報恩坊の怪しい偽作家!

 自作の小説がメインのブログです。
 尚、ブログ内全ての作品がフィクションです。
 実際のものとは異なります。

“大魔道師の弟子” 「魔の者の正体や如何に?」

2015-04-14 19:30:21 | ユタと愉快な仲間たちシリーズ
 書斎の仕掛けを解いて、天井裏に潜り込んだユタ。
 屋根裏部屋もまた書庫になっていたが、こちらはそんなに大量の本が置いてあるわけではなかった。
 そりゃそうだろう。
 一冊何キロもあるような厚くて大きな本が大量に置かれていたら、すぐに2階の天井をぶち抜いてしまう。
 そんな本に隠されるようにしてあったのは、1台の耐火金庫。
 耐火金庫だってそれなりの重量だと思うが、どうやら梁の上に置かれているらしく、そこにある分には大丈夫らしい。
 その金庫には、暗証番号を入力するダイヤルが付いていた。

『□□□‐□□□□ □□□□』

「これは……?」
 イリーナの手記にあった、ユタが元信徒なら分かる数字だというのがヒントのようだが……。
「えー?何だろう?最初のハイフン付の7桁の数字って……電話番号かなぁ……?でも正証寺の電話番号、都内だから03の次は8桁だぞ?残りの4桁はそのうちの4つかなぁ……。えーと……」

【ユタ、謎解きに時間が掛かり、30分経過したので、この間はカット致します<m(__)m>】

 で……。
「あー、最初の7桁は418-0116か。大石寺の郵便番号じゃん。で、次の4桁は……2057……と」

 ピーン♪
 ガチャ。

「……開いた」
 イリーナがあえて、『大石寺の元信徒』というのがヒントだった。
 日蓮正宗とか法華講とかは言っていない。
 開けてみると、中にあったのは2冊の本。
 1冊はA4サイズの本で、厚さは3センチほど。
 もう1冊はB5サイズで、冊子といっていいほどの厚さしか無い。
 厚い方は英語で書かれていて、著者の名前がジョエル・R・セイカーとなっていた。
 聞いたことも無いが、開いてみるとこれもまた日記だというのが分かった。
「!?」
 所々に出て来るのはマリアの名前。
 読み進めてみると、マリアを『かわいい孫』と呼んでいるので、どうやらマリアの祖父らしい?
「……?」
 最初のうちは、どうしてこれが重要なものなのか分からなかった。
 ジョエルという名の男は、普通に祖父として孫を愛しむ内容の日記を書いているだけだったからだ。
 どこにも怪しい所は無い。
 まあ、そもそも一祖父の日記がどうしてこんな所にあるのかという疑問符は消えないが。
 マリアと名字が違うが、そういうことも珍しくはない。
 ユタだって、母方の実家は稲生という姓ではないからだ。
 実際、マリアの母親を『娘』と呼んでいるので、そうなのだろう。
 ……ってことで、やっぱり怪しい所は無い。
 ただ、中盤くらいになって、やっとユタの興味を引く内容が現れた。
 どうやらきっかけは、セイカー氏が教会を訪れた際、そこの牧師に言われたことだという。

『牧師は私の娘や孫に、何か特別な力が宿っていると言っていた。娘の方はもう弱くなっているが、まだ幼い孫の方はとてつもない大きな力を持っているのだと』
(まあ、魔道師ができるくらいだからなぁ……。僕もクリスチャンだったら、同じことを言われてたのかな?)
 仏教ではそんな力を全く信用しないのか、1度も言われたことがない。
 しかしその力で威吹を復活させ、何年も生活や行動を共にしたのは事実だ。
 更にユタはもっと興味を引く内容を目にする。
 そもそもマリア達は移民なのだという。
 ただ、そんなに政情不安な所に住んでいたわけでもないのに、何ゆえと思っていたのだが……。

『ある時、私の元に1人の女が訪ねてきた。そして、私に突拍子も無いことを言い出したのだ。「成長したらあなたのお孫さんを魔道師にしたい」と。そして私に、セイカー家の歴史について教えて来た。私の祖先はもっと東の、帝国時代のロシアの一貴族であり、姓はヤノフといったそうだ。……』

 更に少し日付は飛んで、セイカー氏が自分の祖先について調べ、女性訪問者の言っていることが全て正しいことを知った。
 女を信用できなかったセイカー氏は、半ば逃げるようにしてイギリスに移住したとか書いてあった。
 随分、いきなり突拍子も無い国外逃亡だが、よほど危険を感じたのだろうか。
 結局それが、マリアに悲劇をもたらすことになるとは……。
(この女って、誰なんだろう?まさか、イリーナ……先生じゃないだろうなぁ?)

 更に読み進めて行くと、マリアの両親の死について書かれていた。
 どちらも事故死だという。
(セイカー氏はセイカー氏で、祖先の古城を探しに旅行中だった?)

『魔の者の圧力が高まってきた。ついに奴らは娘夫婦を殺し、私や孫の命まで狙ってきておる。その前に、ヤノフ家が使用していた城の場所を突き止めなければ……。このままでは、孫の命も危ない』
 セイカー氏はまだ存命中なのか。
『魔の者とは悪魔の一種であると言えるが、どうも牧師に聞いても的を得ない。何とかそれに抗しうる力、方法を手に入れなければ……』
『またあの女が私の元へやってきた。マリアンナが15歳を迎えたので、魔道師にするかどうかを決断せよという。魔道師になれば、魔の者もおいそれとは手出しができまい、と』
(何かこれ、イリーナ先生の気がするなぁ……)

『広大なロシアを探すには時間が掛かる。何とかしてヤノフ城を見つける方法は無いものか』

「ん?ヤノフ?あれ?どこかで聞いたような……?」
 ユタは長野へ行く途中、埼京線内で藤谷と会ったことを思い出した。
 北海道に新しく作るテーマパークの目玉アトラクションとして、ヨーロッパの古城を移築すると言っていたような……?
「いや、まさかね……。いくら何でもそんな偶然……」
 藤谷から1枚の資料を渡された記憶が蘇る。
 あそこにヨーロッパのどこから、何て名前の城を移築するのか書いてあったはずだ。
「カバンの中に入っているはず……。戻ってみよう」
 因みに薄い方の本には、どういうわけだか、イリーナの手記の要点部分とセイカー氏の手記の要点部分が書いてあった。
 最後のページには、『マリアにはこれを渡すように』と、イリーナのサインが入った付箋が貼られていた。
「うーむ……」

 ユタがマリアの部屋(本来はイリーナの部屋)に戻ると、マリアがベッドの上でうつ伏せになっていた。
(寝てるのか。静かに、そーっと……)
 しかし、
「ユウタ……」
「あっ、すいません!起こしちゃいました?」
「ユウタ君……」
 起き上がったマリアは、複雑な顔をしていた。
 泣き笑いというのか?目からは涙が溢れているのに、顔は笑っている。……正確に言えば、笑いを堪えて……堪え切れずに漏れているような顔?といった感じだ。
「ま、マリアさん?どうしたんですか!?」
「どうしよう……?私……どうしたらいいのォ……!」
「ですから、ここで休んでてください。だいぶ、奥で資料を見つけましたから。ただ、まだ肝心のイリーナ先生の足取りは……」
「違うの!私……わたし……に、妊娠しちゃったみたいなの!」
「はあ!?」
「…………」
「……お相手は誰ですか?僕でないことは確かですよね???」
「……分からない」
「えーっと……あっ、そうだ!実際そうなのか、確かめてみましょう!」
 ユタは書斎で妊娠検査薬を見つけたことを思い出した。
(しっかし、これで陽性だったら、どういうことなんだ???)

 で、結果は陰性。
「良かったですねぇ!」
「でも、魔法を使い過ぎた後の症状にしてはおかしいことばかりが続いて……」
「それまでもお疲れだったから、風邪の症状とかも出たんじゃないですか?」
「んー?」
「じゃあ僕、まだ調べることがあるんで」
「ああ……うん」

 ユタは自分が荷物を置いていた部屋に向かった。
(あー、良かった良かった……)
 マリアもそうだが、ユタも心からホッとしていた。
「ん?」
 すると、食堂に何か気配を感じる。
「ま、まさか……!?」
 あの謎の老紳士だろうか?イリーナだと……いうわけがないか。
「よ、よし」
 ユタは一応、用心の為のハンドガンを手に食堂へ向かった。
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“大魔道師の弟子” 「イリーナの手記」

2015-04-14 14:39:44 | ユタと愉快な仲間たちシリーズ
 ユタが書斎らしき場所で見つけたイリーナの手記は、マリアに関する秘話が赤裸々に語られていた。
 明らかにユタに向けて書かれたものだと分かったのは、ページの途中にユタに宛てたメモがあったからだ。
 何故これを今になって語るのかといった理由が書かれていた。
『これからあなた達はお互いパートナーとなって、永い時を過ごすことになります。ユウタ君もマリアのことについて、よく知っておいた方がいいでしょう』
 とのことだ。
『因みにユウタ君のことに関しては、もう大体知っています』
 まあ、そうだろう。
 大した秘密など無い……はずだ。
 高僧の生まれ変わり(天海僧正?)とも言われたが、最終的な証拠は無いままである。
 本来、魔道師が1人前と認められるには、直属の師匠の他、師匠の師匠にも認められることが原則とされている。
 この場合、マリアはイリーナの他、大師匠ダンテ・アリギエーリにも認められなくてはならなかった。
 しかしイリーナは大師匠を通さず、時期尚早であるにも関わらず、免許皆伝にしてしまった。
 それを仲間内のポーリンが咎めている。
 それはユタも知っていた。
 その理由は早くマリアを独立させて自分が楽する為だと言うのは……やはり、表向きだったか。
 本当の理由が手記に記されていた。

 絶望を抱いたまま投身自殺を図ったマリア。
 地面に激突する直前、イリーナが魔法で救出した。
 マリアは素直に魔道師になると決めたと言っていたが、イリーナの手記によると、最初は反発していたという。
 その時、イリーナはこう諭した。
「あなたは自分で自分の命を捨てたの。つまり、あなたにはもう自分の命の所有権は無いわけ。それを私が拾ったのだから、あなたの命の所有権は私のもの。返して欲しかったら、私に従い、魔道師になって早く1人前になりなさい。そうしたら、所有権は返してあげるよ」
(……無茶苦茶な理論だな)
 ユタは口元を歪めた。
 それは言った本人もそう思っていたらしくて、
『死んだら神の元へ行くと教える宗教があるということは、多分、死んだら命の所有権は神の元に戻るということだから、私の理論は破綻してるね』
 などと書かれている。
 だがマリアは、
『どうせ私は神からも見放され、悪魔と契約した者です。次に助けてくれたのが魔女なんて、とんでもない人生でした』
 と、言ったという。
 こうして魔道師師弟の共同生活が始まったのだが、僅か1ヶ月でイリーナはあることに気が付いた。
 マリアの異変。
 悪魔と契約できるくらいだから、上達の速さは期待通りだった。
 しかし、そこにイリーナの難しい決断が迫られた。
「うっ……!」

『マリアは“怠惰の悪魔”エルフェゴールと契約していたという。それなら1人前になった時も、そのままエルフェゴールに憑かせるのが手っ取り早い。しかしヤツは意外にも強欲で、マリアと契約した際に人間の魂1つを要求したという。マリアもそれに応じたものだから、また魂1つを要求するのは目に見えている。ややもすれば、複数を要求するかもしれない。まあ、そこは私の交渉術で何とかできる自信があるけど、値引きは無理っぽい。どうしたら、生きた人間の魂1つを用意することができるか……』

(ぼ、僕じゃないですよね。ハハハ……)
 当たり前だ。
 そもそも時系列が違う。
 そして、ユタを愕然とさせるものがその先に書かれていた。

『こうなったらもう掟違反覚悟で行くしかない。せっかくマリア、心の傷も順調に、少しずつではあるけれど治りつつあるというのに。かくも女の体というのは残酷なものなのか……』
「ん?」

『マリアに“女の子の日”が来ないと思っていたら、あのコ、妊娠していた。父親が誰なのかは分からない。恐らく、人間時代にあのコをレイプした誰かだとは思う。しかしそれも全員あの世に送られているから、もはや調べようがない』
「!!!」
 更に日記の日付は数日後に飛ぶ。
『あのコにつわりの症状が出始めた。この時、私はある方法を思いついた。あのコの忌まわしい記憶を消すことはできる。しかし、ダンテ先生からは待ったが掛かっている。記憶を消すにしても、ちゃんと残した分を何の違和感も無く繋ぎ止めなければダメだとのこと。だからマリアのハイスクール時代の記憶までは、全て消すことができない。だけどせめて、望まぬ子の妊娠の記憶だけは消してあげたい。それにはどうしたら良いか』
 イリーナにも相当な葛藤があったことが伺える。
『……エルフェゴールは「胎児の魂を食らうのも悪くない」と、イヤらしい顔で答えた。あとは……』

 あとは、妊娠したマリアを未熟児のまま産ませ、直後にエルフェゴールに食わせる。
 それで悪魔との契約は完成した。
 イリーナは何のかんのと理由をつけてマリアを1人前扱いにさせ、妊娠と出産の記憶は消した。

「マジかよ……」
 ユタは体の震えが止まらなかった。
 だが、もっと代償はあった。
 一部の筋は真相を知っていたが、そこからマリアの命を狙う者に情報が漏れた。
 その為、イリーナは新天地と称して拠点を遠く離れた日本に移したという。
 それから数年後、ユタは威吹と共にマリアと初めて会うことになる。
(狙っているというのは誰なんだろう?)
 ユタは日記の最後のページを開いた。
『“魔の者”に知られるといけないので、ここから先は別の部屋に隠してあります。暗証番号を入れる必要があります。だけどユウタ君がかつて大石寺の信徒であったなら、その番号が分かるでしょう』
「はあ?」
 ユタは首を傾げた。
「そもそも別の部屋って、どこ?」
 ユタは辺りを見回した。
 他に部屋らしいものは何も見当たらない。
 もっと調べる必要があるようだ。
(マリアさんが昔、レイプされたことがあるっていうのは一応知ってる。だけど、それで本当に妊娠までしちゃってたなんて……)
 ユタは机の引き出しを開けた。
 その中にも色々な物が入っていたが、
「? 何でこんなものが?」
 その中に妊娠検査薬が入っていた。
 そして、1番下の引き出しにまた別の本が入っていた。
 タイトルも読めないし、本文も何語で書かれているのか分からない。
 ただ、どういうわけか背表紙の所だけ、日本語のカタカナで『ダンテ・アリギエーリ』と書かれていた。
 大師匠の作った魔道書らしい。
 これをユタが理解できるようになるまで、どのくらいの年月日を必要とするのか……。
 しょうがないので、他を調べることにした。

 フランクなイメージのイリーナだが、書斎の書棚はきれいに整頓されている。
 収納されている本も、ほぼ同じサイズのもので統一され、見た目はきれいだ。
 その中に、一冊だけ本が抜かれた部分があった。
「ん?これって……」
 さっき見つけた大師匠著の本。
 ちょうど厚さがピッタリだと思ったのだ。
 それを持って来て、隙間に嵌め込む。
 確かにちょうどピッタリだった。
 元々ここにあったのか。
「ん!?」
 すると、その本棚がズズズと壁の奥に引っ込んだ。
 そして本棚の上の天井板が開いて、そこから木製の梯子が下りてきた。
「こりゃまた“ベタな謎解きダンジョン”の法則だナ……」
 ユタは呆れた様子で、梯子を登ってみることにした。

 果たして、その先にあるものとは……。
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“大魔道師の弟子” 「魔道師の弟子」

2015-04-14 10:40:27 | ユタと愉快な仲間たちシリーズ
[日付・時刻不明 アルカディアシティ郊外・宿屋 マリアンナ・スカーレット]

「ん……?」
 マリアは、ふと目が覚めた。
 カーテンから漏れる光が、夜ではないことを教えてくれている。
 寝たまま周りを見渡すと、そこは見覚えのある光景だった。
 師匠イリーナの魔界での拠点となっている宿屋の一室だ。
 体が動かないのは別に拘束されているわけではなく、体が重く感じるほどに具合が悪いからだと気づく。
(魔法を使い過ぎたのか……?それにしても、どうしてここに……?劇場にいたんじゃ……?)
 それとも夢か何かだったのか?
 体をよじってみて、何とか上半身だけ起こすと、何かかベッドの下に落ちた。
 そして、そこから流れる音色。
 “蛍の光”だ。
「夢じゃない……?」
 よろよろと起き上がり、何とかオルゴールを拾う。
「……うっ!」
 腰と腹など下半身に力が入りにくく、明らかにおかしい。
 と、そこへドアがノックされた。
「……誰?」
「僕です!稲生ユウタです!」
「……入って」
「失礼します!」
 ユタが中に入ってきた。
「マリアさん、実は……あれ!?大丈夫ですか!?」
「何が……?」
「いや、物凄く顔が青いですよ?」
「ああ……。まあ……ちょっと、体がだるい……かな」
「ええっ?」
「魔法を使い過ぎたみたいだ……。劇場で」
「それはあのアカネ嬢のことですか?」
「やっぱり夢じゃなかったんだ……」
「そうみたい……ですね。僕も気が付いたら別の部屋で寝てて、いかにも『夢でした』みたいな感じになってて……。でも、アカネが落とした鍵は手元にあったんです」
 ユタは鍵を見せた。
「それ……どこの鍵?」
「分かりませんが、鍵の形からして、ここの宿屋の鍵っぽいんですよ。何でそれをアカネが持っていたのかは、もっと不明ですが……」
「そう、か……」
「マリアさんは休んでてください。僕はこの鍵がどこのものか探して来ますから」
「ああ……。もう敵はいないと思うが……」
「何か、こんなものがあったので、仮に出ても大丈夫かと」
 ユタは劇場で使用したハンドガンを出した。
「じゃあ、行ってきます」
「ああ」
 ユタが部屋を出て行ってすぐに……。
「うっ……!」
 吐き気がして起き上がり、洗面台で吐いた。
(ちょっと待った……。これ……魔法使用過多の症状じゃないぞ……?)
 体のだるさと、それから来る異常な眠気などは典型だが、吐き気だの下腹部の痛みなどは聞いていなかった。
(何かの病気……?いや……でも、これって……昔……)
 マリアはベッドに横になると、また再び眠り込んだ。

 それからどれくらいの時間が過ぎたのだろう。
 人間時代の壮絶な過去が走馬灯のように駆け巡る夢を見て、マリアはまた目が覚めた。
 気分はまだ優れないものの、魔力は回復したのか、上半身は起こすことができた。
 また夜になったのだろうか。
 カーテンから漏れる光は無い。
 ノックをする音が聞こえ、外からユタの声がしたので、
「入って」
 と言うと、ユタが入ってきた。
「すいません、具合はどうですか?」
「……さっきよりはいい……かも」
「そうですか。実はオーナーの部屋……フロントの所ですが、救急箱があったので、もし何か薬でもあればと……」
「ありがとう。オーナーはいた?」
「いや、全然。あの老紳士が『オーナーは死んだよ』と言ってましたが、アカネに殺された……つまり、消されたのかもしれません」
「どうしてそう思う?」
「フロントにあった宿帳を見ていたら、アカネがここに宿泊した形跡があったんです。上条支配人の話から擦り合わせると、生前に泊まったようですが」
「……!」
「その時この鍵を持ち出したというのは考え過ぎでしょうか?」
「時系列に怪しい部分も無くはないが、話の筋は通るな。で、どこの鍵だった?」
「それが、僕が見つけられたドアというドアは全て合わせてみたんですが、どれも合いませんでした」
「え?」
「どこかに隠し扉でもあるのかと一瞬思いましたけども、ここは宿屋ですからね。どこかのダンジョンじゃあるまいし……。となると、残りはそこしか無いんですよ」
 ユタがある所を指さした。
 それはただ単に、コネクションルームのドアかと思っていた。
「他の部屋も調べてみましたが、室内にもう1つ鍵付きのドアがある部屋はここしか無いみたいで……」
 確かに見ると、そのドアには鍵穴がある。
「ちょっとやってみますね」
「ああ」
 ユタが鍵穴に鍵を差し込んで回してみると、カチャと鍵の開く反応がした。
「ビンゴです」
「私も……」
 マリアがよろよろと立ち上がるが、すぐに足に力が入らなくなり、また倒れてしまう。
「ああ、いいですよ。僕が調べてきますから。マリアさんは休んでてください。そこに薬がありますから、もし何か使えそうなものがあれば、それで……」
「すまない……」
「すぐ隣の部屋ですから、何かあったら呼んでください」
「ああ」

 ユタが中に入ると、そこは同じ客室がもう1つあったのではなく、書庫……というか書斎になっていた。
 まあ、確かに大魔道師ともなれば、沢山の本に囲まれた部屋があっても、おかしくはないが……。
 マリアの屋敷にだって書庫があるくらいだ。
 机の上には一冊の本があり、“弟子育成の記録”というタイトルが英語で書かれていた。
 捲ってみると、確かにイリーナが書いたものなのだろう。
 タイトルは英語だが、本文はロシア語で書かれていた。
(お手上げだな)
 英語に関しては、何とかマリアに日本語訳の魔法を使わせない程度に会話できるようにはなったが、ロシア語は全く勉強していない。
 だいたいイリーナをして、英語と日本語しか喋っていないとか前に言っていたくらいだ。
 とはいえ、こういった私的な書物を書く際には母国語を使っているのだろう。
 そう思っていると、文字が崩れ出した。
「ん?」
 そしてその文字が、見る見るうちに日本語へ変形していった。
(これは、イリーナさんが僕に読ませる為にわざと置いて行ったものなんだろうか?)
 ユタはそう解釈して、イリーナの日記を読み進めた。

 ユタ自身も、それまでイリーナとマリアの出会いについては概要だけ聞いたことがある。
 イリーナもそろそろ齢1000年を迎えるに辺り、他の同僚魔道師と同じように弟子を取って育成することを、再三に渡って大師匠ダンテ・アリギエーリから言われていた。
 大魔道師ともなれば、持ち前の魔法で素質のある人間を探すことはそんなに難しくない。
 日本でも何人かヒットしていたらしいが、そのうちの1人がユタだったか。
 たまたまイギリスにいたイリーナは、そこでヒットとしたイギリス人少女の何人かをピックアップした。
 最終選考で残ったのがマリア。
 残酷な話だが、周囲の環境が悪いほど……よく言えばハングリー精神がある方が上達は早いということを聞いたからだという。
 ユタに関しては、そんなに急いでいないということだ。
 マリアは周囲から虐げられていた上に、独力で高位の悪魔とも契約できるほどの才能を持っていたことがイリーナの眼鏡に叶ったという。
 マリアに何があったかは、それもユタは聞いて知っている。
 それを裏付けるようなことが日記に書いてあったが、やっぱりと思うだけだったので、そこら辺は飛ばした。
 ユタが興味を持ったのは、その後。
 マリアが如何にしてイリーナの弟子になり、一時期は免許皆伝を受けて1人前扱いになった部分だ。
 今だって、もしイリーナに禁止された魔法を使ってさえいなければ、見習ポストにいなかったはずなのだ。

 その部分を読み進めて、ユタは体の震えが収まらなかった。
 そこに書かれていたのは……。

「はあ……はあ……!」
 ユタが書斎でイリーナの手記を読み、体を震わせている間、マリアもまた体を震わせていた。
 高熱が出て寒気がするとか、痙攣とか、そういうことではない。
 またもや吐き気がして嘔吐したのだが、マリアはこれと似た体験を過去にしたことがあったのを思い出したからだ。
 それも、それは魔道師になってからのことではない。
 人間だった頃の話だ。
 恐怖というよりは、あの頃味わった絶望による震えに似ていた。
 マリアを蝕む症状とは……。
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