廃盤蒐集をやめるための甘美な方法

一度やめると、その後は楽になります。

ヴォーカリストが作った大作

2025年01月13日 | Jazz LP (Vocal)

Mel Torme / Sings His California Suite with Chorus And Orchestra  ( 米 Capitol Records P-200 )


メル・トーメは1949年にコーラスを含むオーケストレーションをバックにした「カリフォルニア組曲」という大作を自身で作詞・作曲した。ニール・ヘフティやビリー・メイら
が編曲に加わり、フェリックス・スラットキンらハリウッドの一流奏者らがオーケストラを編成し、メル・トーンズやスター・ライターズらのコーラスも加わり、満を持して
1950年にキャピトルからレコードをリリースした。

長く続いた世界大戦で国力が低下したアメリカでは人々が復興に向けて動き出していて、そんな中での明るい希望の地としてのカリフォルニア賛歌となっており、
当時の世相が色濃く反映された内容となっている。娯楽としてのジャズもそういう世の中の動向とは無縁で、というわけにもいかなかったのだろう。

都会の喧騒だったり、西部劇風だったり、夜の静寂の雰囲気だったりとアメリカの様々な風景が走馬灯のように浮かんでは消える一大絵巻物という作りになっており、
ガーシュインの「ラプソディー・イン・ブルー」の系譜につながるタイプの音楽になっている。メル・トーメという人はこういう才能もあったのだろう。

音楽やレコード作りにふんだんに予算をかけることができた時代のゴージャスな音楽が詰まった素晴らしいレコード。今から30年前、神保町のTONYの2Fで盤面はザーザー
雨降りのコンデイションがガタガタの古びたものが13,000円で置いてあった。西さんが付けた値段なんだから相当な貴重盤なんだなということが頭に刷り込まれたが、
それ以来縁がなく月日は流れ、30年が経過したこの年明けになって無傷のレコードに出会うことができた。1,500円。当時はレコード屋の主人の見識で値付けされていたが、
今は買い手側の人気・不人気で値段が決められる。世の中は変わった。




Mel Torme / Mel Torme's California Suite  ( 米 Bethlehem Records BCP-6016 )


ベツレヘム時代にマーティー・ペイチのアレンジと指揮で再録している。古びたキャピトル時代のサウンドを刷新した状態で人々に改めて聴いてもらいたかったのだろう。
旧録にはなかった管楽器を大きく取り入れていて、サックスの泣きの演奏が心地よい。セールス面ではまったく期待できない内容であっても、こういうレコードをきちんと
作る時代だった。それだけ、メル・トーメは信頼されていたのだろう。



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ペギー・リーが歌うクリスマス・ソング

2024年12月22日 | Jazz LP (Vocal)

Peggy Lee / Christmas Carousel  ( 米 Capitol Records T-1423 )


白人女性ヴォーカルは基本的に嫌いなのでほとんど聴かないが、クリスマス・アルバムとなると話は別。特に、キャピトル・レコードとなるとこういうのはうってつけである。
ただ、誰でも簡単にクリスマス・アルバムを作らせてもらえたわけではないようで、数はさほど多くない。選ばれし者だけに与えられたある種の特権のようなものだったようだ。

ペギー・リーは果たしてジャズ・シンガーなのかどうかはよくわからないが、50年代のアメリカのポピュラー音楽の主流はどれもゆるいジャズがベースになっていたから、
あまりその辺りの区別は意味がないのだろう。ポップスやブルース、ラテン音楽など複数の音楽が曖昧な境界線の上を行ったり来たりしながらジャズは形成されていった。

クリスマス・アルバムにはビング・クロスビーやフランク・シナトラなどのビッグ・タイトルが先行事例としてあるので後続歌手たちはいろいろやりにくかっただろうが、
ベギー・リーは少年コーラスなども交えながら柔らかく朗らかなアルバムに仕上げた。アメリカの中産階級のファミリーをターゲットにしたような印象だ。
このアルバムを聴くと、アメリカ人が抱く「幸福のイメージ」がどういうものだったのかがよくわかる。クリスマスという行事はその最たるものだったのだろう。

このアルバムには "The Christmas Waltz" が収録されている。これはシナトラがアルバムの中で歌った知られざる名曲で、これが含まれているのが何よりうれしい。
シナトラの名唱をなぞるように、曲想を壊すことなく大事に歌われている。このアルバムはそこがいい。クリスマスの時期くらい、世俗の憂さを忘れてこういう夢見るような
雰囲気に包まれてもいいではないか。



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廉価レーベルのオリジナル

2024年08月18日 | Jazz LP (Vocal)

Mel Torme / The Touch Of Your Lips  ( 米 Venise 7021 )


メル・トーメのレコードを探していく過程で懸案となるのは、廉価レーベルからリリースされているアルバムの存在である。

これはジャズに限った話ではないが、アメリカのレーベルにはメジャーレーベル、マイナーレーベルとは別に、廉価レーベルというのががある。
まあマイナーレーベルと言えばマイナーレーベルなんだけど、その中でも際立って資金力が乏しく、粗悪な材質でレコードを製造し、販路も
正規のレコード店ではなくスーパーやドラッグ・ストアなんかがメインだった。カタログの内容も、レーベル独自の企画もあれば別の会社が
録音したものを買ってきたものもある玉石混淆で、訳がわからない。

よく知られているところでは、Royale、Allegro、Tops、Remingtonなんかがあって、これらが暗躍したのは主にクラシック音楽である。
クラシック音楽の世界ではアメリカというのは巨大な未開の地だったのでレーベルや権利関係がいい加減で、そのせいで製作されたレコードも
かなり混乱していたが、だからと言って無視できる存在ではなく、例えばジョルジュ・エネスコのバッハの無伴奏ヴァイオリン・ソナタ集なんかは
完品が市場に出れば3百万円は下らない値段が付く。そういう中でジャズのレコードも僅かではあるが制作されていて、その中にメル・トーメの
レコードがいくつか含まれる訳だ。

このVeniseという聞いたことがないレーベルから出ているレコードもどうやらこれがオリジナルのようである。デイヴ・ペルのプロデュースで
マーティー・ペイチが編曲と指揮をしているとのことだが、本当かよ?と疑ってしまうような作りのチープさに困ってしまうのだが、更に困って
しまうのが、この内容の素晴らしさである。甘美なストリングスをバックにしっとりと歌い上げたブルー・バラード集で、同時期にベツレヘムから
出された "It's A Blue World" と似た内容だが、こちらの方が出来がいい。完璧に抑制された歌い方で丁寧に歌われる曲はどれも素晴らしくて
聴き惚れる。音もクリアで艶やかで、廉価レーベルのレコードとはとても思えない。





Mel Torme / Sings  ( 米 Allegro Elite 4117 )

アレグロ盤特有のスカ盤の10インチでこれ以上のチープなレコードは他にはない感じだが、これもれっきとしたオリジナル。
こちらは若い頃の歌唱のようで音質もあまりよくないが、これでしか聴くことのできないものばかりで貴重な1枚。
尤も、よほどのメル・トーメ好きでなければ買う必要はないだろうと思う。

どちらもユニオンに出ればワンコインのレコードだが、男性ヴォーカルは人気がない分野なのでレコード自体の回転が悪く、入手は困難を極める。
売れば金になる高額盤は次から次へといくらでも出てくるが、こういう安レコが実は1番難しく、正に10年に1~2度見かければ御の字であり、
これこそが究極の「レコード道」なのではないかといつも思うのである。



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トニー・ベネットを偲んで

2023年12月23日 | Jazz LP (Vocal)

Tony Bennett / Snowfall  ( 日本 CBS・ソニーレコード SONX 60088 )


先日亡くなったトニー・ベネットの最初のクリスマス・アルバム。と言っても1968年発売で、他のビッグネームと比べると遅いリリースだ。
経緯はよくわからないが、クロスビーやシナトラ、ナット・キング・コールらの有名アルバムがある中では制作に慎重だったのかもしれない。
メル・トーメやサラ・ヴォーンもこの時期にはアルバムを作っていない。おそらく、アメリカではポピュラー歌手たちが数えきれないほどの
クリスマス・アルバムを作っていただろうから、そういう有象無象とは一線を引いたものにしなければという自負があったのかもしれない。

私が子供だった頃に比べると、最近のクリスマスはその有難みのようなものは随分と希薄になってしまったような気がする。昔は12月になると
デパートに行くのが楽しみで仕方がなかった。飾り付けはクリスマス一色となり、ジングルベルのメロディーがずっと流れていて、そこはまるで
別世界だった。今よりも冬はもっと寒かったが、そこだけは暖かく、甘い匂いが漂い、人々は幸せそうな顔をしていたような気がする。
私がクリスマス・アルバムが好きなのは、自分の中でクリスマスがそういう記憶と結びついているからだろう。

ゴージャスなオーケーストラをバックに、トニー・ベネットの歌声が響き渡る。いつものことだが、オーケストラのサウンドに負けることのない、
素晴らしい声だ。亡くなったことが今更ながらだが悔やまれる。

クリスマス・アルバムはそれ自体が幸せだ。トニー・ベネットがクリスマス・アルバムを残してくれたことを噛みしめて聴いていたい。



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マーク・マーフィーとクラブ・ミュージック

2023年10月15日 | Jazz LP (Vocal)

Mark Murphy / Sugar Of 97 EP  ( オーストリア Uptight Uptight 19.12 )


12インチEPという形でクラブDJ Remix された音源として97年にリリースされたようだが、この辺りの事情には暗くてよくわからない。
ググってみてもこのレコードに言及している記事は見当たらないし、ChatGPTに訊いてみても「私の知識にはありません」との回答で
このビッグデータの時代に何たることだ、と驚いてしまう。

スティーリー・ダンの "Do It Again" で始まるうれしい内容だが、収録された3曲は打ち込みがミックスされたクラブで踊るための音楽に
なっている。私はこの手の音楽が結構好きなので、非常に楽しく聴ける。ジャズが欧州のクラブミュージックと融合して再評価された
ことはジャズにとってもよかったんじゃないかと思っているが、こうしてとても自然な形でそれが聴けて、且つそれが私が愛好している
マーク・マーフィーということだから、とてもうれしい。

彼は90年代以降もコンスタントにアルバムをリリースしていて、海外ではそれなりにきちんと評価されていたわけだが、日本ではさっぱりで、
こういうところにジャズに関する日本と海外の超えられない音楽格差を強く感じる。

しかし、こうして聴いていると、この打ち込みのビートに乗って歌う彼はデッカでデビューした頃と何も変わっていないことがよくわかる。
デビューした時点で歌の天才的な上手さは既に完成していたが、年齢的な衰えは隠せないながらもその歌の良さは不変である。
彼のことは、いずれはここできちんと書いておきたいと思っている。



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R.I.P Tony Bennett

2023年07月23日 | Jazz LP (Vocal)

Tony Bennett / Cloud 7 featuring Chuck Wayne  ( 米 Columbia Records CL 621 )


正直、いつ訃音が届いてもおかしくはない、と思っていたから大きなショックを受けたということはないけど、それでもトニー・ベネットが
亡くなったのは残念なことだと思う。ここ数年、SNSで彼の情報は頻繁に流れていてその近況や様子などもわかっていたから、来るべき日が
来たんだな、と静かに受け止めている。

私は彼のことがとても好きで、20代の頃からずっと聴いてきた。歌手としてはシナトラなんかよりもずっと好きで、とても近しい存在だった。
コロンビアにたくさんのレコードが残っていて、その大半は聴いたと思う。ベルカント唱法をベースにしたその歌声を聴くと、私の心の中の
靄はどこかへ吹き飛んで、どこまでも透き通った青空のように晴れ渡ったものだ。そんな気持ちにしてくれたのは彼しかいなかったと思う。






コロンビアのレコードのいいところは、バックのオーケストラの演奏が素晴らしいものが多いというところだ。それ単体で聴いても聴き惚れる
ものが少なくない。特にこのラルフ・バーンズのスコアは格別の出来。そして、そのフルオーケストラのサウンドにも負けないトニーの声量の
凄まじさ。でもそういう圧倒的な迫力だけではなく、彼の歌には常にどこか寂し気で哀しげな表情があった。そういう不思議さが私の心を打つ。






彼の最高傑作はこれ。個人的な思い入れが強すぎて客観的には語れないほど好きなアルバムで、モノラルとステレオの両方を聴いている。
他にもいいアルバムはたくさんあって、すべては載せきれない。どのアルバムもアメリカ音楽の良心のようなものばかりだ。

R.I.P トニー・ベネット。あなたの歌はいつも私の心の中にあり続ける。



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若き日のシナトラとクリスマス

2022年12月24日 | Jazz LP (Vocal)

Frank Sinatra / Christmas Songs by Sinatra  ( 米 Columbia CL 6019 )


クリスマス・レコードは夏に拾うことが多い。暑い夏の日に自宅のレコードを整理していると「こんなのいらないな」という気分になるのかも
しれない。そういうのを拾ったはいいけど、やっぱりすぐに聴く気にはなれないのでこちらも冬が来るまで寝かせておき、寒さが本格的に
なってくるとゴソゴソと取り出してきて聴き始める。

シナトラはコロンビア在籍時にSP録音で、キャピトル在籍時にモノラル録音でそれぞれクリスマス・ソングを歌っている。キャピトル盤は
ゴードン・ジェンキンス指揮による私の長年の愛聴盤だが、こちらはアクセル・ストーダルが指揮をしている。コロンビア時代のシナトラは
キャピトル時代とはまるで別人のような歌い方で、まだ個性は確立されていない。曲によっていろんな人の影響が感じられる。

ここでの"White Cheistmas" なんてビング・クロスビーの影響が顕著で、発声の仕方から声のトーンまでそっくりだ。おそらくこのままで
いっていたら彼は途中で消えていたかもしれないが、レーベルを移って別人へと変貌する。

そんなまだ若い頃の控えめな青年の歌が収められたこの10インチは何から何までノスタルジックだ。アクセル・ストーダルのスコアは
クリスマスのイメージに忠実で、程よく荘厳でたっぷりとノスタルジー。短い楽曲の中で、シナトラは原曲のメロディーをストレートに歌う。
ただそれでけでこんなにもクリスマスのムードが溢れるのだから、クリスマス楽曲というのは偉大だ。だから、そのレコードもノスタルジーで
あればあるほどよく、他には何もいらない。そういう意味ではこれはクリスマス・アルバムのお手本のようなレコードだ。



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Walk On By

2022年02月06日 | Jazz LP (Vocal)

Diana Krall / Quiet Nights  (E.U Verve 0602517981256 )


ダイアナ・クラールのアルバムはどれも素晴らしいが、昔から好きな "Walk On By" が入っているこのアルバムは特に偏愛している。

バカラックが書いたこの曲は世界中の人から長年愛される名曲で、ディオンヌ・ワーウィックが歌ってヒットした。バカラック・メロディーの
特徴が凝縮されていて、サビのメロディーに入るところの飛翔の仕方とか劇的な転調の使い方が如何にもバカラック的だ。
モーツァルトやポール・マッカートニー、ブライアン・ウィルソンなど、ごく限られた人だけに与えられたこのメロディーを創れる才能の中でも
バカラックのものが一番顕著でわかりやすい。

艶のあるデリケートで控えめなオーケストレーションを背景に、ゆったりとしたボサノヴァとして歌われるこの歌唱は素晴らしく、
多くの歌手が歌ってきたものの中でも筆頭の出来。抑制することで感情の爆発を表現するという二律背反を見事にやってのけている。

エルヴィス・コステロとの結婚を契機に彼の影響を大きく受けて音楽的にも一皮剥けたところがあり、その成果がここにもはっきりと出ている。
いい音楽を取り入れることに迷いがなくなり、それがやがては "Wallflower" へと繋がっていくことになる。

このアルバムのライヴ編として、2008年にリオ・デ・ジャネイロで行われたライヴ映像がDVD/Blu-rayで出ているが、こちらも圧巻の出来。
中でも、"Walk On By" の歌唱はスタジオ盤よりも更に深みがあり素晴らしい。

https://www.youtube.com/watch?v=yCwc-5YTBb0


偏愛する曲なのでいろんなヴァージョンを聴くけど、ストラングラーズの演奏も異色ながらも素晴らしい。名曲にジャンルは関係ないのである。

https://www.youtube.com/watch?v=jqfqVDHNW6c


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厳かなクリスマス

2021年12月18日 | Jazz LP (Vocal)

Bing Crosby / Merry Christmas  ( 米 Decca DL 8123 )


ビング・クロスビーが歌った "White Christmas" は永遠のマスター・ピースで、おそらく世界で最も売れたクリスマス・ソング。
最初の録音は1942年でSPでリリースされ、1945年に再レコーディングされてVディスクでリリース。この45年ヴァージョンが
1955年リリースの12インチLPに収録されて、こちらが定番となった。

ビング・クロスビーのデッカ時代は40年代で、数えきれないほどの歌が録音されている。そのためこの12インチLPも複数のレコーディングが
ミックスされているため、バックのオケやコーラスもメンツはバラバラだが、やはりアンドリュー・シスターズとの歌が印象に残る。
お上品とは言い難いハーモニーだが、クロスビーのジェントルな歌声とはいい塩梅のバランス感を見せていて、聴いていて楽しい。

そういうごった煮的な編集でもかかわらず、全体の印象が乱れず統一しているのは、クロスビーの歌い方が一貫して変わらないためだ。
「夢見るような」とは正にこのことで、クルーナーという言葉を生んだ歌唱はすべての歌手にとっての北極星であり続ける。

A面は定番のクリスマス・ソングが教会音楽的なアレンジを施された伴奏で歌われる。こうして聴いていると、心が静まり穏やかな気持ちに
なっていく。キリストの降誕を祝うというお祭りを庶民にわかりやすく定着させるためにこれらの音楽が作られたわけだが、その狙いは
見事に成功している。こんなにも清く厳かな雰囲気を作り出す音楽群は他には例がないのではないか。ビング・クロスビーの歌がここまで
成功したのは、その歌声と歌い方が人々の中に共通して存在するクリスマスの幻影にこれ以上なくうまく重なったからだろう。

B面になるとアンドリュー・シスターズも加わり、明るく賑やかしいムードにシフトする。コーラスが弾むようなリズムを作る中、
クロスビーは完璧な音感でなめらかに歌っていく。厳かなクリスマスと朗らかなクリスマスの対比が見事なまでに描かれていく。

人々にとっての永遠の憧憬のようなクリスマスの風景がここには詰め込まれている。現実世界では中々理想通りには過ごせないからこそ、
このアルバムはいつまでも輝き続けるのだろう。



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彼女が本当に好きなら

2021年08月15日 | Jazz LP (Vocal)

Billie Holiday / The Blues Are Brewin'  ( 米 Decca DL 8701 )


ビリー・ホリデイの歌手としてのキャリアは1930年代前半から59年までと相当の期間があったが、それに比べて録音はさほど多くなく、
一通り聴くのに時間はかからない。そんな中で最も埋もれているのがこのアルバムだろう。1946年から49年の間にデッカに吹き込まれた
SP録音の曲を58年に12インチLPに切り直したもの。

スタンダードは "Lover Man" の方へ片寄せされて、それ以外の無名のブルースばかりを集めたせいで地味な印象となっているが、
これが非常にいい出来だ。声は若々しく、表情も明るく、録音状態も良好だ。ルイ・アームストロングとのデュエットも2曲含まれていて、
いいアクセントになっている。

アルバム・タイトルになっている "The Blues Are Brewin'" はビリーの紹介映像などの中でよく使われる曲で、彼女のレパートリーとしては
曲名は知らなくても聴いたことがあるという人は多いであろう。50年代になってノーマン・グランツが録音する頃には声がやつれてくるが、
まだそうなる前の(少なくともレコードで聴く限りにおいては)元気そうで楽しそうに歌う様子が前面に出ていて、とてもいい。

とかく重苦しい雰囲気のイメージが付きまとう彼女だが、実際にレコードを聴くと決してそうではないことがよくわかる。
歌うことが楽しくて仕方がない、という様子がストレートに伝わってきて、聴いているこちらもそれに感化されるようなところがある。
みんながそう言うから、ということではなく、彼女が本当に好きななら伝わるものがしっかりとある、いいレコードだと思う。



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メル・トーメが歌うレコード

2021年08月14日 | Jazz LP (Vocal)

Artie Shaw / Plays Cole Porter  ( 米 MGM E-517 )


レギュラー盤の新入荷コーナーでパタパタしていて、フッと手が止まったレコード。メル・トーメが歌っているではないか。
"What Is This Thing Called Love" 、"Get Out Of Town" の2曲だけだけど、こんなところで歌っているなんて知らなかった。

アーティー・ショウと言えば ”Moonglow" だし、ビリー・ホリデイを専属歌手にして史上初めて白人バンドに黒人歌手を常設したり、
グラマシー5という小編成のコンボもやるなど、見かけのイメージとは違ってなかなか硬派なところがあった。
ショウ・ビジネスの世界で大成功し、50年代中期に早々と音楽界からは引退したので、残ったレコードはスィング時代のものが多く、
この10インチもそんな中の1つだが、テディー・ウォルターズやキティー・カレンの歌も入っており、全編が楽しく聴ける。

アレンジもナチュラルで、ハーモニーも柔らかく上質で、ビッグ・バンド臭さもなく洗練されている。ベニー・グッドマンや
ウディ・ハーマンのようなアクの強さがなく、そこがいい。

10インチくらいのサイズの方が飽きずに聴けてちょうどいい。2曲とは言え、メル・トーメの歌が聴けるのだから、
これはこれで立派な稀少盤と言っていい。どん底のレコード漁りの日々で渇いた心が、ほんの少しではあるけど潤った。



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エサ箱で拾いたい

2021年07月25日 | Jazz LP (Vocal)

Dick Haymes / Serenade  ( 米 DECCA DL 5341 )           Harry James / The Man With The Horn  ( 米 Columbia CL 2527 )


ディック・ヘイムズが好きなので、常時、彼のレコードがないかなと心のどこかで思いながらエサ箱を漁っている。イマドキこんなのは誰も聴かない
から、レコード自体出回ることがないのはわかっているけれど、それでもまあ、ないかなと願いながらパタパタやっている。

もう何年も出逢いはなかったけど、このところ立て続けに拾うことができた。どちらもSP録音の10インチ切り直し盤で古いレコードだが、
まるで新品のようなきれいな状態だった。特にデッカ盤は傷んでいることがほとんどだから、こういうのは本当に珍しい。
コロンビアの方はハリー・ジェイムスのレコードだが、この中で "I'll Get By"、"My Silent Love" の2曲を歌っている。

ネットで買えば簡単に手に入るけど、それでは面白くないし、そもそもレコード本体よりも高い送料を払うのがバカバカしい。
こういう安レコはエサ箱で見つけたい。



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セピア色の音楽

2021年01月17日 | Jazz LP (Vocal)

The Modernaires / Tributes in Tempo  ( 米 Columbia CL-6043 )


モダネアーズはグレン・ミラーお抱えでその名が知られている男女混成コーラス・グループ。日本ではこういうのはまったくウケないけれど、
海外ではジャンルを問わず、コーラスというのは人気がある。元々は古代キリスト教の聖歌にルーツを持つ形式で、意識することがなくても、
彼らのDNAに刷り込まれているのだろう。

フォー・フレッシュメンが現れて高度な歌唱を屈指するようになると、それに追随するグループが次々と出てきたが、それまではこういう
ドリーミーな歌唱をするのが王道で、パイド・パイパーズと人気を二分していた。楽器の重奏だけでは表現しきれない情感を出すのは
コラースしかないということで、40年代になると白人ビッグ・バンドはこぞって専属グループを抱えていた。

こういうのを聴いていると、その時代のことなんて何も知らないにもかかわらず、古い真空管ラジオから流れてくる音楽を聴いているような
気分になる。部屋の中がゆっくりとセピア色に染まっていくような気がする。タイム・マシーンなんて出来なくても、別にいいんじゃないか、
とさえ思えてくる。


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黒人クルーナーの原点

2020年12月05日 | Jazz LP (Vocal)

Billy Eckstine / I Surrender Dear  ( 米 EmArcy MG-36010 )


白人男性クルーナーの開祖がビング・クロスビーなら、黒人クルーナーの方はこのビリー・エクスタイン。歌手だけに留まらず、
自身のビッグ・バンドを持ち、後の大スターであるパーカー、ガレスピー、デックス、マイルス、ブレイキーらを育てた、
ジャズ界にとっては恩人でもある。

声量があるのでビッグ・バンドをバックに歌うことが多く、どのレコードも華やかな雰囲気があるが、このアルバムはエマーシー時代に
吹き込んだバラードを集めたもので、"There Are Such Things"などの代表的な歌唱が含まれている。この曲の歌唱はロリンズにも
インスピレーションを与えて、素晴らしい演奏へと繋がった。当時はみんなが彼の歌を聴いていたのだ。

深いバリトン・ヴォイスで歌われるスタンダードたちは独特の陰影を放ち、1度聴くと心に残るものばかり。"I Surrender Dear"などは
珍しくヴァースから歌われており、どの楽曲も丁寧に扱われていることがよくわかる。黒人歌手たちは白人歌手たちよりも
楽曲1曲ずつをより丁寧に取り扱っている傾向があると思う。

このクルーナー・スタイルはアール・コールマンに引き継がれ、ジョニー・ハートマンで完成する。その起点になったエクスタインは
もっと聴かれていい歌手だと思う。今はこういう歌い方をする人は、もうどこにもいない。


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遅すぎた再評価

2020年10月25日 | Jazz LP (Vocal)

Mark Murphy / Midnight Mood  ( 独 SABA SB 15 151 )


誰が考え付いたのかはわからないけれど、すごい組み合わせだ。60年代に入ってマーク・マーフィーはロンドンへ移住し、欧州レーベルに
録音をいくつか残していて、その流れのセッションだったのだろう。アメリカでジャズの仕事が無くなったこの時期、多くのミュージシャンが
欧州へ流出したが、その彼らが現地で合流し、このような優れたアルバムを残したのはなんとも皮肉なことだ。

クラーク・ボーラン楽団はアメリカのジャズと欧州ジャズのハイブリッドを目指して成功した珍しい事例だったが、その音楽性を変えずに
そのまま歌ってしまうマーク・マーフィーの力の凄さが炸裂している。楽曲の半分が楽団メンバーのオリジナルで、それらに歌詞を付けて
歌ったものがどれも最高の出来。特に、ベースのジミー・ウッドが作った "Sconsolato" が素晴らしい。

デビュー時、デッカやキャピトルからシナトラ・スタイルのアルバムを出したがこれが見事に失敗。彼の持ち味をまったく生かせず、
駄作を量産してしまったが、オリン・キープニューズが軌道修正させてようやく生き返ることができた。これ以降は駄作がなく、
どれも素晴らしい。時代の空気に逆らわず、その時期に最適なオリジナルな音楽を作り続けた。

クラーク・ボーランのような本格派と互角に組めるヴォーカリストはほとんどいない中で、その伴奏が霞んでしまうようなアルバムを
作ってしまうのだから、まあすごいとしか言いようがない。独SABAの最高品質な音場の中で聴くマーフィーの歌声は圧巻。
誰よりも正確な音程を取りながら自由にアドリブし、それが常に最適なフレーズであることにただただ感嘆しながら聴くしかないのだ。
晩年になってようやく時代が彼に追い付いて再評価された、というのはあまりに遅すぎた。反省が必要である。


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