Roland Kirk / Now Please Dont't You Cry, Beautiful Edith ( 米 Verve V6-8709 )
ハズレなしのアーティストと言えば、誰と答えるだろう。 ビル・エヴァンス? マイルス・デイヴィス? まあ、それはそうだろう。
でも、そういう時にローランド・カークの名前を挙げるのを忘れてもらっては困る。 私の知っている範囲では、カークのアルバムにハズレはない。
こうやってブログを書く時にどのアルバムから手を付ければいいのかわからないくらいなのだ。
そんな中で私が一番好きなアルバムはたぶんこれになる。 ロニー・リストン・スミスのピアノ・トリオをバックにカークがゆったりとスタンダード系を吹く。
このアルバム全編に漂う淡いレイドバックした良い雰囲気はたまらない。 片足をレア・グルーヴに突っ込んだような、ゆったりとしたディープな
フィーリングには酔わされる。 マーキュリーとアトランティックの間に挟まれてなぜか1枚だけヴァーヴからリリースされていて、クリード・テイラーの
プロデュースが功を奏したのか非常にポップで洗練されていて、そういう意味ではローランド・カークの一般的イメージからはかけ離れた音楽だろう。
何よりロニー・リストンのピアノとそのトリオの演奏が絶品。 ゆったりとタメが効いて抑制された演奏が全体のいい雰囲気を作るのに貢献している。
生ピアノなのになぜかフェンダーローズの演奏のようなムードを醸し出しており、これには驚かされる。 このピアノを聴いていると、この辺りから
時代が変わっていったんだなあと思う。
カークは要所要所でマルチプレイでアクセントを付けるけれど、基本はワンホーンでゆったりと吹く。 過剰さを封印し、じっくりと聴かせる演奏だ。
言うまでもなく、この人の管楽器の演奏は超一流。 楽器がきれいな音でしっかりと鳴るし、音程も正確、それでいて深い感情表現ができて完璧だろう。
ローランド・カークは溢れ出る過剰なものに突き動かされて音楽を創っていったけれど、独り善がりなものではなく、ポップで判りやすい音楽を望んだ。
だから、本人としてもこの作品はきっと会心の出来だったのではないだろうか。
このアルバムはステレオプレスで聴くのがいい。 音質はとてもよく、この音楽の紫煙漂うようなまろやかな雰囲気はステレオ感の中でこそ活きる。
キャリアの中ではフッと息を抜いたように創られたアルバムだと思うが、これが心に深く喰い込んでくる傑作となった。