廃盤蒐集をやめるための甘美な方法

一度やめると、その後は楽になります。

複雑な思い(2)

2024年06月15日 | Jazz LP (Pacific Jazz / World Pacific)

Bud Shank / Bud Shank Plays Tenor  ( 米 Pacific Jazz Records PJ-4 )


バド・シャンクのレコードはたくさん残っていていろいろ聴いてきたが、いいと思えたアルバムは非常に少ない。アルバム作りが下手だったという
ことなんだろうけど、そんな中でこのアルバムは出来がいいと思った数少ない一枚。

まず、楽器の持ち替えをせず、サックス1本でじっくりと吹いたところが何よりいい。正直言って、この人のフルートには良さは何もないと思う
けど、本人は気に入っていたのか、アルバムの中で多用した。でも、これが聴いていてまったく面白くない。早く次の曲に行ってくんねえかな、
と思いながら聴くことになり、面白くないからそのアルバムは聴かなくなるのだが、このアルバムにはそれがない。

そして、意外にもテナーの演奏に味わいがある。音色はズート・シムズに似ていて、フレーズはスタン・ゲッツによく似ている。イメージしやすい
ように説明するとそういうことになるが、それらの物真似をしているということではなく、この人独自の個性として演奏によく表れている。
音色に深みがあり、リズムによく乗る演奏で素晴らしいと思う。ズートやゲッツのワン・ホーンアルバムを聴いた時と同様の満足感が残る。

バックのトリオは当時の常設メンバーで "Quartet" と同じだが、こちらの演奏は悪くない。クロード・ウィリアムソンも別人のような陰影感のある
演奏をしており、音楽全体が上質な仕上がりになっている。このアルバムはワン・ホーン・テナーの傑作と言っていい。

でも、それがアルト奏者だったはずのバド・シャンクのアルバムだと言うところがなかなか複雑なのである。たくさんのアルバムを作る機会があり、
実力も十分あったはずなのに、なぜアルトでこれが出来なかったのかと文句の1つも言いたくなる。これは57年の録音で、彼は60年代に入っても
アルバムを作ったがイージーリスニングの色が濃くなり、ジャズの主流からは遠のいていく。渡欧せずアメリカに残って音楽で食っていくには
そうするしかなかったわけだが、おそらくそれは本意ではなかっただろう。50年代後半のごく限られた短い時期にどれだけの傑作を残せたかで
その後の評価が決まったこの世界で決定打が出なかったのは何とも惜しいことだった。



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複雑な思い

2024年06月08日 | Jazz LP (Pacific Jazz / World Pacific)

Bud Shank / Bud Shank Quartet  ( 米 Pacific Jazz Records PJ-1215 )


バド・シャンクと言えばまずはこれなんだろうけど、このアルバムを語るのは難しい。

バド・シャンクを素晴らしいアルト奏者だと認識したのは、とある動画を見た時だった。(https://www.youtube.com/watch?v=P-keeHBoz8A
ワンホーンで前傾姿勢と取りながらひたむきに疾走する演奏がカッコよく、なんて素晴らしいんだろうと思った。そして、この素晴らしさが
彼のレコードには収められていないのが残念だなあとも思った。

退屈なアレンジものを量産した西海岸のレーベルの中でこのレコードは目を引く存在だ。アンサンブル要員の1人に過ぎなかった彼が群れの中から
抜け出してワンホーンで臨んだ作品で、ジャケットの意匠も素晴らしく、本来であれば名盤となるはずだっただろうけど、そうはならなかった。

まず、バックのピアノ・トリオの演奏が単調過ぎる。クロード・ウィリアムソンの悪いところが出ていて、抑揚も陰影もなく一本調子な演奏は
単調で味気ない。ベースとドラムの演奏も弱々しくて覇気がなく、音楽に厚みがない。この凡庸さが悪目立ちしていて、バド・シャンクの演奏の
良さを感じる上で障害物になっている。

選曲もあまり良くなくて、音楽的魅力に欠ける。演奏仲間のボブ・クーパーやウィリアムソン作の曲を取り上げる気持ちはわかるけど、楽曲と
してはつまらないし、そこにエリントンやマイルスの曲を入れても喰い合わせが悪い。せっかく "All This And Heaven Too" なんていうメル・
トーメも歌ったいい曲を取り上げているんだから、そちらに寄せてもよかったのではないかと思う。曲が良ければ他の欠点をカバーしてくれる
場合もあるのだが、それがここではなかった。

このアルバムは1956年の録音で先の動画の6年前ということもあり、バド・シャンクの演奏は上手くてきれいな演奏ながらもその1歩先の力強さに
欠けていて、演奏の力で聴き手を説得するようなところがまだない。観賞する上では申し分ないけれど、あと少し訴求力があればもっといいのに
と思わずにはいられないところがあるのが惜しい。

まだ若い頃の演奏だから多くは望まず、もっと寛容な気持ちで聴けばいいのはわかっているけれど、退屈な演奏が多いウェストコースト・ジャズの
中では「これは」と期待させる条件が揃っているレコードなので、つい、ぜいたくなことを言ってしまう。そういう複雑な気持ちになるのが
このレコードなのではないか。



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パシフィック・ジャズとピアノ・トリオ

2023年10月22日 | Jazz LP (Pacific Jazz / World Pacific)

V.A / Jazz Pianists Galore  ( 米 Pacific Jazz Records JWC-506 )


よくよく考えると、パシフィック・ジャズというレーベルはピアノ・トリオのアルバムをあまり作らなかった。ラス・フリーマンやドン・ランディなど
少しは残っているけど、こういうのはジャズ専門レーベルとしては珍しい。大抵の場合、どのレーベルにも名盤100選に顔を出すような作品が
1枚や2枚はあるものだが、このレーベルにはそういうアルバムは1枚もなくて、おそらくはリチャード・ボックの趣味ではなかったのだろう。

それでもアルバムに収録しきれなかったものや、管楽器のセッションの合間に録られたピアノ・トリオの端切れが集められたのがこのアルバム。
このレーベルにはこういうオムニバス形式のアルバムがたくさん残っているけど、そういうのもレーベル・オーナーの意向が反映されている。

一般的にオムニバスはアルバムとしての価値は認められなくて相手にされないものだけど、私は好きで安くてきれいなものがあれば喜んで聴く。
個性がバラバラな不統一さがもう1つ別の新しい価値を示しているようなところがあるし、通常のアルバムでよくある通して聴くと途中で飽きて
しまうということがなく、1曲ごとに新しい印象を覚えながら聴くことができるというのは意外にいいものだからだ。

ジョン・ルイス、ラス・フリーマン、ハンプトン・ホーズ、ピート・ジョリー、ジミー・ロウルズ、アル・ヘイグ、カール・パーキンス、リチャード・
ツワージク、ボビー・ティモンズという面々が収録されていて、皆、各々の個性がくっきりと残った演奏をしていて、続けて聴くと面白い。
ツワージクの "Bess, You Is My Woman" の解釈は秀逸だし、アル・ヘイグは1人バップ・ピアノ丸出しだし、ピート・ジョリーは予想外に雄大な
ピアニズムを聴かせるし、と聴き処は満載。誰もが一流のプロらしく、個性が確立されたピアノを弾いてる。ある種のピアノ・コンテストのような
側面があり、演者の側からすると怖い企画でもあるが、これを聴くと歴史にその名を残した理由がよくわかるのである。



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珍しいだけに止まらず

2021年01月23日 | Jazz LP (Pacific Jazz / World Pacific)

Bud Shank / In Africa  ( 南ア Pacific Jazz PJX 5000 )


持っていることを忘れるくらい、長い間聴いていなかった。レコードは針を通さないと物理的に劣化するので、時々聴かないと
後で泣きを見る。前回聴いたのがいつだった忘れたが、幸いにも盤もジャケットも異常は見られなかった。

放置していたのは、バド・シャンクの音楽にあまり魅力を感じないからだと思う。聴けばそのいくつかは悪くないとは思うけれど、
時間を置いてまた聴きたくなるということは特にない。気の毒だが、プレーヤー止まりの人だったと思う。
主要なものは一通り聴いたけれど、結局手許に残したのは、これとローリンド・アルメイダと共演したアルバムの2枚だけだった。

南アフリカ楽遊の際に現地で製作された稀観盤で、昔、スイングジャーナル誌巻頭のレーベル特集企画ページにジャケ写が載ったことで
有名になったアルバムだ。以来、コレクターが目の色を変えて探すようになった。

そういう単に珍しいだけのアルバムかと思って聴いたら、案外そうでもなかった。冒頭で "A Tribute To The African Penny Whistle"という
アフロ系リズムの自作曲を演るなど、なかなか手の込んだ作りになっていて、退屈なウェストコースト・ジャズとは一味違う感じだ。
フルートとアルトを交互に持ち替えながら、スタンダードをベースにした素朴な演奏で、悪くない演奏を聴かせる。

"Misty Eyes" というオリジナル曲で見せる抒情的な情感が良くて、この1曲のために処分せずに残したようなものだが、
それ以外の演奏も飾り気のないストレートなジャズで、まあ、悪くない。環境が変わると、演奏の気分も変わるんだろうなと思う。


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ラス・フリーマン・カルテット

2020年04月26日 | Jazz LP (Pacific Jazz / World Pacific)

Russ Freeman / Russ Freeman and Chet Baker, "Quartet"  ( 米 Pacific Jazz PJ-1232 )


世間ではなぜか誤解されているようだけれど、このレコードはチェット・ベイカーのレコードではない。ラス・フリーマンのレコードだ。

筆頭に記載されているのはラス・フリーマンだし、収録されているのは2曲を除き、すべてが彼の書いたオリジナル作。裏面の写真も彼が先頭だ。
タイトルやジャケットにチェットが入っているのは、当時の彼の人気にあやかってのことだろう。その方がレコードが売れるからだ。

内容もチェット・ベイカーの音楽とはほど遠く、普通の西海岸の乾いた軽快なジャズで、やはりシェリー・マンが入るとこういう音楽になるんだなあ
と思う。そういう意味では、この人は西海岸のアート・ブレイキーと言っていいかもしれない。音楽を自分色に染めてしまう。

ラス・フリーマンはシカゴ生まれだが、西海岸でクラシック音楽の教育を受けていて、音楽の基礎がある人。オリジナル曲にも優れたものがあり、
キース・ジャレットが "Paris Concert" で取り上げた "The Wind" が最高傑作。あの物悲しく美しい曲を聴けば、このピアニストの実像が少しは
理解できるのではないだろうか。このアルバムでも "Summer Sketch" のような印象的な楽曲を残しており、チェットやペッパーの単なる伴奏者
という認識だけで終わらせてはいけない人だと思う。

一連のパシフィック・ジャズ・レーベルでの録音が一段落した後は、ジャズ界の大きな変化に伴って西海岸のジャズは見る影もなく衰退する。
その影響でラス・フリーマンの姿はレコードの世界からはしばらく消えてしまう。映画やTVなどの産業は盛んな地域だったから、音楽の仕事は
いくらでもあっただろうけど、ジャズ・ピアニストとしてカムバックするのは80年代以降になってからだった。

有名な割には、あまり正しくは理解されていない人だろうと思う。我々にはごく限られた枚数のアルバムでしか聴くことができないわけだがら、
もう少し丁寧に聴いていきたい。


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普通の青年だった頃

2020年04月25日 | Jazz LP (Pacific Jazz / World Pacific)

Chet Baker / Jazz At Ann Arbor  ( 米 Pacific Jazz PJ 1203 )


ラス・フリーマンはチェット・ベイカーの想い出としてこんなことを語っている。「彼の歌をいいと思ったことは特にないけれど、それでも彼は
普通の奴だった。」同じバンドで演奏して、傍で見ていた割には随分素っ気ない言い方だけど、チェットのことを知る人の多くが似たような
印象を持っているようだ。アイドル的人気を得たこともある有名な人だったけど、素顔は意外に普通の人だった、と。

このライヴを聴いていると、確かにそうだったのかもしれないな、と思う。曲と曲の間の本人のMCも含めて、気負ったところのない、自然体で
素朴なステージだ。歌は入っていないけれど、チェットのトランペットは何だか歌を歌っているような感じで鳴っている。

ワンホーンでシンプルにスタンダードやメンバーのオリジナル曲を一筆書きのように吹き流すだけの演奏だが、不思議と心に残る演奏だ。
正規の音楽教育を受けたこともなく、譜面もまともに読めなかったにもかかわらず、プロとして活動を開始してさほど時間がかからずに大きな
成功が転がり込んできた幸運に恵まれながらも、そういう状況に我を忘れるようなこともなく、どことなく戸惑いながらも淡々と音楽活動を
やっていたような感じで、そういう人柄がこの人の音楽にはよく反映されている。当時、ライバルとしていつも比較されていたマイルスとは
こういうところが随分違う。

パシフィック・ジャズに残されたアルバムの中では、歌物を除くと、このアルバムに一番愛着があるかもしれない。スタジオ録音のものよりも、
よりチェット・ベイカーが身近に感じられるような気がするし、演奏も安定していて、最初から最後の1曲まで飽きることなく楽しめる。


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ホレス・シルヴァーの真価を補完するアルバム

2020年04月23日 | Jazz LP (Pacific Jazz / World Pacific)

The Mastersounds / Play Compositions Of Horace Silver At The Jazz Workshop  ( 米 World Pacific WP 1284 )


ホレス・シルヴァーの音楽は日本人の心には響かないらしい。優れた作曲家として佳作をいくつも書いているにもかかわらず、作曲家として語られる
ことは皆無だ。なぜだかはわからないが、ジャズの世界ではミュージシャンをプレイヤーとしてしか見ようとしない傾向が強い。元々使われる楽曲は
単なるヴィークルであって、アドリブが音楽の中心だからかもしれない。でも、音楽なのだから、楽曲の良し悪しは重要なことだと思う。

そういう傾向があるから、音楽への評価も実際に演奏されている内容よりも、参加しているミュージシャンの名前に左右される。ハンク・モブレーが
参加しているから、ソニー・クラークが参加しているから、という話がメインになりがちで、彼らの演奏パートにのみスポットが向けられて、肝心の
音楽全体の賞味はどこかへ置き去りになることが多い。だから、有名人が入っていないと見向きもしないし、まともに鑑賞もしないし、楽しむことも
できない、ということになる。名前に頼らなければ、興味も持てないし、何も語れない。

そういう感じだから、このグループが陽の目を見ることはないんだろうし、このアルバムも興味を持って聴かれることはないんだろうと思う。
せいぜい、パシフィック・ジャズ・レーベルの完全コレクションを目論むコレクターが最後に仕方なく買う、というのが関の山なのかもしれない。
なんとも気の毒な話だ。

シルヴァーの代表作である "Nica's Dream" や "Doodlin'" も入っているけれど、このアルバムを聴けば "Enchantment" が素敵な曲だということを
再認識できるし、"Buhaina" という知られざる楽曲(私はブルーノートの10インチを聴かないので、この曲を知らなかった)がオリジナルの
ヴァージョンの粗く稚拙な印象を大きく覆す洗練された楽曲へと様変わりしていることに驚かされる。この楽曲のポテンシャルを上手く掴み
取った演奏で、このグループのセンスの良さがよく出ている。

ブルーノートのレコードだけを聴いてホレス・シルヴァーを理解した気でいるのは、おそらくは大きな間違いである。


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静かに雨が降る夜に

2020年04月22日 | Jazz LP (Pacific Jazz / World Pacific)

The Mastersounds / Ballads & Blues  ( 米 World Pacific WLP )


バディ・モンゴメリーは50年代後半から60年代初めにかけてザ・マスターサウンズとモンゴメリー・ブラザーズという2つのグループを併行して
走らせていた。マスターサウンズはM.J.Qやミルト・ジャクソン・カルテットを意識していたようだが、そこからクラシックの要素を取り払い、
ベースをエレクトリックにすることでもっとモダンなバンドへと発展させている。

このグループは過度なブルース・フィーリングに溺れることもないし、特定の傾向に偏重することもない。淡麗でスッキリとした口当たりの
洗練された感覚がとてもいい。全体のバランス感に優れていて、聴いた後の満足感は高い。

腕に覚えのあるメンツが集まってざっくりと演奏するセッションではなく、グループとしての演奏なので、全体のバランスを十分意識した
デザインが施されていて、それでいて各人の演奏は闊達でしっかりとしている。よく考えられたグループだと思う。

このアルバムのジャケットは、収録された演奏の雰囲気をうまく表現している。これは静かに雨が降る夜に一人で聴くといい。
そういう情景がよく似合う、いいレコードだ。


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ボチボチ拾う

2019年05月22日 | Jazz LP (Pacific Jazz / World Pacific)


ボチボチ拾っている、The Mastersounds。 DUだと、800~1,080円くらい。 私もこれ以上は出す気はない。

「いざ、探さん」となるとすぐには見つからないけど、気長に行こう。

出てるかな?と思いながらフラッと寄って、エサ箱をごそごそ。

空振りも多いけど、それもまた楽し。 レコード屋に居ること自体が楽しいんだな。


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心地好い衝撃、新たな探し物

2019年05月03日 | Jazz LP (Pacific Jazz / World Pacific)

The Mastersounds / In Concert  ( 米 World Pacific Records WP-1269 )


The Mastersounds というグループ名を聞いてメンバーをそらで言える人は果たしてどれほどいるだろう。 ましてや、そのアルバムを聴いたことがある
という人は? でも、中古レコード漁りをしている人の大半は彼らのレコードを見ているはずで、たいていの場合、それらは捨て値同然の値段でエサ箱の
隅っこで埃をかぶっている。 その姿はまるで誰か拾ってくれる人がやってこないかと目を閉じて静かに待っている捨て猫を想わせる。

聴かれた形跡のないきれいな盤から流れてきた音楽は信じられないほど洗練された初めての感触だった。 それはヴィブラフォン+ピアノトリオという
ありふれた編成だったが、流れてくる音楽はこれまでは聴いたことがない新鮮な感覚で溢れていた。 ベーシストのモンク・モンゴメリーはフェンダーの
エレクトリック・ベースを弾いている。 だから、サウンド全体が普通のジャズ・コンボよりも新しい。 そして、バディ・モンゴメリーのヴィブラフォンは
幻想的な光のカーテンが大きく揺れているように音が大きく外へと拡がっていく。 これには心地よい衝撃を受けた。

彼らのレコードはよく見かけるが、購買意欲のまったく湧かない装丁で手にすることすらせずに来てしまった。 これは探さなければいけない。
最近はこういうパターンが多い。 見ているようで、結局は何も見ていなかったというパターンである。 こうして探すレコードは減るどころか、
ますます増えていく。 愉しみが増えたということなので別に悪いことではないけれど、安レコ漁りもそれなりに深い沼だということである。
こういうのはリストアップされることもないから、足を使って探すしかない。 尤も、面倒くさいなあと思う反面、顔はにやけているかもしれない。
残った連休でどれだけ探せるかわからないけど、頑張って一巡してみるか。

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セカンドが勝ち

2019年03月30日 | Jazz LP (Pacific Jazz / World Pacific)

Lee Konitz / Plays With The Gerry Mulligan Quartet  ( 米 World Pacific Records PJM-406 )


リー・コニッツの最良の演奏が聴けるものとしては一般的には1954年のストーリーヴィル盤が人気があるが、その前年に録音されたパシフィック盤は
それに負けない素晴らしさを誇る。 でも、パシフィックは2枚の10インチにマリガン・カルテットの演奏とミックスして分散して収録したものだから、
コニッツの演奏に焦点が定まらずに印象がぼやけてしまって名盤としての選から漏れてしまっている。 これは明らかにレーベル側の編集ミスで、
その反省から57年にコニッツ参加の演奏だけを集めて、未発表だった2曲を加えて、リマスタリングを施して、12インチに再編集してリリースした。
そして、この12インチが非常に素晴らしい仕上がりになっている。

まず、音質が劇的に向上している。 特に、ハリウッドのクラブ "The Haig" でのライヴを収録したB面の生々しい音場感は圧巻だ。 クラブの最前列で
聴いているような空間表現、楽器の艶やかな音、どれをとっても最高の仕上がりである。 コニッツのアルトの音は、彼のレコードの中ではこれが一番
リアルで生々しい。 この12インチを聴くと、いくら初出とは言え、もう10インチ盤は聴く気にはなれない。 如何に10インチの音が貧弱かがよくわかる。
10インチではカットされていた拍手もちゃんと入っている。

次に、編集の仕方が明快で、A面はスタジオ録音、B面はライヴ録音というまとめ方のお陰で、コニッツのプレイに1本のスジが通る。 1曲1曲の演奏が
きちんと繋がっていき、各面が1つにまとまり、それがアルバムとしての統一感を形成する。 マリガン・カルテットをバックに付けたリー・コニッツの
リーダー作として立ち上がってくる。 これが正しい姿で、最初からこうするべきだった。

さらに、10インチでは選から外れてオクラ入りしていた "I'll Remember April" と "All The Things You Are" でのコニッツの演奏がこのライヴでの
ハイライトだったということ。 10インチは基本的にマリガン・カルテットが主役というコンセプトでコニッツは客演扱いだったから、マリガン・カルテット
が目立たない曲は当時は外されたようだが、コニッツ目線で見るとこの外された曲にこそ価値があり、彼のベスト・プレイが聴ける。

初出が一番エライとされる奇妙な世界においてこのレコードは単なるコンピレーション扱いで、安レコとしてエサ箱の隅に追いやられている。
でもパシフィックのリー・コニッツは、このセカンドが勝ちなのだ。





ジャケットの意匠は見事でも貧弱な音質で、あまり聴く気になれない困った初出たち。


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"Porgy and Bess" の前哨戦だったのかもしれない

2019年02月16日 | Jazz LP (Pacific Jazz / World Pacific)

Gil Evans and His Orchestra / New Bottle Old Wine  ( 米 Pacific Jazz WP-1246 )


キャノンボール・アダレイが全面でリードを取る"キャノンボール・ウィズ・オーケストラ"という内容で、ギル・エヴァンスのアルバムとしては珍しい建付けだ。
このアルバムは1958年4~5月に録音されているが、同年7~8月にはマイルスの"ポーギーとベス"を録音している。 この2つはオーケストラのメンバーの
多くが同じだし、全体のサウンドの色合いや肌触りが同じであること、古い素材を使って主役に自由にスケールを吹かせているところなど共通点が多い。
そう考えると、このアルバムはマイルスとの録音の予行演習だったのではないか、という推測が成り立つ。 何と言ってもマイルスとの録音は注目を
集めるから、失敗は許されない。

ビ・バップ以降、コードに強く縛られるジャズという音楽に風穴を空けようとジョージ・ラッセルやギル・エヴァンスらがスケールを重要視したスコアを
書くようになり、それがモードに発展していくのがちょうどこの時期だ。 このアルバムでもオーケストラにはスイングさせず、ソリストのために
大きく空いたスペースを用意して、自由にスケールを取らせる。 そのためには長いソロを自由自在に操れるリード奏者が必要で、そう考えると
キャノンボールしかいない、ということになったのではないだろうか。 この頃のキャノンボールは無敵の存在だった。

広く空いた空間の中で、キャノンボールのアルトが舞う様は凄まじい。 厚みと輝くような光沢のあるアルトの音は本当に美しく、淀むことなく
なめらかなフレーズは尽きることなく流れて行く。 オーケストラのサウンドも繊細できめが細かく、キャノンボールのアルトと艶めかしく絡み合う。
ギル・エヴァンスの作品の中では際立って密なサウンドで、キャノンボールの明快なソロが音楽をわかりやすいものに仕上げていて非常に聴き易い。

パシフィック・ジャズ・レーベルとして最終的にはリチャード・ボックらがマスタリングをしたが、録音自体はニューヨークで行われている。
ジョージ・アヴァキャンのプロデュースだから、コロンビアのスタジオを使ったのかもしれない。 このレコードは音質が抜群に良い。 


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パシフィック・ジャズ・レーベルの黒いジャズ

2018年11月23日 | Jazz LP (Pacific Jazz / World Pacific)

Ron Jefferson / Love Lifted Me  ( 米 Pacific Jazz PJ-36 )


最近、パシフィック・ジャズを見直している。 但し、それはウェストコースト・ジャズを、ではない。 このレーベルに残された黒いジャズを、である。

寺島本がブームになった頃、その中でウェストコーストジャズがクローズアップされた影響で、ちょっとしたパシフックジャズレーベルのバブルが起きた。
マニアたちはこぞってバド・シャンクやビル・パーキンスのレコードを探し始め、オリジナル盤はちょうど今のブルーノートみたいに値段がグングン上昇した。
レコード会社も慌てて国内盤の復刻をリリースし始めた。 そうやって国内にこれらの音源が溢れて一巡すると、やがて飽きられて、バブルははじけた。
そして後に残ったのは、二束三文と化した中古盤の寒々とした山だった。 何度も繰り返される愚行の極みの一つだ。

そういうブームだった頃、人々から相手にされなかったアルバムが少なからずあった。 それらはいわゆるウェストコースト・ジャズではなく、東海岸や中部で
演奏されていたタイプの音楽だ。 このレーベルには意外とそういう録音が残っていて、表面的なレーベル・イメージのせいで長年避けてきた揺り戻しが
今頃になってやってきた格好になっている。

ロン・ジェファーソンというドラマーは知らなかったし、そもそもリロイ・ヴィネガーとボビー・ハッチャーソン以外の名前はすべて初耳である。 
テナー、トロンボーン、ヴィブラフォンが入る珍しい編成だが、これがしっかりとした素晴らしい演奏で大当たりだった。 

ボビー・ハッチャーソンが入っているのがとにかく珍しいけれど、ここではブルーノートの彼ではなくこのバンドの一員として溶け込んだ演奏に徹している。
清潔で涼し気なサウンドがよく効いていて、バンドのサウンドがありきたりなものになることから上手く救っている。 その中をテナーとトロンボーンの
2管がしっかりと泳いでおり、ずっしりとした聴き応えが残る。 どの演奏もしっとりとした洗練さと落ち着きがあって、大人が聴いて喜ぶジャズになっている。

音質も良く、適度な残響が効いた奥行きの深いサウンドで、深夜のスタジオで静かに録音されたんだなあということがよくわかる。 
夜、部屋の灯りを落として聴くと、その雰囲気の良さに感動することができる。


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西海岸で披露された最高級のハードバップ

2018年10月20日 | Jazz LP (Pacific Jazz / World Pacific)

Kenny Dorham & Jackie McLean / Inta Something  ( 米 Pacific Jazz PJ-41 )


傑作 "Matador" を録音する契機になったのは、この西海岸でのライヴだったのかもしれない。 この時期、ドーハムとマクリーンの2人は一緒に活動していたようだ。
マクリーンが重度のジャンキーだったのでドーハムは正式なグループという形には敢えてしなかったようだが、それでも演奏の纏まり具合いは見事だ。
リロイ・ヴィネガー以外は東海岸のミュージシャンなので、どっぷりと深いハードバップ色に染まっている。

あまりに完成度の高い演奏なので、曲が終わって拍手が入るまでこれがライヴ演奏だとは気付かないくらいだ。 ドーハムのラッパが非常によく鳴っていて、
他のアルバムで聴ける彼の演奏とは雰囲気がまるで違う。 ブレイキーとのカフェ・ボヘミアでの演奏を思い出させる素晴らしい演奏をしている。 この人は
ライヴになると人が変わるのかもしれない。 ハンドルを握ると人格が変わる隠れ凶暴ドライバーのように。

マクリーンのアルトも太くて重い音がフルトーンで鳴り響いていて、まるでテナーのようだ。 アルトをこんな重い音で鳴らした人は他にいない。 ライヴの演奏を
こうして聴いていると、何だか殺気立った音に恐ろしくなる。 "Lover Man" もバラードの抒情というよりは、もっと違う何かが雰囲気として漂う。

全編が凄い演奏で、たまたま受け皿がパシフィック・ジャズだったというだけで、内容は最高級のハードバップ。 録音も良くて、リロイ・ヴィネガーのベースが
管楽器に負けない音で録られている。 RVG録音だと言っても信じる人がいるんじゃないだろうか。 そういう粗削りで生々しいサウンドでこの圧巻の演奏が
聴けるから長年探していたわけだが、手頃な値段で拾えたのはラッキーだった。

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暗黒時代だなんて、誰が言った?

2018年09月15日 | Jazz LP (Pacific Jazz / World Pacific)

Art Blakey and The Jazz Messengers / Ritual  ( 米 Pacific Jazz M-402 )


ジャズメッセンジャーズにジャッキー・マクリーンがいた時期があることを認識している人はあまりいないんじゃないだろうか。 そして、その相方のトランペッターが
誰だったかをそらで言える人はもっと少ないだろう。 そういうのは、この時期が「ジャズメッセンジャーズの暗黒時代」と陰口を叩かれることがあることでもわかる。
おそらく、この時期を代表する有名作がない(例えば、"Moanin'"のような)ことからそういう言われ方をするのだろう。 
でも、暗黒時代だなんて、果たしてそれは本当のことなんだろうか。

ジャズメッセンジャーズというのは面白いバンドで、メンバーが変わる度に音楽がコロコロ変わった。 つまり、アート・ブレイキーはネームヴァリューという
インフラだけを提供して、後はメンバーの好きなように演奏させた。 バンド・オーナーとしてバンド内での生活態度は律したが、演奏する音楽そのものには
口出しをしなかった。 だから、在籍メンバーが入れ替わる毎に音楽の内容がガラリと変わった。 ホレス・シルヴァーの音楽を演奏し、ベニー・ゴルソンの音楽を
演奏し、そしてウェイン・ショーターの音楽を演奏した。 勿論、その時期ごとにそれぞれ代表作を残していった。

マクリーンとビル・ハードマンがフロントを張ったこの時期にもアルバムはそれなりに数は残っている。 そしてそれらをちゃんと聴いていくと、決して
暗黒時代なんかじゃないことがわかってくるのだ。


Pacific Jazz レーベルから出されたこのアルバムは、実際はニューヨークのコロンビア社のスタジオで録音されている。 パシフィック・ジャズが抱えていた
当代一の人気者のチェット・ベイカーのレコードをコロンビアのジョージ・アヴァキャンが自社で作りたかったために、コロンビアが当時抱えていたブレイキーと
交換留学生としてクロス・レコーディングしたのだ。 そのためだろう、珍しいエンジ色の特殊なレーベルを使っている(エンジ色はコロンビア・カラーだった)。

コロンビア録音なので、非常に音がいい。 マクリーンのアルトやハードマンのトランペットの音がナチュラルでキラキラと輝いている。 まずはこの音の良さに
殺られる。 マクリーンやハードマンには作曲能力がないからブルース形式のハードバップに終始していて地味な内容だけど、演奏は纏まりがよく、非常にいい。
これだけ質の高い演奏なのに評価されていないというのはどうにも解せない。 結局のところ、誰もきちんと聴いていないということなんだろう。

ブルースだけでは単調だと思ったのだろう、ブレイキーが黒人音楽のルーツとアイデンティティをナレーションとして語り、アフロ・ドラムのソロを1曲入れている。
このアルバムはこの人の音楽へのこだわりが力強く込められた、人知れず埋もれている傑作だと思う。





ジャケットの裏面にはレコーディング風景のスナップショットが並んでいる。 これがなかなかカッコいい。

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