ

2020年09月22日 | Jazz LP (Debut)

Ada Moore / Jazz Workshop Vol.Ⅲ  ( 米 Debut DLP-15 )


1991年1月、エイダ・ムーアが癌により64歳で亡くなった際にニューヨーク・タイムズ紙が伝えたところによると、レコード制作には
恵まれなかった彼女も、コンスタントにシンガーとしてずっと活動していたらしい。距離も時間も遠く離れた我々にはそれがどういう
ものだったのかはわからないけれど、歌手として活動していたという話を知ることができるのは嬉しい限りだ。

彼女はこのレコードと、コロンビアにバック・クレイトン、ジミー・ラッシングと共に吹き込んだものしかレコードが残っていない。
その理由はよくわからないけれど、これはあまりに不当な扱いだったのではないか。

ニーナ・シモンとカーメン・マクレーをブレンドしたような声質がビリー・ホリデイのようなフィーリングでぶっきらぼうに歌う様には
圧倒される。1度聴くと、その印象は耳に刻み込まれて忘れることはない。ミンガスが作ったこのレーベルでは唯一のヴォーカル作品で、
ミンガスの鑑識眼の素晴らしさが光る。

このアルバムの素晴らしさは彼女の歌だけに留まらず、バックの演奏の凄さにもある。ジョン・ラ・ポータのアルトの鳴りが素晴らしく、
バックの演奏が歌伴ではなくインスト・ジャズとして通用する演奏で、ヴォーカルと真っ向から対峙している。このアルバムを聴いて
いると、サラ・ヴォーンがパーカーをバックに歌った音源を思い出す。雰囲気がそっくりだ。

音質もビックリするほど良くて、何の手も加えずそのままカッティングしたような生々しく高い音圧が凄まじい。
スピーカーから出てくる音に風圧を感じる。

ヴォーカルも楽器群の演奏も濃厚なジャズのフィーリングに満ち溢れていて、何も手を加えないざらっとした手触りが圧巻。
これこそが、まさに "ジャズ" なのだ。


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マックス・ローチという男(その3)

2019年03月10日 | Jazz LP (Debut)

Max Roach / Quartet featuring Hank Mobley  ( 米 Debut DLP-13 )


これはハンク・モブレーのレコーディング・デビュー作で、1953年4月10日にテナーのワンホーンで録音されている。

1930年にジョージア州イーストマンで生まれたモブレーは20歳になるとプロとして活動を始め、51年にはニュージャージーのニューアーク・クラブのハウス
バンドのメンバーとしてギグに出るようになる。 このハウスバンドのピアノはウォルター・デイヴィスJr.、ドラムがマックス・ローチで、それが縁で
ローチはモブレーとウォルターに声をかけて自身のバンドを作った。 そのバンドで録音したのがこのデビュー・レーベルのレコードということになる。

この演奏を聴くと、モブレーは早熟だったことがわかる。 技術的にはまだ覚束ないけれど、まるでロリンズのような音色で悠然とした演奏をしているのだ。
これを聴いてモブレーだとわかる人はおそらくいないだろう。 このレコードはこのレーベルにしては珍しく録音が良くて、楽器の深い響きが上手く録れて
いるせいもあるけれど、テナーの重く深い残響が響く様子には凄みがある。 私が知っているモブレーのテナーの音色では、これが一番いい。

この頃からローチは自己名義の録音ではドラム・ソロを無遠慮に始めるけれど、このレコードで聴ける彼のソロは悪くない。 殺伐として殺気立った雰囲気が
あり、これは聴かせる。 そして、それに互角に張り合うモブレーのテナーが見事な出来なのだ。 短い演奏時間であっという間に終わってしまうのが
残念だが、このレコードの演奏は粗削りな雰囲気とそれを活かす残響感豊かな音場が素晴らしい。

ローチがモブレーに目を付けたのは慧眼だったと思う。 いけ好かないやつだけど、ある種のセンスがあったのはどうやら間違いなさそうである。
自分が作ったバンドだから仕方ないのかもしれないけれど、このレーベルの趣旨を考えればハンク・モブレーのリーダー作として売り出してもよさそうなのに
そういう気遣いを全くせずにアルバムを出してしまう。 パーカーのバックでドラムを叩き、クリフォード・ブラウンを自己のバンドメンバーとして囲い込み、
ロリンズのサキコロに参加し、常にそうやって天才たちの傍にいることで自己の評価を確立してきたのが、このマックス・ローチという男なのである。


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クルー・カットの青年がデビューした頃

2018年10月27日 | Jazz LP (Debut)

Paul Bley / Introducing  ( 米 Debut DLP-7 )


既存のレコード産業に不満があったチャールズ・ミンガスが妻とマックス・ローチと3人で立ち上げたこのレーベルは、その名の通り、将来有望な新人が世に出るのを
支援するという極めて真っ当な目的でスタートした。 その後の活動を見ても明らかな通り、ミンガスは中々の事業家だと思う。 優秀なブレーンさえいれば、
起業家としても成功したかもしれない。 このレーベルで"デビュー"を飾った面々にはケニー・ドーハム、ハンク・モブレー、テオ・マセロなど重要人物の
名前が並んでいる。そしてカナダからN.Yに来ていたポール・ブレイもここでレコード・デビューを飾っている。ミンガスが自らベースを弾き、アート・
ブレイキーも招いている。

5歳の時にヴァイオリンを始め、11歳でモントリオールの音楽院の学位を取るような早熟だったらしいが、その頃からベイシーやウディ・ハーマンのレコードを
聴きながらジャズ・ピアノも弾き始めており、早くからジャズを志向していた。 その成果がわかる内容で、その後の活動ぶりが信じられないような純正統派な
バップ・ピアノ・トリオなのが面白い。 如何にも白人の弾くピアノで、いわゆるジャズのフィーリングは希薄であり、そこが当時は新しかったのかもしれない。
"Split Kick" がとてもこなれた感じになっているので、この人もホレス・シルヴァーを懸命にコピーしていたクチかもしれない。

裏ジャケットのライナー・ノートにはこの人の風貌がジャズ・ミュージシャンらしくない(大学教授のようなクルー・カット)ことが色々書かれているが、
彼が60年代以降どういうファッションになっていくのかを知っている我々の眼から見ればこの記述は微笑ましい。 そして風貌の変容ぶり以上に、彼の音楽が
このアルバムの内容からは想像すらできないほど変わっていくのだから、芸術というのはわからないものだ。 そのスタート時点としてこれがある、というのを
知っておくのは重要なことだと思う。


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ミンガスの慧眼

2018年10月21日 | Jazz LP (Debut)

John Dennis / New Piano Expressions  ( 米 Debut DEB-121 )


最近聴いて、ちょっと驚いたこのレコード。 エサ箱では時々見かけるので特に珍しい訳でもなく、マイナー・ピアノトリオにはあまり興味がないのでこれまで
聴こうという気にもなれずにいたが、新品同様の状態で転がっているのを見て、こんなところに置いてたらすぐに傷んでしまうじゃないかと不憫になった。
そういう感心しない動機だったので期待もせずに聴き始めたが、すぐに耳が釘付けになった。

ジャズピアノの基本がとてもしっかりとしているライン上にこの人の新鮮な感覚で作り出すフレーズの洪水が溢れていて、「これは凄い」と1人で小躍りした。
A面は自作のオリジナル曲で固められているが、メロディーが美しく、想像力の自由な飛翔が感じられる楽曲が並んでいる。 それは頭で考えて練られたフレーズ
というよりは、思うがままにピアノを弾いていく中で書き留められたもののような自然さと自由さを感じる。 アドリブラインも今まで聴いたことがないようなもの
ばかりで、それらが美しいタッチで紡がれていくのを唖然としながら見ているような感覚になる。

この人のアルバムはこれ1枚しかないようだ。 後は同じこのレーベルのサド・ジョーンズのリーダー作で弾いているくらいしかなさそうである。 唯一の情報は
裏ジャケットのライナーノートに少しだけ言及された経歴だけ。 4歳からピアノを弾き始めて、16歳までは地元の教会なんかで演奏していた。 その後地方都市を
転々としながらギグに顔を出し、アトランティック・シティーではワイルド・ビル・デイヴィスやチャーリー・パーカーとも共演していたらしい。

その後どういう経緯でミンガスに見出されたのかは不明だが、自身がベースを弾いてちゃんとリーダー作も出してやるなど、かなり気に入られたようだ。
ミンガスもベースソロでは唸り声を発しながら熱演している。 音質もまずまずで、問題なく演奏の素晴らしさを堪能できる。 
さすがはミンガス、その慧眼振りは本物だったのだと思う。


コメント (2)
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