『おはようの声』は、所属している「季節風」に12年も前に、投稿作品として掲載いただいたのがベースです。
これを長編にしようと書き直し、大会に出し、推薦作品になりました。
その翌年、推薦作品の合評会が春研でありました。一応推薦された作品なので、皆さん褒めてくださいました。ところが最後に、あさのあつこさんが言ったのです。
「うまいです。いい作品です。でも、何かが足りない気がする」と。「何が足りないのかはよくわからないけど、何かが」とも。
その後、私はその言葉を、この作品だけではなく、どの作品にも投げかけて書いています。
『おはようの声』は、本になりましたが、だからといって、「何か」を書き切れたかどうかはわかりません。
これからも、書いた作品に、その言葉を投げかけていくと思います。
先日、何年かぶりで春研にあさのさんがいらしてくださいました。私はこの件を、ちゃんとお伝えしなくてはと、会が始まる前にお伝えしました。
「こんなふうに、10年もかけて書いてます」と申しましたら、
「それも、才能ですよね」とおっしゃっていただきました。
私の作品に足りない「何か」とは、なんなのか。それを人に尋ねようと思ったこともありません。自分で、書くことでしか答えは出ないと思っていました。春研では、あさのさんからまさにそういう話も出て、私は激しく心の中でうなずいていました。
新刊の『ファミリーマップ』にも、似たような逸話があります。また、後日。