[4月19日08:00.天候:晴 長野県某所 マリアの屋敷・ダイニングルーム 稲生ユウタ&マリアンナ・スカーレット]
一緒に朝食を取るユタとマリア。
「どうですか?体の具合は?」
「今はいい」
「そうですか。これから長旅になるので、心配だったんです」
「色々と準備はしたし、もう大丈夫。ゴメンね。心配かけて」
「いえ……」
「それで、どうするの?」
「藤谷専務に話したら、旭川空港で合流してくれるそうです。羽田まで電車とバスで行きます」
「うん、分かった。駅までは送りの車を出してもらうよ」
「助かります。イリーナ先生、まだ見つかりませんね」
「他の師匠達の話によると、『肉体としては存在しない』とか『どこかに封印されている』とかネガティブの話ばっかりだ」
「つまり、先生自ら姿を隠したことは無いと……」
「そういうことになるかな」
ユタは難しい顔をした。
「師匠に想定外のことが起きた。しかし想定外のことが起きると想定して、魔界の宿屋に色々と残して行ったんだと思う」
「はい。だいぶ“魔の者”について分かってきた気がします」
関知はしない7つの大罪の悪魔だが、“魔の者”にとっては面倒な相手ではあるらしく、契約すれば近づいてこないらしい。
イリーナも嫉妬の悪魔、レヴィアタンと契約しているはずだが、契約相手が死亡したらそれが抹消されてしまい、それは悪魔にとっても痛手のはずだ。
マリアは何度もレヴィアタンとの連絡を試みたが、応答は無かった。
しょうがないので、他の悪魔に問い合わせたが、こちらも音沙汰なし。
エルフェゴールに至っては、
「七福神もそうだが、俺達も実は7人寄せ集めなのよ。意外と不干渉だったりするんだぜ」
と言い出す始末だった。
[同日10:14.JR白馬駅 ユタ&マリア]
車で駅まで送ってもらったが、その間、モンスター達に遭遇することは無かった。
もちろん油断はできないが、人の多い所に来れば、“魔の者”もそうおいそれと手出しはできないと思われる。
〔「10時14分発、普通列車の松本行きの到着です」〕
2両編成の電車が入線してきた。
ワンマン運転である。
E127系と呼ばれる形式だ。
無人駅なら前の車両しかドアが開かないが、白馬駅のような有人駅なら全部のドアが開く。
〔お近くのドアボタンを押してお乗りください。松本行き、ワンマンカーです〕
2人は電車に乗り込むと、空いているボックスシートに向かい合わせに座った。
停車時間は僅かで、すぐに電車はインバータの唸り声を上げて発車した。
旧型車両ばかりが目立つ魔界高速電鉄では聞けないモーター音が、人間界にいることを感じさせてくれる。
〔今日もJR東日本をご利用くださいまして、ありがとうございます。この電車は大糸線上り、信濃大町、穂高方面、各駅停車の松本行きワンマンカーです。これから先、飯森、神城、南神城、簗場の順に各駅に止まります。……次は、飯森です〕
ユタ的にはマリアと密着できるロングシートの方が良かったが、向かい合うのも悪くはないかなと思った。
「あ、ちょっとトイレ行ってきます」
「うん」
ユタが車内にあるトイレに行くと、待ち構えたかのように、頭の中に話し掛ける者がいた。
かつて契約していた悪魔エルフェゴールである。
「よう。何とか情報が分かったぜ。レヴィアの野郎、やっと連絡寄越しやがった」
(で、師匠はどこだ?)
「オマエ達の予想通りだよ。これからオマエ達が向かう所に捕えられている」
(やっぱり、そうか……)
「レヴィアも役に立たねぇヤツだ。その点オレと契約すれば、全てが上手く行く」
(それはいいから、師匠は無事なんだろうな?)
「あいつも一応分かってるみたいだ。『人質は無事だからこそ意味がある』」
(そうか。その割には連中、何も言ってこないな)
「言わなくても、オマエさん達から来るからだろう」
(レヴィアタンは動かないのか?)
「ダメだな。あの飛行機の中から救い出すのに、かなり力を使ったみたいだ。オマエ達が行くしか無さそうだぜ」
(だろうな)
と、トイレのドアが開いてユタが出て来た。
「ちっ。もうちょっとゆっくり入ってろってんだ。おい、そいつの飲み物の中に下剤仕込んでやれ」
(アホか!)
「どうしたんですか?」
「いや、何でもない。ユウタは夢の中に悪魔が出て来ることはないか?」
「あー……じゃあ、あれがそうなのかな」
「ん?」
「いわゆる黒ギャルみたいなお姉さんが出てくるんですけど……」
「えーと……羊の角みたいなのは生えてなかった?」
「あ!ありましたね」
「うん。色欲の悪魔アスモデウスだ。変なのに化けてるな……」
「そうなんですか」
「まあ、私の頭に話し掛けてくるエルフェゴールはタキシード姿の男だけどね」
「へえ……」
松本駅までは1時間半以上掛かる。
信濃大町から先は意外と駅間距離もそんなに長くないのだが、それでも停車駅は多い。
マリアもまたトイレに立ったりしたが、
「……で、さっきの続きだ」
また、エルフェゴールが話し掛けてきた。
「何のどの続きだ?てか、トイレにまでついて来るなよ」
「まあまあ。……あのな、オマエの祖父さん、生きてるぜ」
「えっ?」
「もっとも、本当は死んでいるのに“魔の者”に憑かれて、半分生きてる状態?なだけだ。だから、これから再会するにしても、敵だと思った方がいい。まあ、本州内で会うことはないだろうがな」
「そんなこと……」
[同日11:49.JR松本駅 ユタ、マリア、エレーナ・マーロン]
〔まもなく終点、松本です。次の松本駅では、全ての車両のドアが開きます。お近くのドアボタンを押して、お降りください。【中略】今日もJR東日本をご利用くださいまして、ありがとうございました〕
電車が長野県でも屈指のターミナル駅に接近する。
思えばマリアの屋敷も4回ほど移転している。
最初は飯田線の沿線にあった。
その後、白馬村だったり長野市内だったりと繰り返し、いま再び白馬村に戻っている。
長野県から出たことはない。
その理由は明らかではないが、魔界の穴が管理できる場所がたまたま県内に収集していただけであろう。
私鉄のアルピコ交通上高地線も発車するホームがある6番線に到着すると、意外な人物と再開した。
「さすが日本の電車は時間通りね」
「エレーナ!」
「こんにちは。何かありましたか?」
ホウキで飛ぶのを得意とするが、さすがに今は持っていなかった。
「これ、うちの先生から」
エレーナが色々とアイテムを渡してきた。
「いい気味だと思ってないのか?」
受け取りながらマリアが言った。
「『さしものイリーナ達も逃げられなかったか』なんて言ってた。ライバルがいなくなったらなったで、寂しいみたいだよ」
「そうですか」
ユタは笑みを浮かべた。
主に妙薬を作るのを得意としていたポーリンなので、アイテムには薬系が多かった。
中には指輪もいくつかある。
薄緑とか水色とかあったが、どれもが紋様の掘られたものだ。
「インビジブルがある」
「そう」
「何ですか、それ?」
「その指輪をはめれば、一定時間姿を消すことができるヤツだね。敵に追われてる時、これを使って姿を隠してやり過ごすのに使ったりするよ」
「それ、劇場でも使いたかったですね」
「劇場?」
「いや、何でも無い。ありがたく頂くことにするよ。でも、どうせタダじゃないんだろう?」
「そうだね。でも、今お金をもらおうとは思わない。ティンダロスが飲み込んだ黒光石を譲ってくれればいいよ」
「黒光石?」
ユタが首を傾げた。
「あの3つ首、そんなのを持っていたのか。倒せたらそうするよ」
「よろしく。それじゃ、頑張ってね」
「どうも」
エレーナが立ち去る。
「使えるんだか使えないんだか分からないものばかりだ。インビジブルは使えるかも、だけど……」
「そうですね」
「それより、次の電車は?」
「ああ。あと1時間以上あるので、先に昼食でも食べましょう」
「何だ、そうか」
取りあえず2人は移動することにした。
一緒に朝食を取るユタとマリア。
「どうですか?体の具合は?」
「今はいい」
「そうですか。これから長旅になるので、心配だったんです」
「色々と準備はしたし、もう大丈夫。ゴメンね。心配かけて」
「いえ……」
「それで、どうするの?」
「藤谷専務に話したら、旭川空港で合流してくれるそうです。羽田まで電車とバスで行きます」
「うん、分かった。駅までは送りの車を出してもらうよ」
「助かります。イリーナ先生、まだ見つかりませんね」
「他の師匠達の話によると、『肉体としては存在しない』とか『どこかに封印されている』とかネガティブの話ばっかりだ」
「つまり、先生自ら姿を隠したことは無いと……」
「そういうことになるかな」
ユタは難しい顔をした。
「師匠に想定外のことが起きた。しかし想定外のことが起きると想定して、魔界の宿屋に色々と残して行ったんだと思う」
「はい。だいぶ“魔の者”について分かってきた気がします」
関知はしない7つの大罪の悪魔だが、“魔の者”にとっては面倒な相手ではあるらしく、契約すれば近づいてこないらしい。
イリーナも嫉妬の悪魔、レヴィアタンと契約しているはずだが、契約相手が死亡したらそれが抹消されてしまい、それは悪魔にとっても痛手のはずだ。
マリアは何度もレヴィアタンとの連絡を試みたが、応答は無かった。
しょうがないので、他の悪魔に問い合わせたが、こちらも音沙汰なし。
エルフェゴールに至っては、
「七福神もそうだが、俺達も実は7人寄せ集めなのよ。意外と不干渉だったりするんだぜ」
と言い出す始末だった。
[同日10:14.JR白馬駅 ユタ&マリア]
車で駅まで送ってもらったが、その間、モンスター達に遭遇することは無かった。
もちろん油断はできないが、人の多い所に来れば、“魔の者”もそうおいそれと手出しはできないと思われる。
〔「10時14分発、普通列車の松本行きの到着です」〕
2両編成の電車が入線してきた。
ワンマン運転である。
E127系と呼ばれる形式だ。
無人駅なら前の車両しかドアが開かないが、白馬駅のような有人駅なら全部のドアが開く。
〔お近くのドアボタンを押してお乗りください。松本行き、ワンマンカーです〕
2人は電車に乗り込むと、空いているボックスシートに向かい合わせに座った。
停車時間は僅かで、すぐに電車はインバータの唸り声を上げて発車した。
旧型車両ばかりが目立つ魔界高速電鉄では聞けないモーター音が、人間界にいることを感じさせてくれる。
〔今日もJR東日本をご利用くださいまして、ありがとうございます。この電車は大糸線上り、信濃大町、穂高方面、各駅停車の松本行きワンマンカーです。これから先、飯森、神城、南神城、簗場の順に各駅に止まります。……次は、飯森です〕
ユタ的にはマリアと密着できるロングシートの方が良かったが、向かい合うのも悪くはないかなと思った。
「あ、ちょっとトイレ行ってきます」
「うん」
ユタが車内にあるトイレに行くと、待ち構えたかのように、頭の中に話し掛ける者がいた。
かつて契約していた悪魔エルフェゴールである。
「よう。何とか情報が分かったぜ。レヴィアの野郎、やっと連絡寄越しやがった」
(で、師匠はどこだ?)
「オマエ達の予想通りだよ。これからオマエ達が向かう所に捕えられている」
(やっぱり、そうか……)
「レヴィアも役に立たねぇヤツだ。その点オレと契約すれば、全てが上手く行く」
(それはいいから、師匠は無事なんだろうな?)
「あいつも一応分かってるみたいだ。『人質は無事だからこそ意味がある』」
(そうか。その割には連中、何も言ってこないな)
「言わなくても、オマエさん達から来るからだろう」
(レヴィアタンは動かないのか?)
「ダメだな。あの飛行機の中から救い出すのに、かなり力を使ったみたいだ。オマエ達が行くしか無さそうだぜ」
(だろうな)
と、トイレのドアが開いてユタが出て来た。
「ちっ。もうちょっとゆっくり入ってろってんだ。おい、そいつの飲み物の中に下剤仕込んでやれ」
(アホか!)
「どうしたんですか?」
「いや、何でもない。ユウタは夢の中に悪魔が出て来ることはないか?」
「あー……じゃあ、あれがそうなのかな」
「ん?」
「いわゆる黒ギャルみたいなお姉さんが出てくるんですけど……」
「えーと……羊の角みたいなのは生えてなかった?」
「あ!ありましたね」
「うん。色欲の悪魔アスモデウスだ。変なのに化けてるな……」
「そうなんですか」
「まあ、私の頭に話し掛けてくるエルフェゴールはタキシード姿の男だけどね」
「へえ……」
松本駅までは1時間半以上掛かる。
信濃大町から先は意外と駅間距離もそんなに長くないのだが、それでも停車駅は多い。
マリアもまたトイレに立ったりしたが、
「……で、さっきの続きだ」
また、エルフェゴールが話し掛けてきた。
「何のどの続きだ?てか、トイレにまでついて来るなよ」
「まあまあ。……あのな、オマエの祖父さん、生きてるぜ」
「えっ?」
「もっとも、本当は死んでいるのに“魔の者”に憑かれて、半分生きてる状態?なだけだ。だから、これから再会するにしても、敵だと思った方がいい。まあ、本州内で会うことはないだろうがな」
「そんなこと……」
[同日11:49.JR松本駅 ユタ、マリア、エレーナ・マーロン]
〔まもなく終点、松本です。次の松本駅では、全ての車両のドアが開きます。お近くのドアボタンを押して、お降りください。【中略】今日もJR東日本をご利用くださいまして、ありがとうございました〕
電車が長野県でも屈指のターミナル駅に接近する。
思えばマリアの屋敷も4回ほど移転している。
最初は飯田線の沿線にあった。
その後、白馬村だったり長野市内だったりと繰り返し、いま再び白馬村に戻っている。
長野県から出たことはない。
その理由は明らかではないが、魔界の穴が管理できる場所がたまたま県内に収集していただけであろう。
私鉄のアルピコ交通上高地線も発車するホームがある6番線に到着すると、意外な人物と再開した。
「さすが日本の電車は時間通りね」
「エレーナ!」
「こんにちは。何かありましたか?」
ホウキで飛ぶのを得意とするが、さすがに今は持っていなかった。
「これ、うちの先生から」
エレーナが色々とアイテムを渡してきた。
「いい気味だと思ってないのか?」
受け取りながらマリアが言った。
「『さしものイリーナ達も逃げられなかったか』なんて言ってた。ライバルがいなくなったらなったで、寂しいみたいだよ」
「そうですか」
ユタは笑みを浮かべた。
主に妙薬を作るのを得意としていたポーリンなので、アイテムには薬系が多かった。
中には指輪もいくつかある。
薄緑とか水色とかあったが、どれもが紋様の掘られたものだ。
「インビジブルがある」
「そう」
「何ですか、それ?」
「その指輪をはめれば、一定時間姿を消すことができるヤツだね。敵に追われてる時、これを使って姿を隠してやり過ごすのに使ったりするよ」
「それ、劇場でも使いたかったですね」
「劇場?」
「いや、何でも無い。ありがたく頂くことにするよ。でも、どうせタダじゃないんだろう?」
「そうだね。でも、今お金をもらおうとは思わない。ティンダロスが飲み込んだ黒光石を譲ってくれればいいよ」
「黒光石?」
ユタが首を傾げた。
「あの3つ首、そんなのを持っていたのか。倒せたらそうするよ」
「よろしく。それじゃ、頑張ってね」
「どうも」
エレーナが立ち去る。
「使えるんだか使えないんだか分からないものばかりだ。インビジブルは使えるかも、だけど……」
「そうですね」
「それより、次の電車は?」
「ああ。あと1時間以上あるので、先に昼食でも食べましょう」
「何だ、そうか」
取りあえず2人は移動することにした。