廃盤蒐集をやめるための甘美な方法

一度やめると、その後は楽になります。

「圧」のない、シルキーなサウンド

2020年06月11日 | Jazz LP (Trend / Kapp)

Claude Thormhill / Play The Great Jazz Arrengements Of Gerry Mulligan And Ralph Aldrich  ( 米 Trend TL -1002 )


"Dream Suff !" がスロー・サイドだったのに対して、こちらはアップ・サイドで、快活な楽曲が並んでいる。ジェリー・マリガンの編曲にはさほど感心
するところはないように思うけれど、当時のアメリカでは重宝がられていたようだ。ラルフ・オルドリッチは何者なのかはよく知らない。

ビッグ・バンドが嫌いな人は多数の楽器の合奏がもたらす「圧」が苦手なことが多いが、このオケにはそういううるさい「圧」はない。全楽器が
音を鳴らしても、独特のシルクのような繊細なハーモニーとなって現れる。ビッグ・バンドでこういうハーモニーを出す例を他には知らない、
だから、アップ・サイドであっても穏やかな気持ちで聴くことができる。

テナーやアルトらのリードが活躍する箇所もあり、ちゃんとジャズとしての快楽も味わえる。クラシックと同じような演奏をしても面白くない。
ビッグ・バンド・ジャズにはそれでしか味わえない魅力があるのであり、それが無ければわざわざ聴く価値はないだろう。そういうポイントを
外さずに、素晴らしいオーケストレーションが響き渡るのだ。

ソーンヒルの正規音源はその高名さを考えるとあまりにも少ない。録音にあまり積極的ではなかったようで、それが残念なところだ。
アメリカではビッグ・バンドは人気が高い分野で需要はたくさんあっただろうに、レコードが少ないのがもったいない。

昔、スペインのフレッシュ・サウンズがRCA音源の12インチ盤をリリースして、あれのオリジナルを必死で探したものだが、どうやら12インチ
としてのオリジナルは存在しないらしい。一体どうやって12インチ化したのかよくわからないが、わざわざ自前でそういう編集をしてまで
レコードを作ってしまうあのレーベル・オーナーの見識はすごいと思ったものだ。そこまでやってしまう気持ちは私にもよくわかる。


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音楽であるような、ないような

2020年06月09日 | Jazz LP (Trend / Kapp)

Claude Thornhill And His Orcchestra / Dream Stuff !  ( 米 Trend TL-1001 )


オーケストラやビッグ・バンドを自分の楽器のように自在に操るのが優れたコンダクターだとよく言われる。フルトヴェングラーとベルリン・フィル、
ブルーノ・ワルターとウィーン・フィル、デューク・エリントン、カウント・ベイシー、高名なオケのリーダーらはみんなそうだ。自分の手でオケの
各楽器1つ1つを演奏しているわけでもないのに、その人でしか鳴らないサウンドがあるから不思議だ。同じオケであっても指揮者が変わるだけで
そのサウンドはガラリと変わってしまう。これは音楽の世界の大きな謎の1つだ。

クロード・ソーンヒルもそういう唯一無二の音楽をやった稀有なオーケストラの1つで、1965年に56歳という若さで亡くなった後、このオケを誰も
継承できなかった。ギル・エヴァンスがメイン・アレンジャーだったこのビッグ・バンドのサウンドは「まるでエーテルのよう」と例えられて、
どこまでも続く濃霧の中を彷徨うような浮遊感と不協和音を隠し味にした不安気な響きで我々を別世界へと連れて行く。

このバンドのテーマ曲である "Snowfall" はソーンヒルの心象風景をありのまま映し出した内容で、このバンドのコンセプトの土台となっている。
それは空から音もなく舞い降りてくる羽毛のような無数の綿雪のように、我々の心の中に降り積もっていく。いつの間にか辺りは静かな雪景色へと
変わっている。空気は冷たく透き通っている。音楽と風景の境目は無くなり、1人ぽつんとその中に佇んでいることに気が付く。

この楽団が残した音楽はそういう無意識下に沈んでいた感覚を呼び戻すようなものだった。ジャズという入り口から中に入るけれど、その後は
各々の記憶や時間の中で如何ようにも変質していく。音楽であるような、音楽ではないような、何か違う物に変わっていく感覚がある。



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慎ましい生き方

2015年08月09日 | Jazz LP (Trend / Kapp)

Matt Dennis / Plays And Sings  ( Trend TL-1500 )


アメリカの音楽界ではとてもいい曲をたくさん作っているうちに有名アーティストの目に留まって取り上げられるようになって、やがては自身も
歌手として表舞台に立つようになるタイプの人がいます。 例えばスティーヴン・ビショップやカーラ・ボノフなんかがそれに該当しますが、
ジャズの世界でのこのマット・デニスこそがそういうタイプの先駆けだったのかもしれません。豊かな音楽の才能があるにも関わらず表現者
としての欲はあまりなくて、愛情込めて創った作品を控えめに発表できればそれで十分、という慎ましい生き方です。

1940年代にトミー・ドーシー楽団にアレンジャー兼作曲家として雇われますが、その時のこの楽団の専属歌手がフランク・シナトラで、
2人はここで仲良くなります。 この楽団のために書いた "Everything Happens To Me" をシナトラが歌って大ヒットし、それ以来、シナトラは
マット・デニスの曲たちを生涯に渡って愛唱するようになります。 そのおかげで、マット・デニスの名前は有名になりました。 
SP時代に単発でレコードはぼちぼち作られていましたが、1953年にTRENDレーベルから自身名義の初のアルバムを出したのがこのレコードです。

このトレンドというレーベルは1953年にロスで設立されて、音楽監督にはデイヴ・ペルが就任しました。その影響もあって、このレーベルは
デイヴ・ペルをはじめ、ジェリー・フィールディング、クロード・ソーンヒル、ジョン・グラースやボーカルではベティ・ベネット、
ルーシー・アン・ポーク、ハイ・ローズなどの白人ミュージシャンによる趣味の良い音楽が録音されて、当時から通には評判がよかったのですが
ヒット作に恵まれず、1955年の春にあっけなく倒産してしまいます。 ただ、録音資産が優良だったため、1956年2月に KAPP Records が
これを買取り、そのカタログは KAPPレーベルとして再度プレスされて発売されました。 でも、このレーベルも1957年12月に活動停止して
しまいます。

マット・デニスはその後はTops、Jubilee、RCAなどからアルバムを出しますが、内容的にはこのファーストアルバムが自身の代表曲の全てが
詰まっていることもあり、一番この人らしい音楽が聴けます。 ロスの小さなクラブ "Tally-Ho" での弾き語りライヴですが、そのこなれた演奏と
歌には相当な年季を感じます。 マットの歌声は声量はないし、ビブラートをかけているのかただ震えているだけなのかよくわからないし、
とお世辞にも上手い歌い手とはいえませんが、十分なペーソスを感じさせるところがあり、二枚目的な声質のせいもあって、一度聴くと忘れ難い
余韻と記憶が残ります。 

しかし、管楽器のインストものが "Will You Still Be Mine" や "Junior And Julie" を取り上げてこなかったのはなぜなんだろう? 
シナトラがあまり歌わなかったせいなのかもしれませんが、いつも不思議に思います。


コメント (2)
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