Chick Corea / Now He Sings, Now He Sobs ( 米 Solid State SS 18039 )
のっけからヴィトウスとヘインズのカッコよさにヤラれてしまう、画期的なピアノ・トリオ。1968年にこのようなピアノ・トリオの作品が
出てきたことが驚異的だろう。それまでの誰にも似ておらず、これ以前には聴くことができない音楽だ。
ロイ・ヘインズがここまで現代的なプレイをしたのは、これ以前では聴いたことがない。繊細でいて大胆、触ると手が切れるようなリズムで
音楽を煽る。ヴィトウスの暗い音色が不気味に音楽に覆いかぶさり、この音楽に独特の陰影を与えている。
主流だったバップ系との決別を高らかに宣言し、以降のピアノ・ジャズのお手本になった。こういうのが出てきた影響で、例えばビル・エヴァンス
なんかは徐々に片隅へと追い込まれていくことになる。68年と言えば、エヴァンスは "Alone" やモントルー・ライヴをリリースしていた年だが、
もはや同じジャンルの音楽とは思えなくなってきていて、その距離感の大きさは否定しようがない。50年代から活躍してきた大物たちとは
価値観が違う若手が、それまでとはまったく違う感覚でジャズをやり出した、これはその第一歩だったと言っていい。
冒頭の "Steps - What Was" では曲の中盤あたりで突然美メロが出てきて、これがAメロだったのかと気付いて驚かされるのも、
チック・コリアならでは。既にこの頃からこういう作風だったんだなあと感心させられる。
現代ジャズの扉を開けたアルバムとして、このアルバムの存在の重さは計り知れない。 "Kind Of Blue" や "The Shape Of Jazz To Come" なんかと
同じ意味合いを持つ作品として評価しなければいけないアルバムだと思う。 そして、それが管楽器奏者ではなく、ピアニストが管を抜いて
やったところが象徴的だと思う。ピアノを管楽器や歌のバッキングという役割から解放し、スタンダードをきれいに歌わせなければいけない
ノルマからも解放し、ピアニストの存在こそがジャズそのものであると世に認識させたのではないだろうか。
この直後に、トニー・ウィリアムスの推薦を受けてマイルスのバンドに加わり、彼のキャリアは大きく前進していく。ジャズの最前線に立ち、
時代を動かしていくことになるチック・コリアの、これが最初の決定打。このアルバムは本当に素晴らしい。