廃盤蒐集をやめるための甘美な方法

一度やめると、その後は楽になります。

クオリティーの高さに驚かされる

2020年08月02日 | Jazz LP (Vanguard)

Bill English / S/T  ( 米 Vanguard VRS-9127 )


ビル・イングリッシュと言われても、ケニー・バレルの "ミッドナイト・ブルー" でドラムを叩いていた人、くらいの知識しかない。ジャズのドラムは他の楽器と
比べて個性の出にくい楽器なので、ドラマーのリーダー作は結局のところはドラムをメインで聴くというよりはバンド全体で聴くことになる。そうなると、
参加しているメンバーによって内容が左右されることになるが、このアルバムは地味ながらも実力派が揃っているので問題ない。

その中でも、セルダン・パウエルの好演が圧倒的で、これは彼の代表作と言ってもいいのかもしれない。ヴァンガードの中間派というイメージとは違う
正統派のメインストリームを行く演奏で、デイヴ・バーンズの控えめなサポートのおかげもあって彼のテナーが非常に映える内容になっている。
引き締まった魅力的な音色、適切なフレージングで強い知性を感じる。

楽曲も翳りのあるいい物が揃っていて、音楽的な満足感が高い。ビル本人やセルダン・パウエルが書いたオリジナル曲の出来が良く、それをしっかりした
演奏力が支えているので、聴いていてこれは何気にすごいぞ、と感心してしまう。ヴァンガードは音質もいいので、演奏が前に飛び出してくる感じがあり、
演奏が非常に生々しい。

ビルのドラムも控えめながらキレのいいリズムを刻んでいて、音楽が活き活きしている。63年の制作なので、ありふれたハード・バップからは一皮剥けた
洗練さがあり、ジャケットから受ける印象よりはもっとみずみずしい。お世辞にもよく知られたアーティストとは言えないにもかかわらず、こんなにも
クオリティーの高いアルバムを残しているところに、この音楽の強い力を感じてしまう。


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上品で優美なピアノ その2

2020年05月26日 | Jazz LP (Vanguard)

Sir Charles Thompson / Trio  ( 米 Vanguard VRS 8018 )


サー・チャールズ・トンプソンのピアノを堪能できるもう1枚の10インチで、こちらはドラムが抜けたトリオ。スキーター・ベストはフレディ・グリーン
とは違ってシングル・ノートでソロを取るため、演奏の建付けが先の10インチとは違っている。

"Love For Sale" などモダンの楽曲比率が高いので、いわゆるスイング・ジャズのバタ臭さはなく、スマートな音楽の印象が残る。部屋の中の空気が
サッと入れ替わって、比喩としてではなく、本当に微かに芳香が漂うような雰囲気になるから不思議なものだ。

取り上げる題材やスタイルは間違いなく古いスイング系だけど、サー・チャールズ・トンプソンという個性がそういうものをあっさりと塗り替えて、
まったく別の音楽へと変えているところが凄い。つまり、ここで聴けるのはマイルスやコルトレーンたちがやっていた音楽と何ら変わらない、芸術と
しての営みである。ヴァンガードという一見畑違いの領域の、こんな小さなサイズのレコードの中で、それはひっそりと行われている。そのことを
知る時、ただ上質で優美な音楽を聴けて嬉しくなるだけに留まらず、驚きと静かな興奮を覚えるのだ。

この人ならもっといろんなレーベルでアルバムを作っても傑作を連発したんじゃないかと思うけれど、そうならなかったのは残念。リヴァーサイド
なんかだとイメージにもよく似合うのに。ヴァンガードはレコードの音も良くてとてもいいレーベルだけど、印象が強いだけに十把一絡げに
"スイング系"として括られてしまったのかもしれない。よく聴けばそれぞれ唯一無二の個性があって、一人ひとりがみんな独立した音楽をやっていた
ことがわかるはずだけど、当時は誰もそこまでは認知してくれなかったのかもしれない。


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上品で優美なピアノ

2020年05月25日 | Jazz LP (Vanguard)

Sir Charles Thompson / Quartet  ( 米 Vanguard VRS 8006 )


木曜日の夕刻2ヵ月に振りにパタパタしたが、ブランクのせいで腕がなまっていたことや店内の閑散とした雰囲気にビビってしまったこともあり、
帰宅後もどうも掘り残した感が拭えず、安レコから「ここ掘れワンワン」としつこく呼ばれている声が聴こえて、夜も眠れない。これはイカン、
ということで週末にユニオンで再度掘り起こし。すると、これが850円で転がっていた。老眼のせいで数字を見間違えたか、と眼をゴシゴシ擦って
みたが、間違っていなかった。心理学の世界では、人が物に向かって話しかけるのは普通のことだが、その物が人に話しかけるようになると、
これは加療の対象となるらしい。私の症状はCOVID-19禍のストレスが原因なのか、それとも元々病んでいたのか、よくわからない。

サー・チャールズ・トンプソンは2016年に98歳で東京近郊の病院で亡くなっている。奥さんは日本人で、2002年以降は千葉県松戸に住んでいた。
パーカーとも共演し、"Robbin's Nest" を作曲し、2000年以降も新作をリリースするなど、生涯スイング・ジャズ一筋の大ピアニストだった。

この人の演奏はとにかく究極の洗練と上品さが身上で、こんな気品に満ちたジャズピアノを弾く人は他にはいない。ピアノだけが洗練されている
のではなく、音楽全体がその気品で包まれる。それは正にマジックと言えばいいのか、それともミラクルと言えばいいのか、とにかくそれが凄い。
あまりに上質過ぎて、スイング・ジャズという領域をはるかに超えている。

このアルバムはフレディ・グリーンのリズム・ギターが入っているところがミソで、まあ、最高の内容である。たった4曲しか収録されておらず、
10インチの各面は半分しか溝が切られていないのが何とももったいない。もっとたくさん録音して欲しかった。

彼の名前に "サー" の称号を付けたのはレスター・ヤングで、これを聴けばレスターの気持ちがよくわかる。星の数ほどいるであろうジャズの
ピアニストの中でも、これほど澄み渡った気品に溢れた優美なピアノは他では聴けない。日常的に聴くのがためらわれるほど美しい。


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ヴァンガードに残った完璧なハードバップ

2018年12月22日 | Jazz LP (Vanguard)

Dave Burns / Dave Burns  ( 米 Vanguard VRS 9111 )


ヴァンガード・レーベルに残された中間派ではないアルバムの代表格はこれだろう。 これはどこからどう聴いても普通のハードバップで、ブラインドで聴けば
ブルーノートの1500番台としか思えない。 冒頭の "C.B. Blues" はプロデューサーの Clarence Bullard に因んだ名前のブルースだが、これがいい雰囲気で
このアルバムの幕明けに相応しい。 この曲に限らず、収録された曲はどれも哀感のこもった佳曲揃いで、このアルバムの音楽的な完成度の高さはハンパない。

ケニー・バロンが参加しているのでそこばかりに目がいきがちだが、他のメンバーの演奏も非常に適切な匙加減でコントロールされていて、演奏の質の高さは
他を寄せ付けない。 ヴァンガードに作品を残した中間派のプレーヤーはみんな演奏家としては超一流で、腕に余程の自信がないと恥ずかしくてこういう
センッションには顔を出せないだろうと思うけど、このアルバムに参加している無名の演奏家たちのレベルの高さは圧巻だ。 特にテナーのハービー・モーガンは
ビリー・ミッチェルを想わせるシブい音色で魅せてくれる。

デイヴ・バーンズは演奏も上手いし、音楽の作り方も上手い。 なぜリーダー作に恵まれなかったのかが不思議だ。 ブルーノートにもサブで参加しているが、
リーダー作が残っていてもおかしくない人だ。 もっとたくさんこの人の作品を聴きたいのに、と残念に思う。

このアルバムはそういう寡作家の貴重な1枚ということもあってか、手にした人がしっかりと聴き込んできたようで、きれいな盤を見つけるのにかなり苦労した。
そういう意味でも、個人的な思い出の1枚となっている。


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現代的な感覚に満ちた演奏

2018年12月16日 | Jazz LP (Vanguard)

Mel Powell Trio / Borderline, Thigamagig  ( 米 Vanguard VRS 8501, 8502 )


ヴァンガード・レーベルの音楽は、ジャズ愛好家の意識の中から急速な勢いで消え去りつつあるのではないだろうか。 このレーベルは「中間派専門」という
レッテルを貼られてしまったのがまずかった。 それは間違っているわけではないけれど、「中間派」という言葉が与える画一的なイメージが人々の興味を
無意識的に制限して限定してしまう。 その言葉が一般的に喚起するイメージは、ヴィック・ディッケンソンやバック・クレイトンらの音楽だろう。
それらは素晴らしい音楽だけど、その単調さにウンザリした気分がやってくるのも早い。

だが、実際にヴァンガードに残された作品の中には、そういう狭いカテゴリーには収まらないような優れたものが存在する。 その代表格がメル・パウエルの
アルバムだと思う。 イェール大学でパウル・ヒンデミットに師事するような人だったから、その音楽は「中間派」の枠になんか収まるわけがない。
でもヴァンガードのレコードを買って聴こうかという人の多くはスイング・ジャズを愛する人だから、例えばこれらのレコードは嗜好に合わずあまり評価されない。

ベースを入れず、ピアノとドラム、そして管楽器1本という変わったトリオ編成で、もうこの時点で感覚の違いが顕著だ。 管楽器はポール・クイニシェットであり、
ルビー・ブラフということで見かけ上はあくまでもスイング系だし、演奏も方法論としてはそれを踏襲しているけれど、出来上がった音楽は中間派とは程遠い、
まったく新しいものになっている。 管楽器奏者がそういう新しさに何の違和感もなく上手く馴染んでいるところに音楽的成功の鍵がある。

これは、例えば古い音楽にはまったく興味がなく、現代ジャズしか聴かないよ、という人が聴いても何も違和感を持たないであろう、そういう感覚に満ちている。
ピアノは自由に飛翔し、ドラムのブラシが空間の間口を拡げ、その中を管楽器がスムースに泳ぐ。 特にクイニシェットのテナーの艶めかしい動きが素晴らしい。
録音は1954年だが、メル・パウエルが牽引するここでの演奏の感覚は大きく時間を飛び越えて現代にまで手が届いているのが驚異的だと思う。

元々が作曲家志向だったことや筋ジストロフィーになったことなどから、演奏家として最盛期だった頃のレコードが少ししか残っていないのが何より残念だ。
そんな彼のアルバムをしっかりと残したのが、ヴァンガードというレーベルだった。


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転校生の中間派

2016年01月10日 | Jazz LP (Vanguard)

Rolf Kuhn / Streamline  ( オーストリア Amadeo AVRS 30-9005 )


ロルフ・キューンがアメリカ修行時代に録音した数少ないものの1つで、ロンネル・ブライト、ジョー・ベンジャミン、ビル・クラークらのピアノトリオを
バックにしたワン・ホーン。 メンバーのオリジナル曲とスタンダードを半々くらいの割合で演奏しています。

米国ヴァンガード録音ですが、ヴァンガードと言えば中間派の最高の演奏を録っただけでなくクラシックの中々いいレコードも作ったアメリカの良心のような
名門レーベルで、果たしてロルフ・キューンは水が合うのかなと心配してしまいますが、これが意外とすんなり納まっています。 ヴィジターらしく郷に
従ったんだろうとは思いますが、それにしてもなかなか器用な人だったようです。

ただ、聴き進んでいくにつれて、やはり同レーベルの他のアーティストたちの音楽とは少し雰囲気が違うことに気が付きます。 クラリネットの音色や
吹き方もそれまでのアーティスト達とは違い、弱いタンギングで音をはっきりとは区切らずにシームレスに吹いているし、音階も高音域を多用するなど、
これを「モダンな」と言っていいのかどうかはわかりませんが、とにかくスイングや中間派の人たちの吹くクラリネットとは明らかに違っている。
更に、音楽全体の雰囲気が中間派っぽくないのは、ロンネル・ブライトのピアノがかなりモダン寄りの演奏になっているから、というのもあります。

中間派というのは、表現者としての自我よりも形式そのものを何よりも優先・重んじる音楽。 そんな中にあってはロルフ・キューンにはまだ違う街の
雰囲気が漂う「転校生」のような馴染んでいない居心地の悪さみたいなところがあるので、レコードもさほど需要がなかったのか、ヴァンガード盤なのに
あまり中古市場でも見かけない1枚となってしまったのかもしれません。

図らずともそうなってしまったのか、それとも確信犯的にそうしたのかはよくわかりませんが、ちょっとムードの違うヴァンガードセッションになった
ものの、内容は全然悪くはありません。 全体的なまとまりもよく、地味ながらもしっかりした音楽を聴かせてくれます。 中間派特有のバタ臭さが苦手な
向きにも、このくらいのあっさり感のほうが却っていいかもしれません。

私が拾ったのは、当時米国ヴァンガードの欧州販売窓口になっていたオーストリアのアマデオ盤。 ヴァンガードのオリジナルの半値以下で買える、
お買い得盤です。


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