続き
下って行った人達とは逆に燕新道を下山コースとした
が、一歩踏み出して驚いた
斜面一帯が数日前降った雪が完全に凍結していたのだ
岩稜は時には垂直に時には60度と容赦がない
まさかこんな事態になるとは思ってもいなかったので
アイゼンは携帯していなかった
足を置くと滑るので頼れる木や岩をみつけ殆ど腕力で下った
大分、高度を下げて幾らか凍結も緩みを見せ始めた尾根上で上衣を脱ぎ一息入れた
緊張の連続だったが無事通過を果たした後の沸々と湧くこの快感
これも山を堪らなくさせる一つなんだろう
見上げる木立の上には妙高山山頂がかなり高い位置になっていた
黒沢池と長助池の分岐
(長助池とは冠松次郎等を案内した妙高の名ガイド岡田長助に因んでいる)
黒沢池・火打山方面への分岐を右に長助池に向かう
道は雪の重さで変形したダケカンバが林立する穏やかな下りだった
周辺はもう冬の様相だ 何と静寂で心休まる風景なんだろう
乱している物が有るとすれば、それは私達であり
樹間を飛び交う鳥達でさえ羽音一切立てない
突然、林が切れ長助池に出た
大倉山の麓まで点々と散らばる池塘は静かに空の青さを映し
木道が一筋 狐色の湿原に延びている 何と言っても目を惹いたのは
午後の斜光に白さを一層際立たせている大倉山を覆うダケカンバだったかもしれない
燕新道には手垢の付いていない自然の美しさが有った
樹齢何百年は経っていると思われるダケカンバの太い幹は
大蛇の風格が漂い
道の左手奥には赤い実をたわわに付けたナナカマドが行列を作っている
そして道のアチコチには自分のテリトリーを誇示するか様に
草の上や石の上に狐の落し物
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標高を下げ木の葉の色付きが戻って来た頃、瀬音が響き
やがて大倉沢に辿り着いた
川を囲む山々は午後のモヤを受けて淡く霞み始めていた
その山肌に黄葉した木々がスポットライトを浴びた様に浮かび上がる様は
幻想的で有り、しばし私達の目を惹きつけて離さない
そしてそれらの山の上には一段と高く妙高山があり川の流れと共に
一枚の絵の様だった
「つい先ほどまであの上に居た事が夢の様に思えるね」と私は呟いた
(妙高山が薄っすらと写っているだけで解り辛かった為、手書きしました)
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沢を転石伝いに渡り落陽を踏みしめながら下ると途中、遭難碑を見た
足を踏み外して沢に落ちたのだろうか
すると後方で人の声 振り向いたがその気配は無い
雄さんは何も聞こえなかったと言う
暫くすると又、聞こえた 口笛まで聞こえる
今度も雄さんは聞こえなかったと言ったが私には確かに聞こえたのだ
背中がゾクゾク、何度も後ろを振り返り歩いていると
ブーーーップ 派手な
「今日はバカに出がいいな、これだけ強烈なものをすれば
こりゃ堪んねぇと言って霊も退散するだろう」
大笑いし私も平常に戻る事が出来た
(この近くに惣滝が有るのですが4時を回っていたので諦めました)
渓谷沿いは見事な紅葉に彩られていた
振り返ればその紅葉の上には妙高山が辺りを睥睨している
私達はその雄姿を何度も立ち止まり眺めてはカメラに納めた
燕温泉に辿り着いたのは5時少し前、約10時間に及ぶ山行だった
ー(略)-
針村屋さんで白濁した湯に浸かり湯上りに女将さんが入れて下さった
お茶を頂き世間話をして外に出ると
既に辺りは暗く十分温まった体に冷気が気持ち良かった
6時、駐車場に戻ると例のキンキラ夫婦が丁度、到着した所だった
私達と同じ燕新道を下って来たらしい ご主人は額に懐中電灯を
付けたまま地べたにヘタヘタと座り込んでしまった
「針村屋さんの湯はとっても良い温泉だから入れば疲れも取れますよ」
と言う私達の言葉にも俯いたまま
声をかけてくれるなと言った余裕を失くした表情だった
果たしてあの夫婦にとって、この山行は楽しいもので有ったのだろうか