廃盤蒐集をやめるための甘美な方法

一度やめると、その後は楽になります。

永遠のポーギーとベス

2023年09月24日 | Jazz LP (Bethlehem)

Bethlehem Presents George Gershwin's Porgy And Bess ( 米 Bethlehem Records EXLP-1 )


ジャズと親和性が高いフォーク・オペラとしてアルバムはたくさん残されているが、ジャズの世界ではマイルス、エラ・フィッツジェラルドに
並んで、このベツレヘムが制作した全曲盤がトップ3だ。マイルスやエラのアルバムはエッセンスだけを抽出してまとめられたが、こちらは
ナレーションもきっちりと入った3枚組で、とにかく素晴らしい仕上がり。

当時のレーベル契約アーティストの主要なメンバーが集められており、よくもまあここまで、と感心してしまう。そして何より音楽的に
極めてレベルが高く、ダレることなく聴き通せるところが凄いのである。クラシックの名だたるオペラ・セットにも引けをとらない出来
と言っても決して言い過ぎではない。何しろ、マイルスがコロンビアに吹き込む2年も前にこれが制作されているんだから、このレーベルの
音楽的な見識の高さには恐れ入る。当時のレコード会社は本気で音楽に取り組んでいたのだ。

歌を歌う人たちの個性が生かされながら役どころをきっちりと抑えた配置がなされていて、内容がわかりやすい。楽器の演奏もツボを押さえた
過不足の一切ないもので、それでいて上質感が漂っている。各々のミュージシャンたちのアルバムからは想像もつかない音楽が披露されている。

ハワード・マギーのオブリガートをバックに "I Loves You, Porgy" を歌うベティ・ローシェの素晴らしさ、デューク・エリントン・オーケストラを
コアに形成されたオーケストレーションの背景の深さ、クラウン役のジョニー・ハートマンの男っぷりの良さなど、どこを切り取っても聴き処が
満載で、レコード3枚があっという間に終わってしまう。

ベツレヘム・レーベルの集大成としてこのアルバム・セットの価値は不滅であり、やはり "ポーギーとベス" は永遠の音楽なのだ。









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分水嶺となったアルバム

2023年09月16日 | Jazz LP(Vee Jay)

Wynton Kelly / Kelly Great  ( 米 Vee Jay Records LP 1016 )


昔からウィントン・ケリーの代表作の中の1枚に挙げられてきたが、その言い分には違和感を感じざるを得ない。どちらかというと、彼の限界を
露呈したアルバムだろうと思う。

レッド・ガーランドの正当な後継者としてマイルスのバンドに迎えられたが、タイミングとしては遅過ぎた。マイルスの音楽の発展の過程上、
ケリーではそれを支えることが困難だったことは明らかで、それは当時のアルバムを聴けば明白だ。"Kind Of Blue" から "My funny Valentine" ~
"Four & More" までの間の数年間はマイルスの音楽は1歩後退した時期で、結局それはハンク・モブレーやウィントン・ケリーというマイルスの
音楽を次の時代へとドライヴすることが出来なかったメンバーしかいなかったことに原因がある。この時期に録音された "王子様" は素晴らしい
演奏であることは間違いないけれど、マイルスの音楽の軌跡からみれば停滞した内容で、当時のメンバーではあれが精一杯だった。

同じことがこのアルバムにも言える。ここでの音楽上のリーダーはショーターだが、ショーターの新しさとケリーの感覚はまったく嚙み合って
いない。冒頭の "Wrinkles" はケリーのオリジナル曲だが、このベタなブルース感がアルバムの中では激しく浮いている。全体の雰囲気の中では
明らかにミスマッチで別の楽曲に差し替えるべきだったと思うけど、一応はケリーのリーダー作だからそういう訳にもいかなかったのだろう。
そして、その前時代感をショーターが別の色に上書きする。彼の演奏がケリーの個性を別のものへと書き換えるのだ。

このアルバムのショーターは凄まじく、彼の当時のリーダー作を上回る存在感で音楽を制圧する。そしてそれを煽っているリー・モーガンも
ベスト・プレイで応える。モーガンも新しい音楽が出来た人だったので、この2人の組み合わせは間違いない。更にそこにフィリー・ジョーが
制約から解かれたキレッキレのドラミングで支えるからバンドとしての音楽の高揚感は圧巻で、ウィントン・ケリーの軸からという視点から
離れて見れば、このアルバムは傑作中の傑作という評価が相応しい。そして、アルバムの最後は如何にもショーターが書きそうな憂いに満ちた
バラードで幕は下りる。

ウィントン・ケリーは、この後はこのフォーマットではアルバムを作らなかった。自身の武器であるスイング感を生かしたピアノトリオを軸に
マイ・ペースで活動していく。このアルバムを聴くたびに、おそらくはそういう道へと進むことを決めさせたのがこのアルバムだったのでは
ないかと思ってしまうのだ。


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ジャンキーたちの虚ろな音楽

2023年09月09日 | Jazz LP (Capitol)

Serge Chaloff / Blue Srege  ( 米 Capitol Records T-742 )


1957年脊椎の癌で33歳という若さで亡くなったサージ・チャロフの記録は少なく、一番この人の実像がわかりやすく聴けるのが死の前年に
録音したこのアルバム。当然、この時点で既に身体は癌に蝕まれていただろうし、それ以前に最後には克服したとは言え、元々が重度の
へロイン中毒だったこともあり、身も心もボロボロだったはず。そんな彼の辞世の句がここには刻まれている。

バリトンを太い音で鳴らすのではなく、強弱の陰影をつけて吹くやり方はアート・ペッパーに似ており、バリトン界では他にはあまり例がない
吹き方だったように思う。バリトンという楽器にとってそれが効果的な吹き方だったのかどうかはよくわからないけれど、際立った個性では
あったと思う。ウディ・ハーマンの "フォー・ブラザーズ" としての名声がありながらも、その記録が十分に残らなかったのは残念だ。

スタンダードがメインのプログラムで、ワンホーンで緩急を付けた演奏はうまく纏まっており、よく出来ている。全体的にゆったりとした
恰幅のいい音楽で、なんともわかりやすい。昔はつまらない音楽だなと思っていたけど、こちらが枯れてくるとこのくらいがちょうどいいかも
と感じるようになってくる。聴く側の年齢によって、音楽の感じ方も変化してくる。

翌年には満を持してニューヨークへ移住するソニー・クラークもその個性が完成しており、いかにもソニー・クラークという演奏を聴かせる。
フィリー・ジョーとヴィネガーのリズム隊も盤石で、このトリオのおかげで音楽が筋の通ったものになっているのは明白。

ただ、クラークもフィリー・ジョーも重度のジャンキーで、このアルバムはそういう人たちによって作られているせいか、その音楽にはどこか
虚ろで物悲しい雰囲気が全編に漂っている。ジャズは50年代がピークだったけれど、薬物中毒と黒人差別という宿痾のせいで実際にアメリカで
活動していたジャズメンたちの演奏の多くがレコードとしては残されなかったのだろうと思う。そういう風にレコードとして残ったものは
実はほんの一握りのものだったということを考えると、ジャズとは失われた音楽だったのだと定義できるのかもしれないなと思う。



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