廃盤蒐集をやめるための甘美な方法

一度やめると、その後は楽になります。

ハービー・ハンコックのデビュー

2024年07月29日 | Jazz LP

Herbie Hancock / Jammin' With Herbie Hancock  ( 米 tcb Records TCB 1006 )


ハービー・ハンコックのプロ・デビューはドナルド・バードとペッパー・アダムスの双頭コンボに加わったところから始まっている。その時の記録は
ワーウィック・レーベルから1枚のアルバムとしてだけ残されたが、このセッションには別テイクが残っており、それらがワーウィックが倒産後に
こういう形で1970年に流出した。この頃は既にビッグ・ネームとなっていたハンコックの名前を使ってこっそりと売りに出された半ば海賊盤の
ようなリリースだったようだが、これはワーウィック盤を愛する人にとっては聴き逃せない内容となっている。

著作権に抵触しないように各楽曲の曲名はすべて別の名前に変えられていて、更に原盤には収録されなかったスタンダードも含めて、これと
ワーウィック盤の2枚を聴くことで、この時のセッションの全容が把握できるようになっている。各曲はテーマ部の管楽器のパートはカット
されていて、ハービーのソロから始まるように編集されており、なかなか手の込んだ隠蔽の跡が見て取れる。

この時の演奏は5人が5人とも何の屈託もなく実に気持ち良さそうに伸び伸びと演奏しており、彼らの爽やかな心象風景がきれいに描かれている
ところが1番の魅力。何と気持ちのいい若者たちだろう、とこちらの心が洗われるような爽快感のある音楽であるところが素晴らしい。

ハービーの演奏から始まる楽曲を聴いていると、ハービーはデビュー当時から既にハービー・ハンコックだったんだなあということがわかる。
それまでのピアニストたちとはまったく違うタッチ、新鮮なフレーズ、そのどれもがバド・パウエルの呪縛とは無縁のまったく新しい語法で、
このピアノを聴いたドナルド・バードは新しい時代の扉が開くのを感じたのではないだろうか。

このアルバムは1970年にリリースされているが、既に大スターとなっていたハービーにあやかっての作り方となっていて紛らわしい。
ただ、音質は良好で音楽はしっかりと楽しめる。後年スペインのFresh Soundsから色違いのジャケットでVol.2という体裁で出されたはずだが、
あちらは音質が期待できないのでこれで聴くのが1番いいのだろう。








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本格派のモダン・ジャズ

2024年07月21日 | jazz LP (Atlantic)

Harry Lookofsky / Stringsville  ( 米 Atlantic Records 1319 )


ジャズの世界でヴァイオリンと言えばステファン・グラッペリやジョー・ヴェヌーティ、レイ・ナンスが頭に浮かぶが、彼らの音楽はモダンからは
距離があり、日常的に聴こうという気にはあまりなれない。そう考えると、モダン・ジャズに正面から取り組んだヴァイオリンと言うと、
おそらくはこのアルバムが唯一のものかもしれない。ハープやフルート、オーボエなんかでジャズをやっているアルバムはそこそこあるのに、
ソロ演奏に向いているヴァイオリンのアルバムがほとんどないのはよく考えると不思議だ。

このアルバムはハンク・ジョーンズ、ミルト・ヒントン、ポール・チェンバース、エルヴィン・ジョーンズがバックを務める本格派のモダン・ジャズで、
全体的に素晴らしい音楽が展開される。特にハンク・ジョーンズの演奏が光っており、"Somethin' Else" で聴けるような音数を抑えた漆黒のシングル
トーンが見事だ。ずっしりとした重量感のあるサウンドで、腰の据わった素晴らしいジャズが聴ける。

冒頭の " 'Round Midnight" がダークな雰囲気の名演で、原曲の曲想をうまく生かした展開はこの曲の数ある名演の中に列挙される。この曲はその
曲想が素晴らしいので、変に崩して演奏してもらっては困る。よく取り上げられる楽曲だがそれをわかっている演奏は意外に少ないので、これは
貴重な演奏である。

ヴァイオリンだけでは単調になると思ったか、管楽器を少し入れた演奏も含まれるが、飽くまでも軽いオブリガート程度のサポートでしっかりと
ルーコフスキーが主役の演奏となっている。演奏に重みを付けるためにテノール・ヴァイオリンも使っていて、なかなかよく考えられた構成にも
なっている。ヴァイオリンだけが目立つことなく、全体的に厚みのあるしっかりとした音楽になっているところが非常に素晴らしい。

西洋音楽の主役であるヴァイオリンもジャズの世界では肩身が狭かったのか、これだけのアルバムが作れるにも関わらず、この人のアルバムは
この1枚だけで終わった。もともとジャズという音楽はクラシック音楽の要素の流入を頑なに拒んできたようなところがあるし、当時は聴き手も
敢えてそれを望まなかったのだろう。でも、私は寺井尚子のデビューアルバムは大傑作だと思うし、決して親和性が低いとは全然思わない。
今後はもっと増えて欲しいと思う。



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廃盤レコード店の想い出 ~ 川崎TOPS編

2024年07月13日 | 廃盤レコード店

Harold "Shorty" Baker / The Broadway Beat  ( 米 King Records 608 )


ネットを見ていたら、少し前に閉店した川崎の中古レコード店TOPSのご主人だった渡辺さんが亡くなられたらしい、という話が出ていた。
本当なのかどうかは確かめようがないのでそのことにはこれ以上触れず、まだ想い出話をするには記憶が生々しいけれど、それでも楽しく
通ったこのお店への感謝を込めて私の想い出を少し書き記しておこうと思う。

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トップスのことを知ったのはもう十数年前のことで、ネットでレコード店を検索していた中でのことだったと思う。在庫の回転が遅いので
頻繁にお店に行くことはなかったが、四季の移り変わりに合わせて年に4回くらいの感じでお邪魔していた。お店のHPは大体2~3カ月に1度
くらいの頻度で更新されて、新着レコードが店頭に出ていた。最初の何年かはお店に入る時に会釈するくらいだったが、そのうちに少しずつ
お話をさせていただくようになり、後半は毎回小1時間くらい雑談をするようになった。優しく気さくな方で、レコードを買う目的が半分、
雑談する目的が半分くらいの感じでお店に行っていた。

店内の雑然として何もかもが色褪せた感じに最初は面喰ったが、いざ在庫を見ていくうちにこれは尋常じゃないということに気付く。
通ううちに、このお店は国内最高のジャズレコード店だと確信するようになった。

とにかく、各アーティストのアルバムがカタログ番号順的にほとんどと言っていいくらい順番に常時揃っていることが何より驚異的だった。
1枚売れても、いつの間にか欠番が補充されている。買い取りで仕入れたらすぐに店頭に出して、を繰り返すスタイルではなく、店頭には
常時そのアーティストの主要なタイトルは番号順に揃えておく、というポリシーのようなものに基づいてレコードが並んでいた。
もちろん、定番の人気作は何度出してもすぐに売れてしまうので欠番になっているものは多かったが、人気の有る無しや高額低額という基準
ではなく、そのアーティストの作ったアルバムにはすべて同等の価値がある、という考えに基づいて在庫が揃えられているのは明からだった。
だから、あるアーティストのとある地味なアルバムが急に聴きたくなった時にHP上の在庫リストを見るとほぼ間違いなく在庫があるという、
ちょっと他のお店では考えられない買い方ができるところで、そういう意味でここは最高のお店だと私は思っていた。在庫のラインナップは
中古レコード店というよりは、まるで図書館のそれを思わせた。

更に驚かされるのは、それらのレコードの多くが傷のないニアミント状態だということだった。在庫として残っているのは傷盤ばかり、という
他のお店とはまるで違う光景が広がっていた。美品であることをことさら大げさに宣伝する他のお店のようなことは一切せず、美品であることは
当たり前でそれが何か?という感じだった。

値付けは昔の廃盤店のイメージを崩さす、その時の市場価格の動向などに左右されることなく、3千円~8千円あたりが主力帯だった。
高額盤に利益を頼るような売り方はせず、飽くまでもレコード1枚1枚を大事に売っていくというスタイルだった。高額廃盤も少しだがあること
にはあって、店の奥の棚の上にジャケットだけを無造作に少し並べてあった。本当はこんな高いレコードは売りたくないんだけど・・・という
風情で、どちらかと言えば仕方なく出してあるという感じだった。ジャケットだけを古びたビニール袋に入れて立てかけてあるので、中には
湾曲しているものもあったりしたが、そんなことにはお構いなしという感じだった。

渡辺さんのヴォーカル好きを反映してかヴォーカルの在庫が特に充実していて、その物量やラインナップは圧巻だった。ここにくれば大抵の
ものは見つかった。ビッグ・バンドやオールド・ジャズも同様に充実していて、他のお店のように人気が無く売れ残ったから仕方なく在庫がある、
というのではなく、ちゃんと意図して在庫が揃えられていた。

人気のある高額盤や俗に言う「大物」ばかりを仕入れて大袈裟に宣伝して集客するということは一切せず、各アーティストの作品群をレーベル別に
できるだけたくさん揃えて店頭に並べて、それらをリストとしてひっそりと公開し、日々お客さんが来るのを待つというスタイルはおそらくこの
お店以外では見られないスタイルだったろうと思う。渡辺さんに言わせると「全部1人でやっているから大変でそこまでいろんなことはできないよ、
パソコンのこともよくわからないし」ということだったけど、その穏和な人柄の裏には寡黙な哲学が硬い岩盤のように隠れていた明らかだった。

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店を始めた頃はアメリカによく買い付けに行っていたそうで、その時の話を聞くのが面白かった。別に店をやるわけではないけれど、いつか
私もそういう旅をしてみたいと思った。東京の中古レコード屋同士の繋がりの話やお店に来るお客の話や、その他いろんな話をゆるい感じで
よくした。ジャズのレコードが好き、という共通点だけでよくもまあこれだけ話が続くものだと思いながらも、私がそろそろ話しを切り上げて
帰ろうとすると、「そういえば、」とか「ところで・・・」と引き留められることもあったりして、そんな感じだからここに行くときは休日ではなく、
平日に行くようにしていた。

数年前に癌の手術で入院してからはだいぶ気が弱くなったようで、お店を引き継いでくれる人がいないかを探していたりもした。結構問い合わせが
あったらしいけどうまく見つからず、やがては探すのは諦めたようだった。私の印象ではそんなに真剣に探していたような感じではなかったし、
ずっと黒字経営だったことがささやかな誇りだったから、簡単には手放すつもりもなかったのだろう。「どう?買わない?」と訊かれたけど、
そんなお金があるわけないし、来るか来ないかわからないお客を待って店にずっと座っているなんて私にはできないと言うと、笑っていた。

年に数回訪れる程度だったので、行く時はいつもまとめ買いをすることが多くて、毎回1割くらいは値引きをしてくれた。このお店で買ったものは
いつも携帯のメモ帳に記録していて、次に来た時に買おうと思うアルバムを備忘録として書くことにしていた。それによると、私が最後に行った
のは2023年7月1日で、19,000円分買って17,000円に値引きしてくれている。

渡辺さんはHPに簡単なブログを書いていていつもそれを楽しく読んでいたのだが、その年の12月に体調不良でしばらく休むという記事が上がった。
養生に専念するので再開は未定とのことで心配していたが、春先に店の中がすべて片付けられて店舗は空っぽになった。登るのが大変な急な階段の
先にいつも立っていたエリック・クラプトンのポスターも何もかもがきれいになくなっていた。お店のHPも削除されてしまい、もう見ることは
できない。完全に終わったということなんだろう。最後に話した時に倉庫にまだ在庫が2,000枚くらいあると言ってけど、それらを含めてお店に
出ていたあの大量のレコードはどうなったのだろう。

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ここで買ったレコードはたくさんあるが、このショーティー・ベイカーもその中の1枚。ユニオンで出れば2~3,000円くらいなのはわかっている
けれど、こういうオーセンティックで由緒正しいレコードはこういうオーセンティックなお店で買うのが相応しいので、その倍くらいの値段で
買った。盤もジャケットも新品同様である。こういうレコードは持っているだけで嬉しい。ジャケットも最高だ。

ハロルド・ショーティー・ベイカーがワンホーンで軽快に伸び伸びと吹き切る明るく穏やかなアルバムで、エリントニアンのレコードの中では
私はこれが一番好きだ。"Love Me Or Leave Me" や "Close Your Eyes" なんかでは意外とモダンな横顔が垣間見える。本腰を入れて何年も探さないと
手に入らないタイプのレコードだけど、これでしか聴くことのできない愉楽が詰まった素晴らしいレコード。

トップスはこういうレコードと出会える得難いお店だった。レコードを一通り見ようと思ったら1時間ではとても足りず、時間をかけて何枚か
選んで、渡辺さんと他愛もない話をして、傍のドトールで煙草を何本か吸ってから帰る、そういう穏やかな日々は失われてしまったけれど、
その想い出はレコードと共にいつまでも残るだろう。



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70年代に向けた萌芽

2024年07月06日 | Jazz LP (Prestige)

Herbie Mann, Bobby Jaspar / Flute Souffle  ( 米 Prestige Records PRLP 7101 )


プレスティッジと言えばマイルスだったりロリンズだったりコルトレーンのイメージがあり、演奏者のプレイそのものに集中して聴くことが多い
けれど、ハービー・マンもボビー・ジャスパーもフルートとテナーの両刀使いで、どちらがどの演奏なのかよくわからないこともあり、演奏の個性を
愉しもうという聴き方をするとあまり面白くないということになって駄盤扱いされがちである。ところがこういうタイプのレコードは音楽自体を
味わおうと思って聴くとまったく違った感想が湧いてきて、認識が変わるものである。

冒頭の " Tel Aviv " はハービー・マンが作ったマイナー・キーの曲だが、これがとてもいい。ほの暗く、ゆったりと大きく揺れるような感覚。
テナーはおそらくボビー・ジャスパーだろうと思うが静かに枯れた演奏で味わい深く、トミー・フラナガンのピアノが端正で穏やかで素晴らしい。
プレスティッジらしい、憂いに満ちた曲想に魅了される。この1曲で、このアルバムは名盤確定である。

B面冒頭の " Let's March" も同様にハービー・マン作だが、これもマイナー・キーの佳曲。ここでもフラナガンのピアノがエレガントで素晴らしい。
ウェンデル・マーシャルのベースがイン・テンポでよく弾んでおり、これが楽曲の良さを更に引き立ていて見事だ。

ハービー・マンは50年代からいろんなレーベルに録音があってレコードはたくさんあるけど、それらを聴いてもあまり面白くない。この人の真価が
発揮されるのは70年代に入って以降である。多作家で作品はものすごくたくさんあるので聴いていくのは大変だけど、素晴らしいものが結構あって
驚かされる。フルートという楽器はハード・バップという音楽形式には根本的に馴染まず、その良さを発揮することはなかったけど、音楽が多様化
する70年代以降になるとこの人の独特の音楽センスが花開いた感がある。このアルバムはその萌芽が感じられるところがある。



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