廃盤蒐集をやめるための甘美な方法

一度やめると、その後は楽になります。

廉価レーベルのオリジナル

2024年08月18日 | Jazz LP (Vocal)

Mel Torme / The Touch Of Your Lips  ( 米 Venise 7021 )


メル・トーメのレコードを探していく過程で懸案となるのは、廉価レーベルからリリースされているアルバムの存在である。

これはジャズに限った話ではないが、アメリカのレーベルにはメジャーレーベル、マイナーレーベルとは別に、廉価レーベルというのががある。
まあマイナーレーベルと言えばマイナーレーベルなんだけど、その中でも際立って資金力が乏しく、粗悪な材質でレコードを製造し、販路も
正規のレコード店ではなくスーパーやドラッグ・ストアなんかがメインだった。カタログの内容も、レーベル独自の企画もあれば別の会社が
録音したものを買ってきたものもある玉石混淆で、訳がわからない。

よく知られているところでは、Royale、Allegro、Tops、Remingtonなんかがあって、これらが暗躍したのは主にクラシック音楽である。
クラシック音楽の世界ではアメリカというのは巨大な未開の地だったのでレーベルや権利関係がいい加減で、そのせいで製作されたレコードも
かなり混乱していたが、だからと言って無視できる存在ではなく、例えばジョルジュ・エネスコのバッハの無伴奏ヴァイオリン・ソナタ集なんかは
完品が市場に出れば3百万円は下らない値段が付く。そういう中でジャズのレコードも僅かではあるが制作されていて、その中にメル・トーメの
レコードがいくつか含まれる訳だ。

このVeniseという聞いたことがないレーベルから出ているレコードもどうやらこれがオリジナルのようである。デイヴ・ペルのプロデュースで
マーティー・ペイチが編曲と指揮をしているとのことだが、本当かよ?と疑ってしまうような作りのチープさに困ってしまうのだが、更に困って
しまうのが、この内容の素晴らしさである。甘美なストリングスをバックにしっとりと歌い上げたブルー・バラード集で、同時期にベツレヘムから
出された "It's A Blue World" と似た内容だが、こちらの方が出来がいい。完璧に抑制された歌い方で丁寧に歌われる曲はどれも素晴らしくて
聴き惚れる。音もクリアで艶やかで、廉価レーベルのレコードとはとても思えない。





Mel Torme / Sings  ( 米 Allegro Elite 4117 )

アレグロ盤特有のスカ盤の10インチでこれ以上のチープなレコードは他にはない感じだが、これもれっきとしたオリジナル。
こちらは若い頃の歌唱のようで音質もあまりよくないが、これでしか聴くことのできないものばかりで貴重な1枚。
尤も、よほどのメル・トーメ好きでなければ買う必要はないだろうと思う。

どちらもユニオンに出ればワンコインのレコードだが、男性ヴォーカルは人気がない分野なのでレコード自体の回転が悪く、入手は困難を極める。
売れば金になる高額盤は次から次へといくらでも出てくるが、こういう安レコが実は1番難しく、正に10年に1~2度見かければ御の字であり、
これこそが究極の「レコード道」なのではないかといつも思うのである。



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記念すべきプレスティッジ第1号

2024年08月10日 | Jazz LP (Prestige)

Billy Taylor / A Touch Of Taylor  ( 米 Prestige Records PRLP 7001 )


レコードがたくさん残っているビリー・テイラーも、そのキャリアのスタート当時はダウンビート誌のナット・ヘントフが「今日のニューヨークで
最も過小評価されているピアニスト」と嘆くような感じだった。これと言って話題になるような活動をしているわけでもないことから人々の目に
留まることがないだけなんだろうが、そんな彼にレコーディングの機会を提供したのがボブ・ワインストックだった。彼が栄光の12インチ時代の
幕開けとなる7000番台の記念すべき第1号に選んだのはマイルスでもなければスタン・ゲッツでもなく、ビリー・テイラーだった。ブルーノートは
マイルス・デイヴィス、リヴァーサイドはセロニアス・モンク、サヴォイはチャーリー・パーカーだったことを考えると、ワインストックが如何に
ビリー・テイラーに期待していたかがよくわかる。

プレスティッジを巣立った後はいろんなレーベルに録音を残し、知名度も上がっていくにつれて演奏の表情は明るくなっていき、その印象が
一般的なものとして定着しているけれど、プレスティッジ時代はそういうのとは雰囲気が少し違っている。どことなく遠慮気味で謙虚さがあり、
「私のことはご存知ないかもしれませんが、少しでいいでの私の演奏を聴いていってもらえませんか?」と言っているような雰囲気がある。
そして、その演奏は控えめながらも上質で品格があり、エレガントにスイングしている。それでいて音楽の核心へと真っ直ぐに切り込んで
いくような率直さもあって、安っぽいエンターテインメントには決して堕することもなく、才能の飛沫を感じる。

特にこのアルバムはスタンダードを入れず、ほとんどを自作で固めているお陰でいつ聴いても新鮮で、ありふれたピアノ・トリオのアルバムとは
一線を画している。どの曲も耳当たりが良く、穏やかな曲想のものが多い。 自作の "A Bientot" を聴いていると、この人の澄み切った心象風景が
目の前に浮かび上がってくる。誰もそうは思わないかもしれないが、このアルバムは3大レーベルの一角を占めるレーベルの第1号に相応しい。



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